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コロナ1日最大の26万人感染「私たちは破壊点にいる」国連事務総長の社会主義宣言とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
国連のアントニオ・グテレス事務総長(写真:ロイター/アフロ)

「社会の脆弱な骨が折れた」

[ロンドン発]国連のアントニオ・グテレス事務総長は18日、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃に尽力したネルソン・マンデラ元大統領の生誕記念日に合わせてオンラインで講演し、こう述べました。

「新型コロナウイルスは私たちが築いてきた社会の脆弱な骨が折れたことを明らかにするX線に例えられます」「私たちは破壊点にいます。しかし私たちは歴史のどちら側にいるのかを知っています」

世界保健機関(WHO)によると、この日、1日では過去最高の26万人の新規感染者を記録しました。死者は7360人。アメリカ、新興国の南アフリカ、ブラジル、インドで増えているためです。

米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計では世界で約1425万人が感染し、死者は60万人を超えています。元ポルトガル首相で社会主義インターナショナル前議長のグテレス事務総長が今も根強く残る植民地主義と家父長制の打破を呼びかけた講演内容は衝撃的でした。

タイトルは「格差のパンデミックと闘う。新しい時代の新しい社会契約」です。

「パンデミックは私たちが数十年間にわたって無視してきたリスク、すなわち不十分な医療制度、社会保障の格差、構造化された不平等、環境の劣化、気候危機をもたらしました」

「私たちは第二次大戦以来、最も深刻な世界的不況に直面し、1870年以来最も広範な所得の崩壊に直面しています。さらに1億人も多くの人が極度の貧困に追い込まれる可能性があります。私たちは歴史的な割合の飢饉を見ることになる恐れがあります」

「誤謬と虚偽で満たされている」

「あらゆる場所は誤謬と虚偽で満たされています。自由市場が全ての人に医療を提供できるというウソ、 無給の介護はうまくいかないという虚構、私たちは人種差別が解消された後の世界に住んでいるという妄想、私たち全てが同じ船に乗っているという神話」

「私たち全員が同じ海に浮いている間、ある人は漂流物にしがみついているのに、一部の人はスーパーヨットに乗っていることは明らかです」

「世界の人口の70%以上が所得と富の格差増大に苦しめられています。世界のお金持ち26人が世界の人口の半分と同じぐらいの富を持っています。女性問題とジョージ・フロイド氏殺人事件後の2つの運動に見られる怒りの感情は現状への幻滅を反映しています」

「これらの運動は、私たちの世界における2つの歴史的な不平等の源泉である植民地主義と家父長制に向けられています」「北半球、具体的には私自身の欧州大陸は暴力と威圧によって何世紀にもわたって南半球の多くを植民地支配しました」

「植民地主義は、大西洋奴隷貿易や南アフリカのアパルトヘイト政権の悪を含め、国内外に大きな不平等を生み出しました」

「白人覇権は持続している」

「騙されないようにしましょう。 植民地主義のレガシー(遺産)はまだ残っています。 私たちはこれを、経済的・社会的不正、憎悪犯罪や外国人恐怖症の増加、 制度化された人種差別と白人覇権の持続の中に見出すことができます」

「これは世界的な貿易システムの中に見られます。 植民地化された経済は原材料とローテク製品の生産に閉じ込められる危険性が高くなります。これは植民地主義の新しい形態です。 世界的な力関係の中にも見られます」

「アフリカは二重の犠牲者です。第一に植民地主義のために、次にアフリカ諸国は第二次大戦後に設立された国際機関で過小評価されためです。70年前にトップになった国々は、国際機関の力関係を変えるために必要な改革を検討することを拒否しています」

「国連安全保障理事会とブレトンウッズ体制の理事会の構成と議決権はその好例です。不平等はトップ、すなわち国際機関から始まります。不平等への取り組みは国際機関を改革することから始めなければなりません」

「グローバリゼーションと技術の変化は確かに収入と繁栄において莫大な利益をもたらしています。10億人以上の人々が極度の貧困から脱出しました」

「しかし、貿易と技術の進歩の拡大は所得配分の前例のない変化の一因にもなっています。1980年から2016年の間に、世界で最も裕福な1%が所得の累積成長の27%を獲得しました」

「先進国では20 歳の50%以上が高等教育を受けており、途上国では3%です。さらに衝撃的なのは途上国で生まれた子供たちの約17%が20歳になる前にすでに亡くなっていることです」

「性差と人種差別をさらに定着させるアルゴリズム」

「男性が牛耳るテクノロジー業界は世界の専門知識と展望の半分を見逃しているだけではありません。性差と人種差別をさらに定着させる可能性のあるアルゴリズムを使用しています。昨年、先進国では約87%の人がインターネットを使用しましたが、途上国ではわずか19%です」

「グリーン経済は繁栄と雇用の新たな源となるでしょう。しかし一部の人々が特に脱工業化のラストベルトで職を失うことも忘れないでください。地球温暖化対策だけでなく、(何人にも公平で公正な)気候正義の実現も求めます」

「制度や指導者への信頼は低下している。投票者の投票率は1990年代初め以降、世界平均で10%低下しています。疎外されたと感じている人は自分の不幸を他人、特に見た目や行動が異なる人のせいにする主張に対して脆弱です」

「ポピュリズム、ナショナリズム、過激主義、人種差別、誰かをスケープゴートにするやり方は、コミュニティ内およびコミュニティ間、つまり国家間、民族間、宗教間に新しい格差と分裂を生み出すだけです」

ネオリベラリズムへの反動

「世界の変化には、ユニバーサルな医療サービスやベーシックインカムの可能性など、新しいセーフティーネットを備えた社会保障政策が必要です」

「最低限の社会保障を確立し、教育、医療、インターネットアクセスなどの公共サービスへの慢性的な過小投資を逆転させることが不可欠です。しかしそれだけでは固着した格差は解消できません」

「私たちは、社会的規範によって強化された性差、人種、民族における歴史的な格差を是正するための積極的行動プログラムと的を絞った政策が必要です」

グテレス事務総長の演説に共感を覚える日本人の方もきっと少なくないと思いますが、米英のアングロサクソン連合が推進したネオリベラリズム(新自由主義)への風当たりが世界的に厳しくなってきたことを痛感します。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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