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“くびの後ろを手刀で「トンッ」、気を失う”は実際できるのか 医師が真面目に解説

木村俊運脳外科医
首は身体の大事な部分です。(提供:イメージマート)

最初に注意ですが、頚は頭部という大事で、結構重い部分を支えている部分で、非常に重要なパーツです。

「試しにやってみよう」は止めましょう。

漫画などで、頚の後ろにビシッと手刀を当て、「うっ」という具合に、気絶させるシーンがあります。

この「ビシッ」「うっ」で、本当に気を失うものでしょうか?

普通に生活していると、人間の頭(首から上の部分)の重さを感じることは無いと思いますが、脳外科の手術では、全身麻酔がかかったあと、頭を固定する際に、抱えて支える必要があり、「え、頭ってこんなに重いんだ!」と感じます。

その重たい部分が落ちないように支えているのが首(頚部)であり、人体の急所の一つです。

首は7つの骨が柱となって、周りの筋肉や靱帯の緊張によってバランスをとる構造になっていますが、この骨が保護する形で神経の束(脊髄)が中を通っており、身体や手足に命令を送ったり、逆に手足などからの感覚情報を伝えたりしています。

この首の神経に、骨の上からでも「ビシッ」と衝撃を与えると、気を失うでしょうか?

実際に、転落などで首の神経がひどく傷つくと、血圧が非常に下がることがあります。血圧が極端に下がると気が遠くなって意識を失うことがありますが、これはそのままだと生命の危機に繋がるような深刻な問題です。

しかも場合によっては、一生、手足がまったく動かせなくなるくらいの重体になることから、一時的に気絶させようという目的には沿わなさそうです。

脳振盪で気絶している?

首の骨のもう少し上の部分はどうでしょう?

後頭部をぶつけると、しばらくめまいがして歩けないということがあります。

これは後頭部の奥に小脳という部分があり、からだのバランスをとって、スムーズに手足を動かしたり、からだの向きを整えたりする働きを担っているためです。

またその前方(さらに奥)には脳幹と呼ばれる、呼吸や心拍を司る生命活動の中枢部分がありますが、この部分にある脳幹網様体賦活系という組織は、「意識」にとって非常に重要な機能を持っています。

動物実験では、この部分を刺激することで、「眠った状態」から覚ますことができたり、ヒトでも覚醒と睡眠のリズムに関わっていたりします(1)。

つまり、この部分を狙って刺激できれば、意識を失わせることができるのかもしれません。

しかし、幸いこの後頭部は、生命に直結するような大事な部分だからか、頭蓋骨だけでなく比較的厚めの筋肉に覆われて守られています。

実際にプロレスの技や、柔道でうまく受け身を取れずに後頭部をぶつけると、気を失うことがあるようですが、鍛えられた筋肉で守られていても、やはり急所であることに変わりありません。

また鍛えられたスポーツ選手でなくても、たとえば小学生でも出会い頭にぶつかるとか、体育の球技中にぶつかってしまうなどで、一時的に気を失ったり、記憶が飛んだりということで、脳外科の外来を受診されることがあります。

こうなるともう、手刀が云々というエネルギーではなくなってきますが、頭のどの部分でも、強くぶつけると気を失うことがあります。

意識を失うのは、脳振盪の症状の一つで、意識を失うまでは行かなくても、ぶつけた後にぼうっとしていたり、記憶が曖昧になっていたり、ふらふらするなどの症状が起こることがあります。

頭のCTやMRIを撮っても特に問題がないことがほとんどですが、「では全く何でもないか?」というと、そういうことではありません。

脳振盪は結構怖い

1回の脳振盪で大きな問題が起こることはまれですが、脳振盪を繰り返すと、生命に関わったり大きな後遺症が残ったりすることが知られています。

1970年代に活躍したアメリカンフットボール選手であるマイク・ウェブスターが、引退後うつ病・認知症などで苦しみ、50歳という若さで亡くなりましたが、それをきっかけにスポーツによる脳振盪に関する議論が活発になりました(2)。

脳振盪を繰り返し起こすことで、脳の中に、アルツハイマー病患者さんの脳に見られるような蛋白が蓄積しているという報告がされています。

また、脳振盪が起きると、脳に“ひずみ”が生じ、それが回復する前に新たな衝撃が加わることで、不可逆的な(=治らない)障害が引き起こされると言われています(セカンド・インパクト症候群)。

では、サッカーやラグビー、あるいはその他のスポーツはしない方がよいのでしょうか?

