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「世界は意外に遠くない」 AEW女子世界王者、志田光インタビュー

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
AEW女子世界チャンピオンの志田光(写真提供:AEW)

 創設から僅か2年あまりでWWEに次ぐアメリカで2番目のプロレス団体に急成長を遂げたオール・エリート・レスリング(AEW)。

 チャンピオンのケニー・オメガを筆頭に、主力選手には日本のプロレス界で鍛えられてきたレスラーが多い。AEWが急成長を遂げた背景には、WWEの派手なエンタメ・プロレスに飽きたアメリカのプロレス・ファンが、日本で行われているクオリティーの高い戦いを求めていることが挙げられる。

 そのAEWの女子部門のトップに立っているのが志田光。

 今週の日曜日、3月7日(日本時間8日、月曜日)に開催されるPPVイベント『レボリューション』では、挑戦者決定トーナメントを勝ち抜いた水波綾との防衛戦を行う。

挑戦者決定トーナメントが開催された背景

 そもそも、プロレス界で『挑戦者決定トーナメント』が行われること自体が異例のことである。

 チャンピオンがケガなどの理由で王者を返上して、新王者を決めることはあるが、挑戦者を決めるためのトーナメントは、あまり聞いたことがない。

「AEWでは毎週、選手の公式ランキングが発表されるのですが、ランキング上位の選手とは殆ど防衛戦をしてきました」

 2020年5月23日(日本時間24日)にナイラ・ローズを破って、第3代AEW女子世界王者に輝いた志田は、NWA女子世界王者(当時)のサンダー・ロサなど強敵を相手に防衛を重ねてきた。約10ヶ月間もタイトルを保持しているが、これはAEWの全歴代王者の中でも最長の記録で、次の防衛戦に相応しい相手を決めるためにトーナメント案が浮上した。

「AEWの女子部門は発展途上というか、日に日に状況が変わっていき、トップもどんどん入れ替わっています。混沌とした状況なので、女子部門を一気に熱く盛り上げるためにも、トーナメントをやろうという話を会社からいただきました」

 挑戦者決定トーナメントというユニークなアイデアをAEWから提案された志田には、ある1つのプランが浮かんだ。それは、日本でもトーナメントを開催することだ。

「日本にもコロナ禍で渡米できない選手がたくさんいるんですよ。なので、トーナメントをやるにあたって、どうにか日本でも開催できないかということを会社に提案しました。私が雑用とか全てを引き受けるので、日本でもやりたいと訴えたのです。AEWは新しいことにどんどん挑戦していく団体なので、やりましょうという返事をもらい、日米で16選手が参加する大規模な形になりました」

王者自らがプロデュースした日本トーナメント

 自らの希望で日本でのトーナメント開催を実現させた志田は、日本で開催させるだけでは飽き足らずに、チャンピオンがプロデューサーも買って出た。

「日本でトーナメントをやると決まったときに、私が運営もやりたいと本当に強く思いました。私の中で、日本の女子プロレスは、『女子プロレス』、『女子』という言葉が海外でも通用するほど1つのジャンルとして確立されています。私は『女子プロレス』は世界で一番だと思っていますし、私が日本で長年経験してきた『女子プロレス』を私の手で世界にプロデュースしたい。また、チャンピオンとして何か大きいことを残すとして、これが最大のものになるとも確信しました」

日本開催トーナメントが抱えた2つの課題

 プロデューサーとして出場する選手を選んだ志田は、拠点としているアメリカから日本に飛び、トーナメントの運営を行った。

 プロレスでは選手のキャラクターが重要であり、ファンがどれだけ選手に共感でき、感情移入できるかが問われてくる。そういう意味では、アメリカで知名度が高い訳ではない日本人選手を集めた日本トーナメントは大きな賭けでもあった。

「AEWに出たことがある選手もいましたが、それでも数回試合をした程度なので、AEWのファンにはそこまで浸透してはいないかもしれません。技術面は確かな選手たちを自信を持って集めましたが、魅せることに対しては日本のレスラーはこれまで少し劣っている部分もありました。だけど、最近は意識改革が進み、その魅せる部分も持っている選手を呼べたかなと思います。例えば、伊藤麻希選手は魅せ方もうまい選手ですし、VENY(朱崇花)選手も、さくらえみ選手も日本の女子プロレスの中で最先端にいるレスラー。魅せるプロレスを理解して、アメリカのファンにも伝えられるレスラーをピックアップできたと思います」

 日本開催のトーナメントには、もう1つ懸念点があった。それはトーナメントが無観客の会場で行われたことだ。

 プロレスというスポーツは非常に特殊で、目の前の対戦相手と戦うのはもちろんのこと、ファンとも常に勝負するスポーツだ。強いだけではなく、観客の心に響く試合ができなければ一流のプロレスラーにはなれない。

