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アメフトから野球へ転向後、9年ぶりのNFL復帰を目指す『NFL版ハンカチ王子』とはどんな人物か

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
9年ぶりとなるNFL復帰を目指すティム・ティーボウ(撮影:三尾圭)

 NFL在籍時に社会現象を巻き起こし、29歳でMLB挑戦を果たしたティム・ティーボウが、5月20日(日本時間21日)にNFLのジャクソンビル・ジャガーズと契約を結び、31歳で9年ぶりのNFL復帰を目指すことが明らかになった。

 ティーボウは大学、NFLとクオーターバック(QB)として活躍したが、今回はボールを投げるQBではなく、パスを受けるタイトエンド(TE)をプレーすることになる。

大学2年生で大学最優秀選手を獲得した神童

 キリスト教の宣教師の息子として生まれたティーボウが誕生したのはフィリピン。両親がフィリピンで宣教活動中に命を授かったが、母親が赤痢を患い、医者は死産になる可能性が高いとして中絶手術を進めたが、敬虔なキリスト教徒である両親は断固として拒否。奇跡的にも健康で大きな子供として生まれ、両親は神に感謝した。

 ティーボウが3歳のときに家族はフィリピンからフロリダ州ジャクソンビルに戻ったが、ティーボウは高校まで学校には通わず、「ホームスクール」と呼ばれる家庭学習を受けて育った。ホームスクールでは部活ができないので、ホームスクールが終わると、高校に行きアメフトだけをプレー。高校生のときに全米トップレベルの選手として注目され、多くの強豪大学から誘いを受けたが、両親の母校であるフロリダ大学への進学を選んだ。

 高校生のときからメディアから大きな注目を集め、ESPNは「選ばれし者」と題した密着ドキュメンタリー番組を全米で放送。アメリカで最も権威あるスポーツ雑誌の「スポーツ・イラストレイテッド」も高校生だったティーボウの特集ページを組んだ。

 フロリダ大学では大学アメフト界随一の名将、アーバン・マイヤー監督の指導の下、1年生から活躍。マイヤー監督が導入したスプレッド・オフェンスは、ティーボウの能力を最大限に引き出すシステムであり、2年生のときには1部校のQBとして初めてパスとランの両方でシーズン20タッチダウン以上を記録した選手となった。投げては3286パッシング・ヤード、32タッチダウン・パス、走っても895ラッシング・ヤード、23ラッシング

・タッチダウンを決めて、史上初となる2年生で全米大学最優秀選手に与えられるハイズマン賞に選ばれた。

 3年生ではフロリダ大学を全米王者に導き、4年生終了時には数々の全米大学体育協会(NCAA)記録を塗り替え、大学アメフト史上最高の選手の一人と評された。

 この頃になると、ティーボウはNFL選手以上の知名度と人気を誇り、大学4年生のときに開催されたスーパーボウルでは、中絶反対派のキリスト教宣教団体「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」のテレビCMに出演して大きな話題となった。ティーボウはスポーツ選手の枠を超えて、一般ニュースで取り上げられるような存在だった。

スポーツ選手の枠を超えた存在だったティム・ティーボウ(写真:三尾圭)
スポーツ選手の枠を超えた存在だったティム・ティーボウ(写真:三尾圭)

3年で終わったNFL選手生活

 QBながら巨体を生かしたランを得意としたティーボウに対して、「NFL向きではない」と評価する声も多かったが、2010年のドラフトでデンバー・ブロンコスが1巡目で指名。

 NFL2年目のシーズン途中で先発QBに抜擢されると、それまで1勝4敗と低迷していたチームを7勝1敗と立て直して、ブロンコスをプレイオフに導いた。ティーボウのプレーは安定感に欠けたが、奇跡的なものが多く、カジュアルなアメフトファンはティボウのプレーに熱狂。ブロンコスの試合は高視聴率を記録し、ティーボウがタッチダウンを決めた直後にフィールドへひざまずいて神に感謝の祈りを捧げる「ティーボウイング」と呼ばれるポーズはSNSで大流行する社会現象となった。

