NEVER無差別級6人タッグ王座を保持する石井智宏、後藤洋央紀、YOSHI-HASHIの3人は、新日本プロレスで今、最も安定した王者である。9回の防衛に成功し、王座保持期間は1年を超えた。単なる数字だけではなく、彼らが成し遂げた「革命」についても解説したい。

長く定着しなかった6人タッグ

6人タッグマッチの歴史は国内でも古く、1954年2月に力道山がシャープ兄弟を招聘したシリーズの地方巡業にも記録が残っている。1つの試合でさまざまな組み合わせが楽しめるものの、日本では“顔見せ感”が強いせいか、長らく勝負論が語られることはなかった。ましてや、新日本プロレスは「一番になりたい男たち」の集団である。メキシコのようなトリオ(3人組)は少なく、過去にはジャパンカップイリミネーションリーグ戦やトライアスロンサバイバーなど、6人タッグの覇を競う大会も存在したが、いずれも一度きりで終わっている。さらには、観客の側も「一番強い3人組は誰なのか」というテーマにさほど関心がなかったように思う。

王座設立の背景

そんな新日本プロレスに、なぜ6人タッグ王座が生まれたのか?筆者が立てる仮説は3つだ。1つ目は、他団体で6人タッグ王座が作られており、その流れが新日本プロレスにも及んだ。つまり、時代の流れ。2つ目は、選手数が増加したため、タイトルマッチに絡んでいない選手を活用するため。3つ目は、小規模の会場でも6人タッグならタイトルマッチを組みやすく、ベルトを作ることで興行的な目玉を増やすため。団体から設立理由の発表はないので、どれも推測に過ぎないわけだが、いずれにせよ、これまで6人タッグが育たなかった土壌にベルトという木を植えても、実がなるには時間がかかる。2016年1月に初代王者が生まれてからしばらくは、急造チームの間で頻繁に王座が移動したため、ファンの間でもチャンピオンが、なかなか認知されなかったのだ。

現王者による6人タッグ革命

ところが、その流れを変えたのが、現王者チームの石井智宏、後藤洋央紀、YOSHI-HASHIである。コロナ禍によって後楽園ホールの興行が増えたことも影響し、6人タッグのタイトルマッチは今年に入ってから他の王座に比べて断トツに増えた。防衛回数は歴代最多の9回。退けた相手は、同門も含むほぼすべてのユニット(軍団)に及び、その中にはオカダ・カズチカやジェイ・ホワイト、内藤哲也らも含まれる。これだけ幅広い選手を巻き込んで、6人タッグの注目度を高め、防衛戦で常に観客にハッピーエンドを提供し続けたのは、彼らが初めてだ。少し気が早いが、このままいけば「プロレス大賞」の最優秀タッグチーム賞で、史上初のトリオ受賞もあると筆者は思う。昨年8月、ベルトを手に入れた直後の石井がYOSHI-HASHIに対して「今までいろいろ言ってきた野郎どもを黙らせるくらいの試合をすればいいんだ」と諭した通り、抜群の試合内容によって、3人は6人タッグという地に革命を起こしたのである。

ユニットのチーム力が試される

チームが好調の理由についてYOSHI-HASHIに尋ねてみた。「石井さん、後藤さんとは、最初に組んだときからしっくりきました。役割分担はないですけど、6人タッグのチーム力ってどれだけ仲間に尽くせるか。僕と石井さん、後藤さんとのリアルな絆が、リング上での連携に発揮されていると思います。NEVER6人タッグは今、ユニットのチーム力を試すベルトになってきましたよね」との答えには説得力がある。YOSHI-HASHIにとってNEVER無差別級6人タッグ王座は、デビューから12年かけて手に入れた初めてのチャンピンベルトだ。「このベルトは永遠に防衛しますよ。もちろん、6人タッグだけで満足しているわけではないので、いろんなベルトを獲りにいきたいです。メインイベントでリングに勝ち残るっていう、あの雰囲気は他では味わえないですから」。この1年、チーム内で最も成長を遂げた男は9月5日、後藤とのコンビで2本目のベルト、IWGPタッグ王座を狙いにいく。

※文中敬称略