雲散霧消した30万人超のアフガン治安部隊

[ロンドン発]米英をアフガニスタン、イラクの泥沼戦争に引きずり込んだ2001年9月の米中枢同時テロから20年、アフガンの反政府勢力タリバンが首都カブールを無血で制圧しました。

アフガン駐留米軍が完全撤退する中、アシュラフ・ガニ大統領は出国し、アフガン政府は戦わずしてアッと言う間に瓦解しました。戦闘機など近代兵器を装備した30万人超のアフガン治安部隊は米軍の後ろ盾がなくなったとたん、雲散霧消してしまいました。

米大使館員のカブール脱出を伝える英無料紙メトロの1面
米大使館員のカブール脱出を伝える英無料紙メトロの1面

カブールの在アフガン・アメリカ大使館から大使館員が軍用ヘリで避難する光景は、同じようにアメリカがサイゴン(現ホーチミン市)から撤退した1975年のベトナム戦争を彷彿(ほうふつ)とさせました。

アントニー・ブリンケン米国務長官は15日、米メディアに「これはサイゴンではない。大統領が留まることを決断していたらタリバンとの戦争に引き戻されていた」「さらに1年、5年、10年と駐留を延ばすことは国益にはならなかった」と説明しました。

タリバンの報道官は「アフガンでの戦争は終わった。規則や体制の形態は間もなく明らかになるだろう。外交機関は標的にされない。市民に安全を提供する。アフガンの人々すべてと対話する準備ができている」と表明しました。

しかしタリバンの司令官にはマドラサ(イスラム宗教学校)出身者が多く、独自のシャリア(イスラム法)解釈に基づく支配や非人道的な処罰が復活するのではとの懸念が膨らんでいます。

パキスタンで女子教育の普及を訴え、タリバンに銃撃されたマララ・ユスフザイさん(24)はこうツイートしました。

「タリバンがアフガンを再び支配することに完全に打ちのめされている。女性、マイノリティー、人権擁護者を深く心配している。世界や地域の影響ある国々は即時停戦を要求するとともに、緊急の人道支援を提供して難民と民間人を保護しなければならない」

「米軍の撤退は90年代半ばへの逆戻りを意味する」

アフガン議会の女性議員ナヒード・ファリドさんは6月、英シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー」のオンラインイベントでこんな懸念を訴えていました。

「米軍の撤退とタリバンとの和平の結果は1990年代半ばへの逆戻りを意味する。人々の人権が侵害され、女性が自宅で幽閉され、国民や女性の、政治的運命を決定する自由意志が無視され、すべての人々の共存を促進するイスラムの現代的かつ進んだ信念と概念の表現が弾圧された場合、内戦になる恐れがある。そのコストはアフガンの人々、中でも女性が支払わされることになるだろう」

ユネスコ(国連教育科学文化機関)によると、昨年12月以降、アフガンで8人のジャーナリストが殺され、うち5人が女性でした。

6月3日夕には、アリアナ・ニュースTVのアンカー、ミナ・カイリさん(23)がカブールで車の下に仕掛けられた即席爆発装置(IED)によって殺害されました。他にミナさんの家族ら4人が死亡し、5人が重傷を負いました。米軍が撤退する中、女性ジャーナリストが標的にされることへの懸念が膨らんでいました。

世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2021」によると、アフガンは156カ国中156位と世界で最も女性の地位が低い国にランク付けされています。「経済」156位、「政治」111位、「教育」156位、「健康」149位。女性の社会進出が認められておらず、識字率の男女格差も大きく開き、151位になっています。

2004年に制定された新憲法で各州から少なくとも2人の女性議員を選出することになっており、国会における女性議員の割合は27%(64位)と日本の9.9%(140位)より多くなっています。しかしタリバンがシャリアに基づいて憲法を改正すると女性議員の数はゼロになってしまう恐れがあります。

やり切れないアフガン元従軍兵士

アフガンに米兵10万人以上が展開していた10~11年、アメリカの戦費は年1千億ドル(約11兆円)近くに達し、01年~19年の戦費は総額で7780億ドル(約85兆8千億円)。米国務省は復興プロジェクトに440億ドル(約4兆8500億円)を支出しました。

バイデン大統領は「私たちは20年間で1兆ドル(約110兆円)以上を費やした」と明らかにしています。

アフガンでは夥しい血が流されました。米兵2300人が犠牲になり、2万人以上が負傷。英兵の犠牲者は457人。米ブラウン大学の調査ではアフガン国軍と警察の損失は6万4千人を上回りました。

