異例のキャリアを持つ逆輸入ボクサー坂井祥紀「メキシコが第二の故郷です」

全てスタッフ撮影

横浜光ジムに所属する坂井祥紀(29)は、メキシコで10年のキャリアを積み、昨年の11月に帰国した。

海外での経験を活かし、日本でキャリアを再スタートした坂井にインタビューを行った。

メキシコでの日々

ーーー日本のプロのジムではなくなぜメキシコに行ったのですか。

坂井:中学1年生からボクシングを始めて、高校卒業後にプロになりたいと思っていました。

もともと小さいアマチュアのジムにいたので、大きいプロのジムを探していたのです。

会長に相談したら「ジムを選ぶ前に練習がてら1回メキシコでも行ってみないか」と話をいただきました。

大してアマ経験もなかったので自信をつけるためにメキシコ行きを決めました。

ーーーなるほど。メキシコでは名門のロマンサジムでトレーニングしたと聞きましたが、どうでしたか。

坂井:怒涛の日々でしたね。ジムに着いた当日にいきなりスパーで、リングを降りたら3週間後に試合と言われ、その後の予定もとんとん拍子で決まりました。

ーーー日本では考えられないですね。

ロマンサジムでは、数々の世界王者を育てた、名将イグナシオ・ナチョ・ベリスタインからも指導を受けましたね。どの様なアドバイスをもらいましたか。

坂井:相手を下がらせるために、コンビネーションでは3つ以上全て強く打てと言われました。

ーーーメキシコにはどのくらい滞在していたのですか。

坂井:最初は3ヶ月の滞在予定で、往復のチケットを買っていたのですが破棄しました。

試合が次々決まるので、最初の1年目は6ヶ月ぐらい居ましたね。

その後、プロデビューして5ヶ月で6戦。試合して2週間後にまた試合ということもありました。

日本に帰国する時も「次の試合が決まってるから」と言われて、戻ってくるしかないなと(笑)。

ーーー本当に怒涛の日々ですね。トレーニングはどうでしたか。

坂井:フィジカルより実戦練習が中心ですね。スパーリングもほぼ毎日で、逆にマスはしませんでした。リングに立ったらガチ勝負です。

ーーーメキシコで得られたものはありますか。

坂井:ディフェンス技術ですね。

メキシコに来てすぐ自分より体の大きい相手と毎日スパーだったので、このままでは体が壊されるのではないかと不安でした。

だから死ぬ気でディフェンスを強化しました。

海外での試合

ーーー海外での試合はどうでしたか。

坂井:全てにおいてルーズですね。試合がなくなったと思ったら復活したり、それが怖かったです。

試合前日の夜に電話がかかってきて「試合が1週間後に延期されたから」と急に延期が決まったりもしました。

減量がきつい人からしたらたまったもんじゃないですよね(笑)。

計量も2日前くらいに「契約体重の2キロ増しで試合してほしい」と言われたり、選べる立場でなかったので大変でした。

ーーーすごい体験ですね。

坂井:そうですね。今ではメキシコが第二の故郷みたいになりました。だから何か形として残したいなと、2015年にユースタイトルに挑戦しタイトルを獲得しました。

原点からやり直す

ーーーなぜ日本に帰国しようと思ったのですか。

坂井:アメリカでの試合で惨敗して自分の限界を感じました。このままでは勝てないから原点からやり直そうと思い日本に帰国しました。

ーーーそして現在に至るという訳ですね。8月の日本でのデビュー戦はどうでしたか。

坂井:めっちゃ緊張しました。

メキシコのリングだと相手が優位の状態で勝ったら金星でしたが、今回は絶対勝たなければならないというプレッシャーがありました。

その分、日本のファンにみてもらえるというモチベーションはありましたね。

ーーー最後に12月26日の小畑武尊(ダッシュ東保)戦に向けて意気込みを聞かせてください。

坂井:まずは日本のファンの人の印象に残る試合をして、いつか絶対アメリカで試合をしたいと思います。

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