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サイ・ヤング賞投票権を持つ女性記者にマエケンへ投票しなかった理由を尋ねてみた

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
サイ・ヤング賞投票で2位になったツインズの前田健太(撮影:三尾圭)

 アメリカン・リーグのサイ・ヤング賞投票で2位となったミネソタ・ツインズの前田健太。1位でサイ・ヤング賞を受賞したクリーブランド・インディアンズのシェーン・ビーバーは投票権を持つ記者30人全員から1位票を得る満票での選出となったが、マエケンは30人中2人が票を投じなかった。

2020年アメリカン・リーグ サイ・ヤング賞投票結果(表作成:三尾圭)
2020年アメリカン・リーグ サイ・ヤング賞投票結果(表作成:三尾圭)

 今季のマエケンの成績は、11試合に先発して、6勝1敗、防御率2.70、80奪三振。勝ち星はリーグ4位、防御率は5位で、奪三振数は7位だった。

 8勝1敗、防御率1.63、122奪三振で投手三冠王のビーバーのサイ・ヤング賞には文句はないが、マエケンは近年のサイ・ヤング賞投票で重要視されているWHIP(1イニングあたりに許した走者数)が歴代2位の0.750だった。

 そんな歴史的な投球をしたマエケンが、投票で5位以内に入らないのは不思議でしかない。

 サイ・ヤング賞の投票権は、アメリカン・リーグのチームが本拠地を置く15都市に在籍する全米野球記者協会の記者、各都市2名ずつに与えられる。

 30人中、マエケンに投票しなかったのはヒューストンを拠点とするヘイスース・オルティス記者とオークランドのメリッサ・ロッカード記者の2名。ロッカード記者に連絡をして、彼女がマエケンに投票をしなかった理由を尋ねてみた。

 何人もの優秀な記者を引き抜いて2016年に誕生した有料スポーツ・ニュースサイト「ジ・アスレチック」は、数々のとくダネを報じて100万人の購読者を誇るサイトへと成長を遂げた。その「ジ・アスレチック」でオークランド・アスレチックスの番記者を務めるのが、ロッカード記者。15年以上のメジャー取材歴を誇り、とくにアスレチックスのマイナーリーグ情報に強い記者として知られる。

 ロッカード記者が票を投じたのは、1位からビーバー、ダラス・カイケル(シカゴ・ホワイトソックス)、柳賢振(トロント・ブルージェイズ)、リアム・ヘンドリックス(アスレチックス)、ランス・リン(レンジャース)の順番だった。

ロッカード記者が投票した5投手と前田健太の成績。カッコ内はリーグ順位。(ー)はリーグ11位以下。(*)は規定投球回数未満の記録。(表作成:三尾圭)
ロッカード記者が投票した5投手と前田健太の成績。カッコ内はリーグ順位。(ー)はリーグ11位以下。(*)は規定投球回数未満の記録。(表作成:三尾圭)

すぐに決まったビーバーの1位

 「前田は最後の最後まで有力候補で、とても悩みました」と言うロッカード記者は、「圧倒的な投球をみせたビーバーの1位だけはすぐに決まりました」とコメント。「2位から4位までは本当に頭を悩ませたんです」と言いながら、その理由を話し始めた。

圧倒的な成績で満票でのサイ・ヤング賞を獲得したシェーン・ビーバーの1位はすぐに決まった(写真:三尾圭)
圧倒的な成績で満票でのサイ・ヤング賞を獲得したシェーン・ビーバーの1位はすぐに決まった(写真:三尾圭)

被本塁打が圧倒的に少ないカイケル

 「今の野球は先発投手がホームランを打たれないのが難しくなっています。それで、シーズンを通して2本しかホームランを打たれなかったカイケルを高く評価しました」

 フライボール革命によって本塁打数は上昇しており、2014年には4018本だったホームラン数が昨季は史上最多の6776本まで急増。今季も898試合で2304本のホームランが飛び出し、試合あたりの本塁打数は2.57本だった。

 カイケルの被本塁打2は、リーグ2位のディラン・バンディ(ロサンゼルス・エンゼルス)が打たれた5本の半分以下と突出している。9イニングあたりの被本塁打率0.284は、今世紀に入ってからだと2014年のギャレット・リチャーズ(当時エンゼルス)の0.27に次ぐ2番目の記録だ。

 ロッカード記者がカイケルを2位に推したもう一つの理由が、「カイケルのERA+224は、ビーバーに次ぐリーグ2位」とERA+を重要視したこと。

 ERA+とはリーグ平均防御率と自身の防御率を比較して、どれだけ優れているかを表すスタッツ。基本的な計算式は(リーグ平均防御率÷自身の防御率)x100だが、ここに本拠地球場の特性によった修正が加えられる。100がリーグ平均を示すERA+が200を超えるのは大きな評価材料だ。