 無観客の会場では、勝負するべきファンの反応がダイレクトに伝わってこないので、レスラーにとっては難しい戦いを強いられる。

「それは私よりも選手の方が痛感したとは思いますが、私としては自信がありました。日本時代にフリーランスとして多くの団体のリングに立たせてもらう中で、実際に対戦しながら、良い選手だと身を持って感じた選手たちを集めたトーナメントです。この人たちの試合をアメリカ、そして世界中のファンに見せれば、ファンは絶対に好きになってくれると確信してましたし、自信をもってお届けできました」

 その志田の読みは的中した。

「日本での1回戦が公開された直後には、アメリカ、カナダ、イギリスでハッシュタグがトレンド入りしました。トニー・カーン社長からも、『本当に素晴らしかった』とのメッセージをもらいました。新しく、熱いものができたと思います」

激戦のトーナメントを制したのは日本代表の水波綾

 日本人選手8名が参加した日本でのトーナメントを勝ち上がったのは、『アニキ』のニックネームを持つ水波綾。

 アメリカでのトーナメントを勝ち上がった前王者のナイラ・ローズとの挑戦者決定戦は、3月3日(日本時間4日)にAEWの本拠地であるフロリダ州ジャクソンビルにて行われた。

「16選手が参加する大規模なトーナメントの決勝戦ということで、お互い気持ちのぶつかり合いが凄かった。その中でも水波選手は久しぶりの大舞台なのに、肝が据わっているというか普段通りの水波選手だったので、心が強いなと思いました」

 大方の予想を覆して、水波がローズに勝ち、志田の相手は同じ年で、日本で何度も戦ってきた水波に決まった。

 志田と水波は2019年5月にラスベガスで開催されたAEWの旗揚げ大会で、AEW女子初代王者の里歩とタッグを組んで一緒に戦った戦友でもある。

 挑戦者決定戦の試合後、リングに上がった志田が水波にトロフィーを手渡し、両者は固い握手を交わした。すると、水波が志田にエルボーをぶちかまし、2人はエルボー合戦を繰り広げた。

「日本で何度も試合をしていて、試合をする度にお互いが熱くなってしまうので、今回も待ち切れない思いが溢れ出てしまって、思わず笑いながら殴り合う感じになってしまいました。楽しみな気持ちがすごく出てしまいました」

AEWの今後を占う大舞台で、日本人同士によるタイトルマッチ

 志田光と水波綾によるAEW女子世界王者戦の舞台となる『レボリューション』は勢いに乗るAEWが大きな勝負に出たビッグ・イベントだ。

 メインイベントのAEW世界ヘビー級タイトルマッチは、王者のケニー・オメガと前王者でIWGP US王者でもあるジョン・モクスリーが有刺鉄線電流爆破デスマッチを行う。

 そんな大舞台で日本人の女子選手同士がタイトルマッチを戦う意義はとても大きい。

「ここまで頑張ってきて、日本と世界の架け橋をやっと作れたのですが、その架け橋がもっと頑丈なものになるのか、一気に崩れるのかを左右する一戦になると思います。また、日本のレスラーたちに、世界って意外に遠くないことを伝えたいです。世界でスターになるのは遠い夢だと思っているかもしれませんが、日本の女子プロレスは世界に繋がっているので、それは叶わない夢ではなく、全員にチャンスがあることを伝えたい」

 夢を叶えた志田だが、彼女の夢にはまだまだ続きがある。夢の続きを叶えるためにも大舞台での防衛戦に勝つつもりだ

「今回のトーナメントに参加した16選手全員がとても気合が入っていて、一番になってやるという貪欲さが伝わってきた。私はトーナメントには参加しませんでしたけど、運営側として誰よりも気合を入れて臨みました。私のアメリカでのプロレス生活だけでなく、日本でやってきたことも全て費やして開いたトーナメントでした。このトーナメントを締めるのに相応しいのは、私の勝利しかありません。防衛して、ここまで築き上げてきた日本とアメリカの架け橋をもっともっと強固なものにしてみせます」

アメリカのメジャー団体の世界王者となり、世界でスターになる夢を叶えた志田光(写真提供:AEW)
アメリカのメジャー団体の世界王者となり、世界でスターになる夢を叶えた志田光(写真提供:AEW)

アメリカのメジャー団体の女子王者は日本人が占める

 AEW女子王者の志田だけではなく、アメリカのメジャーなプロレス団体の女子王者は日本人レスラーが占めている。

 WWEには「RAW女子」、「スマックダウン女子」、「NXT女子」、「NXT UK女子」と4つの女子シングルのベルトがあるが、その中の2つは日本人選手がチャンピオン・ベルトを腰に巻いている。RAW女子王者は明日華で、紫雷イオがNXT女子王者だ。