もちろん、そういうことではありません。

脳振盪を起こした後、「“短期間に”また頭をぶつける」という事態は避けなければいけないということです。

「(スポーツの種類)+脳振盪」で検索すると、様々なスポーツで脳振盪を起こした場合にどうしたらよいかという、ガイドラインが見つかります。

多くは同じ脳振盪に関する基礎研究の結果を踏まえたものなので、安全に試合・スポーツに復帰するためのステップというのは概ね同じようになっています(3)。つまり

  • 受傷した日は競技に復帰させてはいけない。
  • 競技に復帰させる際には、医学的な許可を受けた上で段階的で監修されたプログラムに従い、一歩ずつ進める必要がある。

脳振盪の後は、段階的にからだの負荷を増やしましょう。
脳振盪の後は、段階的にからだの負荷を増やしましょう。

(「サッカーにおける脳振盪の指針」より)

特に18歳以下の競技復帰については(競技よりも)学業を優先します。

下は慶應義塾大学スポーツ医学研究センターホームページからですが

・受傷後の安静(スポーツ休止)期間は、症状が消えても原則14日とする

脳が発達段階であることを考慮し、2週間は安静にします。

・受傷直後24〜48時間は身体とともに脳の安静が必要であるため、パソコン、ゲーム、スマホなどの使用を控えます。

・まずは学校復帰、その後にスポーツ復帰

School first, Sports second

・日常生活で症状が悪化しなければ学校復帰

学校では、再受傷が想定されない範囲の身体活動は許容されます。

・過度の欠席は、学業の遅れや仲間からの孤立につながるので推奨しない

学校復帰が完了し、症状が再発しなければ競技復帰のプロトコールを開始します。(4)

(引用終わり)

普段はあまり気付かないかもしれませんが、スマートフォン、PCの画面はかなり明るいこともあって、脳には強い刺激になります。リモート授業などでどうしてもPC・タブレットなどを使う必要があるので、スマートフォンなどプライベートでの使用はできるだけ避ける方が良いと考えられます。

余談ですが就寝前にスマートフォンやPCを操作するのは、脳を興奮させることになるので、寝付きが悪くなったり、睡眠の質を下げることが知られています。「最近寝付きが悪いな」という方は、寝る前少なくとも1時間は、画面を見ないように心がけましょう。

実際には脳振盪は、普通に生活していても起こりうる外傷であり、「脳振盪1発アウト!」な病気なら、ここまで人類が繁栄することも無かったはずです。

脳はまれに起こる程度の脳振盪であれば、十分回復する能力を持っていますので、脳振盪を心配しすぎてスポーツを止めるのは、とてももったいないように思われます。

最後に繰り返しになりますが、手刀でビシッで意識を失わせるのは難しそうですが、首や後頭部は身体の弱い部分ですので、冗談でも殴ったりするのは止めましょう。

参考文献

1. Mathias B¨ahr MF花北 順哉 (翻訳). 脳幹網様体賦活系. In: 神経局在診断. ; 2016.

2. マイク・ウェブスター. ウィキペディア. Accessed February 19, 2022. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC#cite_note-4

3. サッカーにおける脳振盪に対する指針. Accessed February 19, 2022. https://www.jfa.jp/football_family/medical/b08.html

4. スポーツ現場における脳振盪Sports Related Concussion (SRC) への対策. Accessed February 19, 2022. http://sports.hc.keio.ac.jp/ja/athlete-support/medical/src.html

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

脳外科医

脳神経外科医。脳動脈瘤・良性腫瘍・バイパス手術・微小血管減圧術(顔面痙攣・三叉神経痛)など、微細操作が必用な手術が得意。日本赤十字社医療センター(渋谷)。

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