Yahoo!ニュース

寺島しのぶ演じるヒロインが抱擁を求めて海を渡る!「オー・ルーシー!」の可笑しさと切なさとは?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
公開間近の日米合作映画「オー・ルーシー!」

 今年のアカデミー賞授賞式前夜、つまり、現地時間3月3日に開催された独立系映画の祭典、インデペンデント・スピリット賞の授賞式で、翌日のオスカーナイトでメイクアップ賞に輝いた辻一弘に匹敵するほどの注目を浴びた2人の日本人がいた。共に同賞の新人作品賞と主演女優賞の候補だった平柳敦子監督と女優の寺島しのぶである。

 彼女たちが作り上げたコメディ&ロードムービー「オー・ルーシー!」は、昨年5月のカンヌ映画祭批評家週間に日本人監督作品としては「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(吉田大八監督)以来、10年ぶりに選出された勢いそのままに、インデペンデント・スピリット賞でも堂々の候補入り。寺島しのぶの大胆かつ繊細な演技に関しては、賞レースを最後まで牽引した「スリー・ビルボード」のフランシス・マクドーマンドや「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」のマーゴット・ロビー等、強力なライバルたちと比べても一際個性的で魅力的。それは、授賞式後のアフターパーティでマクドーマンドが寺島の側に駆け寄り、「オー・ルーシー!」での彼女の演技を絶賛したことでも明らかだろう。何しろ、映画の面白さと切なさは半端ないのだ。

怪しい英会話スクールのイケメン講師
怪しい英会話スクールのイケメン講師

 平柳監督がニューヨーク大学大学院映画学科脚本クラスの卒論で書いた1編の脚本が事の始まりだった。監督曰く「いつも大人しい人が大声で叫ぶことを許された時、何を語るだろう!?」という疑問から生まれたという小さなストーリーは、やがて、桃井かおり主演の短編映画として完成。作品はサンダンス映画祭等でしめて35以上の賞を受賞した後、その成功を土台に長編の製作が決定する。

 いつも大人しい人。確かに、寺島しのぶ演じる主人公の節子は、かつて恋人を姉に奪われ、会社では居場所がないベテランOLとして周囲から疎んじられ、家に帰ればゴミの山に埋もれて暮らす、生きるお地蔵様みたいな存在だ。しかし、突如彼女は雄叫びをあげる。本当に絶叫するのではない。メイドカフェで働く姪に頼まれ、すでに支払った受講料を回収するために通い始めた怪しい英会話スクールで、ハンサムなアメリカ人講師にブロンドのかつらを被らされ、ルーシーという生徒名を与えられ、彼とハグした途端、体の中で何かが弾けて飛び散るのだ。長いこと溜め込んでいた何かが!!

 東京で始まる物語は、その後、実は陰でしっかり付き合っていた姪の美花と講師のジョンを追って、節子と姉の綾子が飛行機に同乗して向かうアメリカ、カリフォルニアへとシフト。姉妹が荷を解くサンフェルナンドバレーの寂れたモーテルを起点に、早速綾子を伴い美花の行方を追い始める節子だったが、本当の目的は勿論、ジョンだ。だが。。。

仲が悪い姉妹が一路カリフォルニアへ!?
仲が悪い姉妹が一路カリフォルニアへ!?

 アメリカ西海岸の暖かそうで寒々しい海風に吹かれながら、そんな風景には目もくれず、何とかその切実な思いを相手に伝えようとする節子の不器用さ、無様さを、寺島しのぶが何らリスクを恐れず、本当にかっこ悪く演じて、観客の共感を総取りしてしまう。監督をして、「日本にはあまりいない色んな意味で"醜くなる"ことを恐れない女優」と言わしめた直球演技は、寡黙から叫びに転じるヒロインの心理的変化を完璧に表現している。

 節子、またはルーシーに17歳で渡米後、映画について学ぶプロセスで"寡黙な日本人"というレッテルを貼られた頃の窮屈な自分を重ね合わせたという平柳監督。今や監督は気鋭の映像作家としてのステイタスをゲットし、心の叫びを映画で表現する術を見つけたわけだが、果たして、節子はどこに人生の落としどころを見出すのか?それは、是非、映画を観て確かめて欲しい。

 

 本作の肝である、空前絶後の展開を見せるドラスティックな構成は、日米両国の業界人を早くから魅了し、オリジナル脚本がサンダンス・インスティテュート・NHK賞を受賞していることから、まず、NHKが共同製作として参加。さらに、脚本に惚れ込んだ「ありがとう、トニ・エルドマン」(16)のハリウッド・リメイクにも関わるらしいプロデューサー、ジェシカ・エルバームと、「俺たちニュースキャスター」(04)の監督・脚本で知られるアダム・マッケイ、同作で主演・共同脚本を務めた人気コメディアン、ウィル・フェレルが製作陣に名を連ね、ここに「オー・ルーシー!」は本格的な日米合作映画として近く日本の市場に放たれる。

ジョシュ(左) 39歳。まだまだイケそうだ。
ジョシュ(左) 39歳。まだまだイケそうだ。

 寺島しのぶ、綾子役の南果歩、美花役の忽那汐里、そして、節子のスクールメイト、小森、またはトム役の役所広司等、魅惑の配役の中で、特に、ジョンを演じるジョシュ・ハートネットに強く反応してしまう人は多いはず。かつて「パールハーバー」(01)でベン・アフレックと競演したこともある元映画界の希望の星は、その後、私生活を優先して一旦ハリウッドから退き、2014年に復帰。平柳監督からのラブコールを受け、慣れない日本人スタッフ&キャストに混じって物語の方向性を決定づけるキーパーソンを献身的に演じるその姿は、青春スター時代と少しも変わらない。その包容力のあるハグは、節子だけでなく多くの女性を一瞬にして弾けさせるだけのパワーを持っている。これは間違いない。

「オー・ルーシー!」

公式ホームページ:http://oh-lucy.com

4月28日(土) ユーロスペース、テアトル新宿 他にてロードショー

配給:ファントム・フィルム

(C) Oh Lucy LLC

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事