 NFL選手としてのティーボウの頂点は2年目シーズン、プレイオフ1回戦。ピッツバーグ・スティーラーズとの戦いは両チームとも決め手に欠けて延長戦に突入したが、延長戦最初のプレーで80ヤードのロング・タッチダウン・パスを決めて劇的な勝利を手にした瞬間だった。

 この試合でティーボウが投げたパスは316ヤード、パス平均獲得ヤードは31.6ヤード、瞬間最高視聴率は31.6%。聖書で最も有名な言葉は「ヨハネによる福音書3章16節」の「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」であり、「John(ヨハネ)3:16」はアメリカだとキリスト教徒でなくても一度は聞いたことがある有名な聖句。「神の子」という異名を授けられていたティーボウが叩き出した「316」は大きな話題となり、試合翌日のインターネット検索1位のワードは「John3:16」だった。

パワフルなランが持ち味だったティム・ティーボウ(写真:三尾圭)
パワフルなランが持ち味だったティム・ティーボウ(写真:三尾圭)

 プレイオフでの活躍もあり、「来季も先発QBはティーボウ」とジェネラル・マネージャーのジョン・エルウェイから先発の座を約束されたティーボウだが、そのオフにNFLの歴代最高QBの一人であるペイトン・マニングがフリーエージェント(FA)になると、ブロンコスもマニング争奪戦に参戦。マニングはブロンコス加入を選ぶと、ティーボウはニューヨーク・ジェッツへトレードで放出されてしまった。

 ジェッツでは出番がほとんどなく、僅か1年で退団。その後はニューイングランド・ペイトリオッツ、フィラデルフィア・イーグルスと契約したが、どちらも開幕前に解雇されてしまった。

 アマチュア時代に全国区の人気と実績を誇ったが、プロでは活躍できなかった『NFL版ハンカチ王子』は、2016年にメジャーリーガーを目指して野球転向を宣言した。

コロナ禍でメジャーには昇格の道を絶たれる

 ニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだティーボウは、「客寄せパンダ」と陰口を叩かれながらも真剣に野球に取り組み、教育リーグでの最初の試合、初打席で初級をホームランにして、ただ者ではない姿をみせた。

 1A、2Aとマイナーリーグの階段を1段ずつ上がり、2019年には3Aへ昇格。待望のメジャー昇格が間近に迫ったが、20年は新型コロナウイルスのパンデミックによりマイナーリーグのシーズンが全休となり、今春に野球からの引退を発表した。

招待選手として参加したメジャーのオープン戦でホームランを放ったティム・ティーボウ
招待選手として参加したメジャーのオープン戦でホームランを放ったティム・ティーボウ写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

大学時代の恩師が指導するチームでTEに挑戦

 そんな波乱万丈のアスリート人生を歩んできたティーボウが、33歳にして9年ぶりとなるNFL復帰を目指す。

 ティーボウが契約したのは、地元フロリダ州を拠点とするジャクソンビル・ジャガーズ。フロリダ大学時代の恩師、マイヤー監督が今季から指揮を執るチームだ。

 NFLでQBとしてプレーしたいた当時から、「QBよりもTE向き」と言われていたティーボウはTEとしてNFL復帰に挑む。

 「チャレンジであることは分かっているけれど、自分が受け入れている挑戦だ。コーチの指示を受けながら、チームメイトから学ぶことに専念する。この新しい旅路を進むにあたり、みんなのサポートに感謝している」とティーボウは新たな挑戦に前向きに捉えている。

 開幕ロースターの座は約束されておらず、キャンプ、オープン戦を通して結果を出さなくてはならない。その道はとても険しいものだが、これまでにも何度も奇跡を起こしてきた「神の子」ティーボウであれば、今回も不可能を可能に変えるかもしれない。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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