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イヴ・サンローランが映画で完璧に蘇る

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

イヴ・サンローラン。2002年の1月、華々しいキャリアの集大成となった最後のオートクチュール・コレクションのラスト、彼のミューズで盟友でもあったカトリーヌ・ドヌーブに促され、いつものように恥じらいながらランウェイに登場した彼の姿が、今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。ドヌーブは珍しく嗚咽していたし、久々に集まった歴代のトップモデルたちも全員、涙を拭おうともしなかった。トップデザイナーとして君臨した40年のキャリアを称して「モードの帝王」等ど呼ぶのは野暮なくらい、彼がファッションの世界に刻んだ足跡は大きすぎる。

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そのサンローランが、恐らく完璧な形で画面に蘇るのが、彼の半生を表裏両面から描いた「イヴ・サンローラン」だ。映画はまず、天才クチュリエの創作の真髄を垣間見せてくれる。サンローランがモデルのウエストを巨大なリボンで縦に締め上げ、凡庸なイブニングを立体的に変えてクリスチャン・ディオールを驚嘆させる冒頭から、彼の閃きの凄さを臨場感たっぷりに再現。伝説的なヒットアイテムが、デザイン画の段階で、または仮縫い段階で、いったいどのように紡ぎ出されて行ったのか?世のファッショニスタたちが是が非でも覗いてみたかったクリエーションの現場が、次々と詳らかにされていく。

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同時に、 人間サンローランの内部にもカメラは容赦なく分け入っていく。若くして出会った生涯の恋人で、心強く優秀なビジネス・パートナーでもあったピエール・ベルジェとの愛憎の記録は、あまりにも生々しく、周知の事実だったとは言え衝撃的と言わざるを得ない。運命的な出会い、少年同士のようにイノセントな日々はやがて過ぎ去り、2人が別々の相手とのセックスに走り、サンローランがストレスから酒とドラッグにのめり込んでいく様子も、包み隠さず描写。しかし、監督のジャリル・レスペールの演出は終始繊細で、安っぽい好奇の目は遮断する。何しろ、これはピエール・ベルジェ自身が脚本段階から製作に参加し、全面協力を惜しまなかったまさに肝いりの企画。最愛の人の半生を単に美化することだけは拒絶し、可能な限りオープンにすることで伝説をさらに忘れがたいものにする。そんなベルジェの強い意思が画面の隅々にまで貫かれているのだ。

さらに凄いのは、ベルジェがイヴ・サンローラン財団所有のアーカイブからの持ち出しを許可した本物のサンローラン・ファッションが画面に登場する点。時代に衝撃を与えた"モンドリアン"に始まり、映画のクライマックスを飾る1976年の秋冬オートクチュールで発表されたロシアン・コレクションまで、映画用にリクリエイトされたのではなく、時間の洗礼に耐えてきた服の数々が、モデルを演じる女優たちによって着こなされ、ライトを浴びて浮かび上がる場面は感動なくしては見られない。かつて、ショーの興奮をここまで克明に伝えてくれたデザイナー映画はなかったのではないだろうか。

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サンローランを演じるコメディフランセーズ在籍の逸材、ピエール・ニネの瓜二つの造形、ベルジェを演じるギョーム・ガリエンヌの包容力は勿論、脇役に至るまで多くの時間を割いたことが伺えるキャスティングにも品性がある。「イヴ・サンローラン」は今年1月、フランスで公開されて初登場NO.1の大ヒットを記録。今秋には奇しくも競作となったもう1本のサンローラン映画「Saint Laurent」が公開されるが、こちらはギャスパー・ウリエルがサンローランを、ジェレミー・レニエがベルジェを演じるオールスター映画だが、ベルジェはなぜか協力を拒否している。内容がスキャンダラス過ぎるためと言われるが、勿論、ファンとしては見ないわけにはいかないだろう。

「イヴ・サンローラン」

9月6日(土)より角川シネマ有楽町ほかロードショー

(C) WY productions- SND- Cinefrance 1888- Herodiade- Umedia

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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