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アベノミクスが広げた貧富の格差を是正できるか リベラルから対中強硬に豹変した岸田新総裁の課題

木村正人在英国際ジャーナリスト
自民党新総裁に選出された岸田文雄氏(右)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

[ロンドン発]29日の自民党総裁選挙は1回目投票でいずれの候補者も過半数に届かず、決選投票の結果、岸田文雄前党政務調査会長が河野太郎行政改革担当相を破り、第27代総裁に選出されました。1回目投票は256票の岸田氏が255票の河野氏をわずか1票差で抑え、決選投票では岸田氏が257票を集め、河野氏の170票を下しました。

岸田氏は急激な若返りと変化を望まない党内長老と国会議員票を固めたのが勝因です。世界メディアは次期首相に就任して総選挙に臨む岸田氏をどう伝えたのでしょう。

アメリカの見方「岸田氏は日本のミサイル防衛強化を求める」

米紙ウォールストリート・ジャーナルは「岸田氏はアメリカとの強力な同盟関係を好み、中国の軍事的拡張を懸念する本流の政治家だ」と報じました。

「日本のミサイル防衛を強化するよう求めてきた元外相の岸田氏が自民党総裁に選出され、次期首相になることが確実になった。菅義偉首相と同様に強固な日米同盟を支持し、中国の軍事的拡張を懸念する体制派。コロナ規制がもたらした日本経済の低迷から脱却するため数千億ドル規模の積極的な財政出動を支持している」

「岸田氏は総裁選中、中国や北朝鮮を含む潜在的な敵国に対して日本はミサイル攻撃能力の構築を検討する必要があると述べた。日本は、先制攻撃はできないが、敵のミサイル基地が先制攻撃に使われ、さらに発射されることが予想される場合にはミサイル基地を攻撃する権利があると語った」

「岸田氏はレトリック上、経済に関して左寄りの立場をとっている。『新しい日本型資本主義』を提唱し、コロナ危機で拡大した貧富の格差を縮めるため、より積極的に富の再分配を行うべきだと述べた。『成長による利益を一部の人が独占すれば、格差はさらに広がる』とインタビューに答えている」

「政治スタイルは戦後日本によくある控えめなリーダーのタイプに戻った。岸田氏がトップに立ったのはテレビでのカリスマ性や挑発的な政策立案ではなく、党内長老からの支持を集めたからだ。安全保障に対する考え方は安倍晋三前首相とほとんど変わらないが、威圧的ではないため、左派の学者、ジャーナリスト、政治家からの反発を免れるかもしれない」

米紙ワシントン・ポストは総裁選を伝えるこれまでの記事の中で岸田氏について「河野氏に比べて知名度は低いが、党内の評価は高い。透明性を強調し、コロナ危機への対応が不十分で遅いと批判することで菅首相との対比を図ろうとした。富の再分配による所得格差の是正など、安倍前首相の経済政策アベノミクスの見直しを掲げている」と紹介していました。

中国の見方「かつては北京に友好的だった」

中国共産党の機関紙系国際紙、環球時報(英語版)は「菅首相が就任して以来、日中関係は急速に悪化している。安倍政権後期に蓄積された政治的な相互信頼が弱まっている。日本国内の権力闘争を経ても、日本がアメリカの手先という方向性は変わらない」と数回にわたって報じてきました。

岸田氏について「最近の発言を見ると、安全保障、特に対中政策については菅首相よりも強硬だ。岸田氏は自民党の中でもリベラルとして知られる宏池会を率いている。かつては北京に友好的な態度で知られていた岸田氏が中国攻撃の最前線に飛び込んだのは、党内や日本国民に自分の“強さ”をアピールするためだと分析されている」と解説。

「岸田氏は台湾海峡の平和と安定の確保を強調した。台湾カードを使ったことに対し、中国外交部は“台湾問題は日中関係の外交的基盤に関わるものだ。日本の関係者に対し、いかなる形でも中国の内政に干渉せず、台湾独立勢力に誤ったシグナルを送らないよう真剣に働きかける”と表明した」

「人権問題担当の首相補佐官を創設することも約束した。中国新疆ウイグル自治区や香港における中国の人権侵害を扱うという。アメリカや他の有志の民主主義国と緊密に協力することで中国の影響力増大に対抗するとも宣言した。コロナ危機による経済的影響に対処するために数十兆円規模の支出パッケージをまとめると発表した」

イギリスの見方「自民党は五輪を強硬開催し支持率が低下した」

英BBC放送は「自民党は国民の反対を押し切って東京五輪・パラリンピックを開催したことで支持率が低下した。新総裁はコロナ危機後の経済回復や北朝鮮の脅威への対応など、さまざまな厳しい課題に直面している。岸田氏は穏健派のリベラルな政治家として知られており、自民党をやや左に誘導することが期待されている」と指摘しています。

「無味乾燥で退屈だと批判されているが、長きにわたって党内で将来のリーダーとして期待されてきた。最も重要なのは河野氏とは異なり、岸田氏は党内ベテラン政治家の支持を得ていることだ。アベノミクスとして知られる安倍前首相の経済政策について“金持ちだけが豊かになった”と批判している」

「岸田氏は中国が権威主義的なシステムを世界に輸出しようとしていると非難している。総選挙を前に有権者は岸田氏がアメリカと中国との関係のバランスをどのように図るかに注目している」

英紙タイムズは「日本はコロナ危機からようやく脱出し、ワクチン接種率の向上や新規感染者の減少が見られるようになった。しかし攻撃的な北朝鮮、自己主張を強める中国、対立と軍拡が深まるアジア情勢など、安全保障上の課題に直面している」と分析しています。

「岸田氏は安倍前首相よりもイデオロギー的には保守的ではない。A級戦犯を祀(まつ)っている靖国神社への参拝もしないようだ。岸田氏は戦後の平和主義的な日本の憲法を変えるために必要な政治闘争には参加しないだろう」

「アベノミクスは企業を助けたが、それに見合った賃金上昇が得られなかったとして、岸田氏は格差拡大を是正する必要があると主張している」

コロナ対策の「岸田4本柱」

岸田氏の最優先課題はコロナ危機からの脱出です。

岸田氏はコロナ対策として(1)医療難民ゼロ(2)ステイホーム可能な経済対策(3)電子ワクチン接種証明(ワクチンパスポート)活用・検査の無料化拡充(4)感染症有事対応の抜本的強化――の「岸田4本柱」を打ち出しています。公衆衛生上の危機発生に備えて強い指揮権限を有する「健康危機管理庁」の設置を目指しています。

コロナ対策は一にワクチン、二にもワクチンとワクチン接種の展開に尽きます。コロナ病床の確保には法的な強制力が必要でしょう。切り札の抗体カクテル治療についてはイギリスではダウン症や腎移植、認知症患者、高齢者施設入所者らブレークスルー感染を起こしやすく、死亡率も高いハイリスクグループを優先して行うよう求める声が上がっています。

株高優先のアベノミクスの見直しも避けては通れません。

日銀の資金循環統計(速報)によると、今年6月末時点の家計が持つ金融資産は1992兆円。比較可能な05年以降で過去最高を更新しました。19年9月末から137兆円も増えています。現金・預金は1072兆円、証券が325兆円。コロナの影響で消費が抑えられる一方で、株価が高騰し、金融資産も膨れ上がりました。

金融以外の民間企業でも金融資産も19年9月末から87兆円増えて1226兆円。現金・預金は316兆円、証券は396兆円でした。

コロナ危機で低賃金の非正規労働者は困窮しているのに、高所得層や優良企業は焼け太りしました。これが、アベノミクスが広げた格差の現実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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