Yahoo!ニュース

「オーシャンズ8」に続け!#MeTooを象徴する「タリーと私の秘密の時間」は母親たち必見

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
タリーを演じるマッケンジー・デイヴィスが素敵過ぎる!

 #MeTooムーブメントに呼応するように企画、製作された女性版ケイパームービー「オーシャンズ8」が先週末公開されたが、この流れを受け継ぐかのように、今週末には「タリーと私の秘密の時間」が公開される。産後鬱その他諸々の精神的且つ肉体的危機に陥った母親の再生までのプロセスを描いた「タリーと私の秘密の時間」だ。

画像

 同じ設定を男性に置き換えた映画なら過去に数多く作られている。「マンハッタン」(79)、「アメリカン・ビューティー」(99)、「サイドウェイ」(04)、「ファミリー・ツリー」(11)、「シングルマン」(09)etc。どれもミッドライフ・クライシス、つまり"中年の危機"を様々な角度から検証した傑作の誉れ高い作品ばかりだ。

中年の危機に対して女性の危機。その着眼点が秀逸

 ならば、"女性の危機"だって傑作になり得るはず!!そう考えたのが、「JUNO/ジュノ」(07)と「ヤング≒アダルト」(11)で2度コンビを組んでいるジェイソン・ライトマン監督と脚本家のディアブロ・コディだ。「JUNO/ジュノ」では精神的に大人過ぎる女子高生を、「ヤング≒アダルト」では大人になり切れないバツイチ女性を、各々主役に据えてきた2人が、さらに切実で普遍的な領域に切り込んだ野心作、それが「タリー~」なのだ。

 夫との間に2児を設け、近く3人目を出産予定のヒロイン、マーロは、恐らく30代後半。女性としてまだまだこれからなのに、子育てと日々の雑事で心身共に消耗し切っている。情緒不安定の息子が度々問題を起こすせいで、学校から頻繁に呼び出しを食らうし、夫はすべて妻に任せっきり。こんな状態で3人目を産むことも不安だが、何よりも、人生に何ら展望が見出せないのが嫌になる。

「ああ、私、こんなはずじゃなかった。」

 それでも陣痛が訪れ、出産。マーロは再び一から育児にトライすることになる。

画像

夜間限定のベビーシッターがまさか救世主になるとは!?

 監督のライトマンが新生児を持つ母親たちにリサーチし、収集した現場の声と、自らの出産経験とを反映させたコディの脚本には、世の母親たちも納得の「産後あるある」がリストアップされている。子育て、家事、夫との関係、すっかりご無沙汰の夜の営み、人生への不安、そして、最も深刻な目の前にある体力の限界。

 ところが、ここで奇跡が起きる。ビジネスで成功したマーロの兄が出産祝いに手配してくれた夜間専門のベビーシッター、タリーが、マーロを苦闘の日々から救い出してくれたのだ。

 Tシャツにジーンズというヒッピーみたいなかっこうにも驚くが、タリーはマーロの無理な頼みも嫌な顔ひとつ見せず受け容れ、すべて完璧に処理してくれる優秀なベビーシッターだった。タリーの仕事は育児だけにとどまらない。マーロの悩みや昔話に耳を傾け、深夜、かつてマーロが20代の頃に遊びまくったブルックリンまで車を飛ばし、クラブで一緒に羽目を外す。気がつくと、タリーはマーロにとってベビーシッターどころか、最強のカンフル剤であり救世主になっていた。

 「JUNO/ジュノ」でアカデミー脚本賞をサプライズ受賞したコディは、今回、自らの体験に絶妙なアレンジを施し、マーロの夢をタリーに託すことで、かつて誰も描かなかった悩める母親たちの再生法を映画で実現している。オリジナリティに於いて、本作は過去に量産されたどの中年の危機映画にも引けを取らない。年甲斐もなく若い娘に走ったり、恋の記憶を引き摺ったり、妻に浮気されて焦ったり、旅先で人生を見つめ直したりする男たちとは違って、マーロは主婦としての日常の枠内で、自ら自己再生のきっかけを見出すのだから。

タリーを演じるマッケンジー・デイヴィスに目が釘付け

 この企画に惚れ込み、製作総指揮を受け持つ傍らで、18キロも増量してマーロ役を演じるシャーリーズ・セロンの生活臭が物凄い。でも、映画の命とも言えるタイトルロールのタリーを、自由に、そして、セクシーに演じる新星、マッケンジー・デイヴィスの奔放な演技には骨抜きにされる。マーロの目をじっと見つめ、悩みの本質を嗅ぎ取る時の、まるでA.Iのような表情は、「ブレードランナー2049」(17)で演じた快楽用レプリカントの不思議さとなぜか相通じるものがある。監督、脚本、主演のトリオ以上に、マッケンジー・デイヴィスなくして「タリー」は成功しなかったと思う。

画像

 これは、声高でなく女性の人生に手を差し伸べた、脚本家と女優たちによる日常レベルの#MeTooムーブメントを象徴する作品。悩み多き子育てママたちに、是非観て欲しい。

『タリーと私の秘密の時間』

8月17日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

公式ホームページ:http://tully.jp/

(C) 2017 TULLY PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事