07年と10年の2度、アフガンに爆弾処理チームの一員として従軍し、両足を失ったイギリスのジャック・カミングズ氏は「あれは意味のあることだったのか。おそらくそうではない。私はこんな無意味なことのために両足を失ったのか。私の戦友は無駄死にしたのか。怒り、裏切られた思い、悲しさといった多くの感情が私の頭の中を駆け巡る」とツイートしました。

英兵士は何のために犠牲になったのかと怒りをぶつける英大衆紙デーリー・メールの1面
英兵士は何のために犠牲になったのかと怒りをぶつける英大衆紙デーリー・メールの1面

アフガンに3度も従軍したジョニー・マーサー英保守党下院議員はこうツイートしました。

「こんな日が来るとは思いもしなかった。イギリスの兵士はアメリカの星条旗のために命を投げ出したのではない。私たちはこの使命を選択し、年間400億ポンド(約6兆円)も使ったことへの責任がある。(撤退を決めた)アメリカだけを非難することはできない。これは政治的な決定だ。私たちは政治的にタリバンに降参することを選んだのだ」

イギリスでは17年以降、約250人の英兵士と退役軍人が自殺したと推定されています。アメリカでは05~18年に8万9100人の退役軍人が自殺しました。毎日約17人が自ら命を断ったことになります。

結局これだけの犠牲を払っても人口3800万人のイスラム国家に西洋式の自由と民主主義を育てることはできませんでした。20年の歳月を浪費したアフガンからの撤退は人道的介入を主導してきた米英の影響力低下を如実に表しています。

アフガンでの戦争を主導した米英は大量に発生するとみられる難民を受け入れる責任を負っています。

【年表】米軍のアフガン完全撤退

・20年2月29日、アメリカとタリバンがドーハで和平合意に署名。米軍は135日以内に駐留米軍を1万2千人規模から8600人規模に削減。タリバンが和平合意を履行すれば21年4月末までに完全撤退。タリバンはアフガンをテロの温床にしないと約束

・9月12日、アフガン政府とタリバンの恒久停戦に向けた初協議がカタールで始まる

・11月21日、マイク・ポンペオ米国務長官がカタールでタリバンの交渉団と会談、アフガン和平に向けて動く

・21年3月18日、モスクワでアフガン和平に関する会議が開かれ、アフガン政府とタリバン、米露、中国、パキスタンの代表が出席

・4月13日、米政府高官がアフガン駐留米軍の完全撤退を01年米中枢同時テロから20年の9月11日まで先送りすることを明らかにする

・4月14日、米軍を含む36カ国約9600人の部隊が5月1日までに協調してアフガン撤退を始めるとNATOが表明

・4月29日、アフガン駐留米軍が撤退開始

・7月8日、バイデン大統領がアフガン駐留米軍の撤退は8月31日に終了すると表明

・7月18日、アフガン政府とタリバンが恒久停戦に向けた協議を加速することで合意

・7月26日、国連アフガニスタン支援団(UNAMA)が、アフガン駐留米軍が4月下旬に撤退を始めた後の2カ月間で民間人2392人が戦闘などに巻き込まれて死傷したと報告

・7月28日、中国の王毅国務委員兼外相が天津でタリバン幹部と会談

・8月6日、タリバンが南西部ニムルズ州の州都ザランジを制圧。7日には北部ジョズジャン州の州都シェベルガンを制圧。UNAMAは南部ラシュカルガーやカンダハル、西部ヘラートの3都市だけで「7月に千人以上が死傷した」と公表

・8月8日、タリバンが北部の要衝クンドゥズとサリプル、タロカーンの北部3州都を制圧

・8月9日、タリバンが北部サマンガン州の州都アイバクを制圧

・8月10日、タリバンが西部ファラー州の州都ファラーと北部バグラン州の州都プリフムリを制圧

・8月12日、タリバンが東部ガズニ州の州都ガズニを制圧。全34州都のうち10州都を押さえる

・8月13日、英BBC放送はタリバンが国内第2の都市、南部カンダハルの制圧を表明したと報じる。タリバンは首都カブールに迫る勢い

・8月15日、タリバンが20年ぶりに無血でカブールを奪還。ガニ大統領は出国

(おわり)