得点力の高い東地区で戦った柳

 3位に柳を選んだ理由は「rWARがビーバーに次ぐリーグ2位の3.0」とrWARに注目。代替選手に比べてシーズンでどれだけ勝利数を上積みできたかを示すのがWAR。メジャーではベースボール・レファレンスが算出するrWARと、ファングラフス版のfWARの2つが主に用いられる。rWARとfWARは計算方法が若干異なり、主な違いはrWARは投手の失点(防御率)を基準とするのに対して、fWARは疑似防御率であるFIPがベースとなる。ERA+を重要視したロッカード記者はFIPよりも防御率を重視するので、fWARよりもrWARに重きを置く。

 WARが8.0を超えるとMVP級の活躍と言われており、柳の3.0は162試合のシーズンに換算すると8.1となる。

 「柳は得点力の高い東地区を相手に投げ続けたことも高評価を与えた一因です」とロッカード記者は口にする。アメリカン・リーグの地区ごとの平均得点を比べてみると、ブルージェイズがいる東地区は4.91、マエケンやビーバーの中地区は4.43、西地区は4.41で東地区が0.5点ほど高い。

現場で見る機会の多かった西地区の投手たち

 「リリーフ投手として、リーグ最高の投球をした投手はサイ・ヤング賞候補に相応しい」と今季の最優秀リリーフ投手賞(マリアーノ・リベラ賞)に輝いたヘンドリックスに4位票を与えた。60試合の短縮シーズンとなった今季は例年以上にブルペン投手陣の重要性が高まり、とくにクローザーは延長特別ルールにより一層タフな仕事を強いられた。アスレチックス番のロッカード記者は、ヘンドリックスを見る機会がとても多く、プラスアルファも加わった。

 5位は前田とリンで最後まで悩んだと言うが、「リンは前田よりも18イニングも多く投げたことと、私が現場で取材した試合で3度も素晴らしい投球を披露したので、僅差でリンに投票しました」とロッカード記者は明かしてくれた。

 リンは今季、アスレチックス戦に3試合先発して、3クオリティースタート、2勝0敗、防御率1.86とサイ・ヤング賞候補に相応しい投球をしている。

地元アスレチックスの守護神でマリアーノ・リベラ賞に選ばれたリアム・ヘンドリックスは4位(写真:三尾圭)
地元アスレチックスの守護神でマリアーノ・リベラ賞に選ばれたリアム・ヘンドリックスは4位(写真:三尾圭)

 「前田に票を入れられませんでしたけど、彼と2位から5位までの投手たちの差はほとんどありませんでした。今季は他地区のチームとの対戦がなく、他地区のチームの試合を見られなかったので、賞を選ぶのはとても難しかったです。例年以上に数字に頼らざるを得なかったのは事実です。前田は素晴らしいシーズンを過ごし、とくに彼のWHIPは歴史的な数字でした。WHIPは大切なスタッツですが、私にとっては投手の実力を測るツールではありません。前田が全体の投票で2位に入ったことには異論はありません。1位のビーバーは除けば、次の5、6人の投手の差は非常に僅差だったからです」

根拠を説明できることが大切な個人賞の投票

 サイ・ヤング賞を始めとした個人賞は選考する記者の主観に委ねられる部分が大きく、記者の数だけ考え方がある。最多勝や最多奪三振などの「タイトル」は数字ではっきりと決まるが、個人賞はそうではない。

 選考を任せられているBBWAAは、各投票者の投票結果を発表しており、投票する記者の責任は大きい。それぞれの記者は、投票した根拠を説明できなければならない。その根拠を説明する必要はあるが、そこに正解がないのが、個人賞が持つ魅力でもある。数字に頼る部分は大きいが、数字だけに頼るのであれば記者が投票する意味はない。現場で感じた雰囲気、記者自身の目で見たパフォーマンス、そこにスタッツを混ぜ合わせることで、それぞれの意見が出来上がる。基準にする数字も記者によって異なり、また時代とともに変わってもいく。

 突然のお願いにもかかわらず、日本のファンのために、マエケンに票を投じなかった理由をすぐに説明してくれたメリッサ・ロッカード記者に感謝をする。

「前田は素晴らしい投手。来年もサイ・ヤング賞争いに加わるでしょう」とロッカード記者はマエケンの実力を評価する(写真:三尾圭)
「前田は素晴らしい投手。来年もサイ・ヤング賞争いに加わるでしょう」とロッカード記者はマエケンの実力を評価する(写真:三尾圭)
スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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