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新疆ウイグル自治区のジェノサイド巡り欧米と中国の応酬激化 中国は制裁の「倍返し」動けぬ日本

木村正人在英国際ジャーナリスト
新疆ウイグル自治区の収容所とみられる施設。ロイター通信が独自取材した(写真:ロイター/アフロ)

新疆ウイグル自治区の公安トップに制裁

[ロンドン発]2022年2月の北京冬季五輪を前に、中国・新疆ウイグル自治区の少数民族に対するジェノサイド(民族浄化)を巡る欧米と中国の応酬が激しくなってきた。

今年夏に東京五輪・パラリンピックを控え、中国の協力が必要な日本政府は「新疆ウイグル自治区の人権状況に深刻な懸念」(加藤勝信官房長官)を表明するあいまいな態度に終始している。

22日、欧州連合(EU)は、新疆ウイグル自治区の深刻な人権侵害に関与したとして同自治区の公安トップ、陳明国氏ら4人と新疆生産建設兵団公安局に対してEUへの渡航禁止と資産凍結の制裁を発動した。中国への制裁は1989年の天安門事件に対する武器輸出禁止以来、初めてのことだ。

中国の国内総生産(GDP)は世界銀行によると、1989年当時3478億ドル(アメリカは5兆6420億ドル)。2018年には13兆6100億ドル(同20兆5400億ドル)まで実に39倍に膨らんだ。購買力で見た場合、米中経済はすでに逆転し、中国が世界最大となっている。

中国はシンクタンクや研究者も標的

こうした経済力、拡大した軍事力を背景に、中国外務省はEUに対して「中国の主権と利益を著しく害し、悪意を持って嘘と偽情報を広めた」として欧州議会議員ら10人と4団体に制裁を科した。

新疆ウイグル自治区の強制労働や強制避妊を追及してきた米「共産主義の犠牲者祈念財団」のアドリアン・ツェンツ上級研究員、EUと中国の投資協定に反対してきたラインハルト・ブティコファー欧州議会議員(ドイツ選出)、台湾友好グループ議長のミハエル・ガーラー欧州議会議員(同)、ドイツの中国研究シンクタンク、メルカトル中国研究センター (MERICS)も含まれている。

関係者とその家族は中国本土、香港、マカオへの立ち入りを禁じられ、関連企業や機関も中国との取引を制限される。中国の制裁はEUの制裁に比べ広範囲に及び、新疆ウイグル自治区の問題だけでなく、中国への内政干渉をすべて止めさせるという。

これとは別に新疆ウイグル自治区の住民や企業は3月上旬、ツェンツ氏を相手取り、根拠のないウワサ話で同自治区の評判を貶め、経済的損失を与えたとして地元の裁判所に訴えた。

被告は証拠を法廷に提出しなければならず、新疆ウイグル自治区の問題に対する西側諸国の制裁はウワサ話を前提にしていることを浮き彫りにする狙いがある。

ツェンツ氏はツイッターで「制裁対象にされた他の個人も新疆ウイグル自治区での中国の残虐行為について語るのを止めない限り訴えられる恐れがある」と指摘している。

中国共産党の海外向け機関紙「環球時報」英字版の社説は「制裁は象徴に過ぎないが、本質的には悪質で、EUの道徳的傲慢さと中国への内政干渉の意図を示している」と反発した。

中国製ワクチンを受け入れているハンガリーのシーヤールトー・ペーテル外務貿易相は「このように戦略的に重要な決定は、国際協力の重要性が非常に高まっている時、緊縮策の代わりに人命を救わなければならない時には無意味だ」とEUの対中制裁に否定的な見方を示した。

EUは中国と「包括的な戦略的パートナーシップ」に全力を注いできたが、2019年には、経済面での競争相手であるとともに政治面では「異なるガバナンスのモデルを促進している体系的なライバル」と位置づけている。

アメリカ、イギリス、カナダも制裁

米財務省も22日、前出の陳明国氏と新疆生産建設兵団の共産党委員会書記、王君正氏の2人の資産を凍結した。「新疆ウイグル自治区で残虐行為が起きる限り、少数民族に対する拘禁や拷問を含む中国政府の人権侵害に対する説明責任を促す」(アンドレア・ガッキ外国資産管理局長)という。

アントニー・ブリンケン米国務長官は「国際的に非難が広がる中で、中国は新疆ウイグル自治区でジェノサイドや人道に対する罪を続けている。我々は志を同じくするパートナーと協力してさらなる行動を起こす。中国の犯罪行為の即時停止と犠牲者の正義を守るため世界中の同盟国との協力を続ける」と強調した。

