脳外科医という職業柄でもありますが、ときおり芸能関係の方などで、動脈解離で入院という記事を目にすることがあります。

この病気はどういうものなのでしょう?

脳に血液を送っている動脈は、頚のところで脈を触れることもできる左右の頚動脈と、頚の骨(頸椎)の中を通って頭蓋骨の中に入る左右の椎骨動脈の、合計4本があります。

赤いのが動脈。後ろ側の細い方が椎骨動脈
赤いのが動脈。後ろ側の細い方が椎骨動脈提供:イメージマート

大雑把に言うと、頚動脈は、いわゆる大脳に血流を送っており、椎骨動脈は、脳の中でも頚に近い部分である、脳幹や小脳と呼ばれる部分を養っています。

人間では大脳が非常に発達しているので、頚動脈の方が大事かというと、そういうことではなく、当然ではありますが、両方大事です。

というのは、椎骨動脈が血液を送っている脳幹や小脳と呼ばれる部分は、呼吸や体温のコントロールなど、生命に不可欠な機能を担っているからです。

特に、脳幹は、直径3cmもない部分ですが、大脳から手足への命令や、身体中の感覚情報が通っており、まさに脳の幹なのです。

また、小脳は、特に運動をコントロールするのに大事な部分です。

私たちは、赤ん坊のころのハイハイから、何度も転びながら歩けるようになりますが、いったん歩行できるようになると、何も考えなくても歩いたり走ったりできるようになります。

このような無意識に身体を動かすはたらきには小脳が大きく関わっています。

例えば、お酒を飲んで酔っ払うと、この小脳がうまく機能しなくなり、真っ直ぐ歩けない、いわゆる千鳥足になってしまいます。

また、字を書いたり、箸やフォークで食べ物を取ったりする動作も、小脳に異常が起こると、上手く書けない、つまめない、目標に刺さらないということが起こります。

椎骨動脈は、このような重要な部分に酸素や栄養を送っているわけです。

椎骨動脈解離

そこで、椎骨動脈解離ですが、椎骨動脈を含め、脳の太めの動脈は、ただの筒ではなくて、異なる種類の細胞からできた3層構造をしています。

動脈なので、24時間365日、心臓から送られた血液を脳に運んでいるわけですが、血管の壁は常に血圧に曝されています。

正常血圧は130/80mmHgくらいですが、健康な血管はもちろん普通の血圧ではびくともしません。実験では、正常な動脈の一番内側の層の組織(内弾性板)は600mmHgという圧まで耐えられるようになっています(1)。

生きた細胞が、これほどの圧に耐えられるようにできているのは、生命の神秘を感じるところではありますが、一方で、動脈硬化などにより、動脈が少しずつ傷んでくると、強度を維持できなくなることがあります。

また、椎骨動脈は、頸椎・頭蓋骨という、よく動く部分に位置していることも影響するのか、3層構造の内側の膜(内弾性板)に亀裂が入ることがあります。

内側の亀裂から、壁の中に血液が流れ込む (筆者作成)
内側の亀裂から、壁の中に血液が流れ込む (筆者作成)

動脈には常に血圧がかかっており、この内弾性板の裂け目から血管壁の間の層に血液が入り込んでしまい、内弾性板と外側の層が剥がれてしまうのが動脈解離です。

この動脈が裂けるときに痛みが起こるので、しばしば、頚の後ろ側が痛い、ということで医療機関を受診し、MRIなどで見つかることがあります。

壁の裂け目から中に血液が流れ込んで、早々に固まってくれればいいのですが、裂け目の圧が高い場合など、外側の膜(外膜)に穴が開いてしまうと、血液が血管の外に噴き出して、くも膜下出血を起こすことがあります。

椎骨動脈は、脳の動脈の中でも心臓に近く、一番太い動脈の一つなので、くも膜下出血を起こした場合、出血の量も多く重症になることがあります。また、すぐ傍に呼吸の中枢である延髄があり、くも膜下出血を起こした衝撃で(一時的に)呼吸が止まってしまい、周りに誰もいなければ生命に関わります。

また、椎骨動脈解離には、もう一つ後遺症に繋がるような危険性があります。

それは、動脈解離を起こした部分に、枝分れしている動脈があると、その血管が詰まってしまうことがあるのです。

血管の根元が細くなって血液が流れなくなる (筆者作成)
血管の根元が細くなって血液が流れなくなる (筆者作成)

椎骨動脈から枝分れする血管は、近くの脳幹・小脳に血流を送っているわけなので、食べるときにものを飲み込む動きや、身体の感覚の異常が起こることがあります。

多くの場合は自然に治ります

怖いことばかり書きましたが、実際には、後頭部が痛い、ということで見つかる椎骨動脈解離の患者さんで出血を起こしたり、重度の脳梗塞まで起こしたりする方はまれです。

しかも、くも膜下出血以外の病気で亡くなった方を、病理解剖の際に調べると、10%くらいの人には、動脈解離が起こって治った形跡が見られるようです(2)。

この方々は、動脈解離が起こっていたけど、気付かずに天寿を全うしたと考えられます。

つまり、動脈の壁の間に広がって固まった血液は、からだに備わった自然の仕組みで吸収され、ほとんどの場合、修復されていると考えられます。

実際、椎骨動脈解離によるくも膜下出血の場合、出血してすぐに治療ができなかった患者さんの経過をみると、2ヶ月を過ぎてからは全く出血が起こらない、という研究結果が出ています(3,4)。くも膜下出血まで起こっても、穴が開いた壁が修復される、ということです。

予防方法はあるの?

この椎骨動脈解離、予防することはできるのでしょうか?

残念ながら、くも膜下出血の原因になることはあるのですが、動脈解離自体は短時間に起こると考えられ、MRIを撮影しても予防することはできません。

しかし、動脈硬化がある程度影響していると考えられることから、血圧やコレステロールをコントロールすることは、他の脳卒中を予防するという意味でも有効と考えられます。

個人的には、睡眠不足や偏った食事は、血管の柔軟さや自然な修復を妨げて、亀裂が起こりやすくなるのでは?と思っています。

脳卒中を診療する医師の中ではよく知られていることですが、頚をポキポキ鳴らすようなカイロプラクティックや整体で、椎骨動脈解離(と脳梗塞)を起こす方がいます。

もちろん、ちょっと街に行けばマッサージ屋さんはたくさんあって、全ての方が椎骨動脈解離を起こすわけではありませんが、頚は身体の急所です。

上記のように、椎骨動脈は頸椎と頭蓋骨の、よく動く部分を通っているので、あまり急激な衝撃は与えないに越したことはないのかもしれません。

参考文献

1. Glynn LE (1940) Medial defects in the circle of Willis and their relation to aneurysm formation. J Pathol Bacteriol 51: 213–222

2. 椎骨動脈解離例にみられる椎骨動脈の器質化を伴う内弾性板断裂について

  斎藤一之、高田綾、他  第44回神経病理学会総会 2003 5月 抄録集

3. Mizutani T,Aruga T,Kirino T,et al : Recurrent subarachnoid hemorrhage from untreated ruptured vertebrobasilar dissecting aneurysms. Neurosurgery 36 :905-913, 1995 

4. 水谷 徹, 解離性脳動脈瘤の発生,治癒機転からみた治療の考え方(<特集>脳動脈瘤治療のトピックス), 脳神経外科ジャーナル, 2010, 19 巻, 2 号, p. 104-111