「日本人女子プロレスラーの活躍は、本当に誇らしいです。AEWと契約したときから、常に日本の女子プロレスが世界一、それを見せたいと公言してきましたが、今は『ほらね』という気持ちです」と言い、アメリカのマット界で戦う日本人選手を応援している。

 AEWを愛する気持ちが強い志田は、AEWを世界一の団体にしたいとの思いもある。超える対象はもちろんWWEだ。

「彼女たちには負けたくないという思いもすごくあります。とくに今はまだWWEが世界一、AEWは2番目という印象がファンの中にあると思うのですが、そこは絶対に覆したい。日本人で君臨しているチャンピオンの中で、絶対に誰よりも長く防衛してみせると思っています」とライバル心を覗かせながら、本心を打ち明けてくれた。

女子プロレスは世界に誇れる日本文化

 志田が「日本の女子プロレスは世界で一番」だと言うように、『女子プロレス』はアニメと同じように、日本が自信を持って世界に送り出せる質の高い優良コンテンツだ。

 日本人女子選手がアメリカの団体のベルトを独占していることがその証明でもある。

 世界では高い評価を受けている『女子プロレス』だが、残念なことに日本国内ではその凄さは理解されているとは言い難く、正当な評価を受けていない。

 クラッシュ・ギャルズ、古くはビューティー・ペアの時代には、一般社会にも女子プロレスが浸透していた時代はあったが、今は女子プロレスのファン以外への知名度は高くはない。

 志田はアメリカに拠点を移して戦っていく中で、アメリカでの女子プロレスの規模の大きさに驚いたと言う。

「規模が全く違うのは、本当に驚きました。私がプロレスラーになる前に格闘技は流行っていたのですが、プロレスは見たことがありませんでした。女子プロレスを知っている人の分母がアメリカと日本では大きく違う。ツイッターのフォロワーを例にすると、日本では1万人ちょっとだったのに、アメリカに渡った瞬間にどんどん増えて、10万人近くまで増えました。フォロワーのほとんどがアメリカをはじめとした日本国外のファンです」

 そもそも、アメリカには女子プロレスという概念はあまりなく、男子も女子もプロレスという一つのくくりでまとめられている。日本では男子のプロレス団体と女子の団体が分かれているのが普通だが、アメリカではWWEもAEWも団体の中に女子部門がある形で、男女を分けてはいない。

 2019年に8万人以上のファンを集めて開催されたWWEの『レッスルマニア35』では、女子の試合がメインイベントに抜擢されたほどに、女子プロレスはファンから高い支持を受けている。

「規模の違いがあるが故に、レスラーたちの意識の違いが生まれてきます。アメリカのレスラーたちは、見られることに対して貪欲ですが、日本の女子プロレスラーは外に届かせようという意識がこれまでなかったのか、その手段が分からないのか……。技術面をピックアップされて、日本の女子プロレスが世界に届き始めているので、今後は技術面以外の部分を伸ばしていければ、日本の女子プロレスが世界の基準になっていくと思います」

日米での女子プロレスの「規模の違いに驚いた」と言う志田光(写真提供:AEW)
日米での女子プロレスの「規模の違いに驚いた」と言う志田光(写真提供:AEW)

次なる野望は世界トーナメント

「今の最大の目標はテレビマッチで女子の試合を増やすこと。今は週に1試合程度ですが、これを2試合、3試合に増やすだけでなく、女子がメインを張れるようにするのが近々の目標です。AEWの女子部門も評価されるようになってきているので、もっと女子にもスポットライトが当たるようにしたい。あとは今回の日米同時開催のトーナメントは史上初だと思うんですよ。日本で収録したものを、そのままアメリカに持ってくる。この形がスタンダードになれば、世界トーナメントもできると思うんですよ。日本だけでなく、メキシコやヨーロッパなど色んな場所でトーナメントを行い、勝者たちがAEWに集まってくる。とても夢のあるプランですよね。コロナ禍であるが故に生まれたこの形を、もっともっと発展させていけたらなと思います」

日本で『レボリューション』を視聴する方法

 志田が水波を相手に防衛戦を行う3月7日(日本時間8日、月曜日)に開催されるPPVイベント『レボリューション』は日本国内でも視聴可能だ。

 AEWを日本で配信している『FITE TV』で観戦できる。

 FITE TVの登録方法は志田がツイッターで説明しているが、『レボリューション』はPPV大会なので、大会視聴料20ドルとなっている。

 日本が世界に誇る女子プロレスの最高峰の戦いを見逃すな。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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