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血塗られたマイアミの夏が蘇る!!独占放送間近の「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 アメリカの犯罪史の中から特に人々に衝撃を与えた事件を選び、その背後を描くアンソロー・シリーズ「アメリカン・クライム・ストーリー」。第1シーズン「アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件」(2016年2月2日~4月5日)に続いて同シリーズが取り上げるのは、モード界のレジェンド、ジャンニ・ヴェルサーチ暗殺事件の闇に迫る「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」。製作総指揮と監督を兼任するのは、同じ立場で「O・J・シンプソン事件」にも関わった人気シリーズ「glee/グリー」(2009~2015)等で知られるヒットメーカー、ライアン・マーフィだ。

 アメリカのスポーツを代表する顔の1人だったO・J・シンプソンが、妻とその友人を殺害した容疑で逮捕されたことと同等、またはそれ以上に、ヴェルサーチ暗殺事件はショッキングだった。イタリアン・ファッションをそのフェミニンでシャープな服作りで長らく牽引したモードの帝王が、フロリダ州マイアミに構えていた瀟洒な別荘の正門前で、すでに指名手配中だった連続殺人鬼、アンドリュー・クナナン(当時27歳)が放った銃弾に倒れ、何とわずか50年の短い生涯を閉じたのだから。奇しくも、ヴェルサーチが最後のオートクチュール・コレクションを発表した同じ年の1997年7月15日のことであった。

 遂に今週末、6月23日(土)からBS10スターチャンネルで独占放送がスタートする同シリーズだが、始まるや否や、多くの視聴者を引きつけるはず。デザイナーとしての名声を手に入れ、さらなる進化を思い描く傍らで、マイアミの別荘では同性の恋人、アントニオとの甘い生活を享受していたヴェルサーチが、たまたま同性愛者が集うナイトクラブで知り合ったクナナンに、言ってしまえば彼にとっては誰でもなかった相手に、なぜ、惨たらしく殺されなければならなかったか?なぜ、捜査線上に浮上していたクナナンを警察は逮捕できなかったのか?そもそも、クナナンの動機は?時間軸を前後に移動させつつ、ヴェルサーチとクナナンが事件に至るまでの経緯を徐々に解き明かしていく全9エピソードは、時折スキャンダラスな場面を挿入しながら、1990年代という時代の空気を鮮明に浮かび上がらせて行く。

 同性愛への偏見が今よりも強かったアメリカ社会の閉塞感がもたらした悲劇の本質を。

事件現場。ヴェルサーチ邸の正面玄関
事件現場。ヴェルサーチ邸の正面玄関

 驚くのは、本物のヴェルサーチ邸が撮影のために貸し出されたこと。1930年建造のクラシックな外観、10のベッドルーム、11のバスルーム、プール、そして、天才デザイナーが贅を尽くしてリノベートした荘厳な内装が施された室内が、初めて視聴者に開放される。勿論、事件現場となった邸宅を象徴する、黒い扉がそそり立つあの正面玄関もだ。

A.クナナン(ダレン・クリス)
A.クナナン(ダレン・クリス)

 配役も恐らくベストと言える布陣だ。ヴェルサーチには実物と瓜二つと絶賛されたエドガー・ラミレス。時々、ヴェルサーチの魂が乗り移ったかのように錯覚させる適役ぶりだ。そして、クナナンには「glee/グリー」の卒業生で、ブロードウェーミュージカル「ヘドウィク・アンド・アングリーインチ」出演中にエグゼクティブ・プロデューサーの目に留まり、抜擢されたダレン・クリス。アントニオにはラテン系シンガーのリッキー・マーティン。彼の枯れた演技には独特の悲哀が漂って秀逸である。また、兄亡き後、ヴェルサーチを引き継ぐ妹のドナテラには、ドナテラ・ヴェルサーチ本人も満足したというオスカー女優、ペネロペ・クルスが扮する。

ジャンニ(エドガー・ラミレス)
ジャンニ(エドガー・ラミレス)

 邸宅同様、衣装も本物が提供されている。L.A.にあるファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング(FIDM)博物館に保管されていたヴェルサーチ・コレンションの一部と、ヴィンテージショップに陳列されていた服とアイテムが劇中に登場。第2話では、ヴェルサーチが暗殺される1週間前にパリのリッツホテルで行った最後のオートクチュール・コレクションが再現されている。ナオミ・キャンベルがシースルーミニのマリエを着てショーのラストを飾った伝説のコレクションである。また、ヴェルサーチとアントニオがプールサイドで寛ぐシーンで、アントニオが穿いているのは、フロントにメドゥーサがプリントされたメンズ・アンダーウェア。メドゥーサはギリシャ神話に登場する怪物で、知る人ぞ知るヴェルサーチのトレードマークだ。

アントニオ(リッキー・マーティン)
アントニオ(リッキー・マーティン)

 思えば、ジョルジョ・アルマーニ、ジャンフランコ・フェレと共に、その頭文字を取って"ミラノの3G"の一角に加わり、一時代を築いたジャンニ・ヴェルサーチ。品のいいデザインと構築的なフォルムに特徴があったアルマーニ、フェレとは異なり、女性のホディラインを強調したミニマムでセクシーなデザインで独自の路線を追求した彼は、必然的にスーパーモデル・ブームに火を点けた。デザイナーとモデル双方の価値がランウェイでさらに倍増される瞬間の興奮は、ジャンニ亡き後、ヴェルサーチを引き継いだドナテラ時代には、すでにないもの。しかしそれを、デザイナーのクリエイティビティよりビジネスを優先する昨今のファッション界に求めるのは、酷というものかも知れない。

ドナテラ(ペネロペ・クルス)
ドナテラ(ペネロペ・クルス)

 社会のマイノリティに対する偏見が、1人のセレブの暗殺事件と根底でつながっていることを、事件後、20年目に訴えかける衝撃のクライム・ストーリーは、同時に、ファッションにより大きな夢があった時代へ、ヴェルサーチが光り輝いていた時代へと観る者を回帰させる。これは、ショックや怒りと同時に、そこはかとないノスタルジーを漂わせる上質な回顧ドラマなのである。

メドゥーサ
メドゥーサ

アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺(全9話)

6月23日(土) 深夜0時より、第1話先行無料放送

6月25日(月)より、毎週月曜夜11時ほか

公式ホームページ:https://www.star-ch.jp/drama/american-crime-story/sid=2/p=t/

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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