イギリスのドミニク・ラーブ外相は同日、下院で演説し「新疆ウイグル自治区のウイグル族やイスラム教徒の扱いは私たちの時代の最悪の人権危機の一つ」として新疆ウイグル自治区の幹部ら4人と新疆生産建設兵団公安局に英国内での資産の凍結やイギリスへの渡航禁止を科した。

ラーブ外相の糾弾は容赦なかった。「強制労働が広く行われ、女性は強制的に不妊手術を受けさせられ、子供は親から引き離された。少数民族全体にDNA収集、顔認識ソフトの使用、“予測的ポリシング(警察活動)”アルゴリズムが適用された。100万人以上が裁判なしに収容されている」

カナダ外務省も22日、新疆ウイグル自治区の公安当局幹部ら4人と1団体に資産凍結と渡航禁止の制裁を発動した。ジャスティン・トルドー首相は「これらの措置は、この地域で起こっている重大で体系的な権利侵害に対する私たちの重大な懸念を反映している」と述べた。

日本は中国から「アメリカの付属物」(環球時報)とみなされているが、東京五輪の開催を巡り、動くに動けない状況だ。

新疆ウイグル自治区での弾圧を巡る国際的な批判

今年に入ってから新疆ウイグル自治区での人権弾圧を巡る国際的な批判は一層強まっていた。

1月12日

ドミニク・ラーブ英外相は「新疆ウイグル自治区でウイグル族に行われている人権侵害の規模と深刻さの証拠は今や広範囲に及ぶ。これらの人権侵害は容認できないという明確なメッセージを送る」と宣言し、公的・民間部門が新疆ウイグル自治区での人権侵害に加担して不当な利益を得ないようにする措置を発表。

新疆ウイグル自治区での人権侵害の原因となる恐れのある製品について輸出規制を見直す。現代奴隷法に基づいて毎年、現代奴隷制声明を出すという法的義務を果たさなかった組織に罰金を科す。新疆ウイグル自治区に関係する企業が直面するリスクを明らかにする。サプライチェーンに人権侵害の十分な証拠がある場合にサプライヤーを除外する。

1月19日

トランプ米政権のマイク・ポンペオ国務長官(当時)が新疆ウイグル自治区で中国共産党がウイグル族とその他の少数民族に対してジェノサイドと人道に対する罪を犯していると認定し、「これらの行為は中国人民とすべての文明国に対する侮蔑だ。中国と中国共産党は責任を問われなければならない」と糾弾。

1月27日

バイデン新政権のアントニー・ブリンケン国務長官も認定を踏襲する考えを表明。

2月22日

カナダ下院は賛成226票、反対ゼロで「中国が新疆ウイグル自治区で行っているウイグル族や他の少数イスラム教徒への弾圧はジェノサイドだ」と宣言する拘束力のない動議を可決し、2022年2月の冬季五輪開催都市を北京から他の都市へ移すことを求めた。ジャスティン・トルドー首相や閣僚は中国に配慮して投票を棄権した。

2月24日

ボリス・ジョンソン英首相は新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧に関連して「英政府は通常、スポーツ大会をボイコットすることをよしとしない」と2022年の北京冬季五輪をボイコットすることを拒否。

英オリンピック委員会(BOA)も「冬季五輪のボイコットが正しい解決策であるとは思わない。一生かけて練習してきたアスリートは出場して競い合い、自国を代表できるはずだ」とジョンソン首相の主張を支持。

2月25日

オランダ議会は新疆ウイグル自治区のウイグル族弾圧を「大量虐殺」と呼ぶ拘束力のない動議を可決するも、中国政府の責任については直接言及せず。「出産防止措置」や「懲罰キャンプ」など中国政府の行動は1948年の国連総会決議による「ジェノサイド条約」に該当すると指摘した。

民主66のショート・ショーツマ下院議員は「100万人以上のウイグル族と他のイスラム教徒を収容しているとみられる強制収容所は宇宙から見ることができるほど大きい。第二次大戦以来、少数民族に対する最大の拘留だ。放置できない。目をそらすことはできない」と非難している。

3月11日

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が東京五輪と北京冬季五輪で必要な関係者にコロナワクチンの提供を中国から受けることで合意したと発表。

3月12日

北京冬季五輪に反対する国際人権団体のメンバーらがバッハ会長に「中国の圧政に目をつぶらず、五輪開催を考え直すべきだ」と呼び掛けるとともに、各国政府やスポンサー企業に参加をボイコットすることを訴える。

3月18~19日

米アラスカ州で開いた米中高官協議でブリンケン国務長官が「新疆ウイグル自治区や香港、台湾、アメリカに対するサイバー攻撃、アメリカの同盟国に対する経済的な脅しなど中国政府の行動に関する重大な懸念について我々は協議する」と言及する。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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