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香港の一国二制度、保証人は中曽根康弘首相だった?「民主主義の父」李柱銘氏が明かす

木村正人在英国際ジャーナリスト
香港への支配を強める中国の習近平国家主席(右)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会が20日、「香港国家安全維持法案」の概要を公表しました。香港の民主化と分離・独立運動を封じ込めるのが狙いです。

新型コロナウイルス・パンデミックやアメリカの警官による黒人暴行死事件に関心が集まる中、中国共産党は香港の内堀を埋め、返還後50年の2047年まで守ると約束していた「一国二制度」「高度な自治」を事実上、終わらせようとしています。

香港国家安全維持法案の骨子は次の通りです。

・国家分裂罪、国家政権転覆罪、テロ活動罪、外国勢力と結託して国家安全を害する罪を規定

・中国政府は香港に「国家安全維持公署」を新設

・香港行政長官が裁判官を選び、国家安全に関わる犯罪を審理させる

・香港政府が「国家安全維持委員会」を設立

旧宗主国イギリスの統治時代から香港立法会(議会)議員として活躍し、香港の「民主主義の父」として知られるマーティン・リー(李柱銘)民主党初代党首にインタビューしました。

木村:香港国家安全維持法案の概要が発表されました。内容をどう見ておられますか。

李柱銘氏:詳細はまだ明らかにされていません。しかし多かれ少なかれ、彼らが欲していることは分かります。一般的なコメントになりますが、彼らは一方的に1984年の英中共同宣言に盛り込まれた香港に関するトウ小平氏の基本政策を書き換えようとしているのは明白です。

基本政策とは一国二制度、港人治港(香港市民が香港を統治する)、高度な自治などを指します。6年前に中国の習近平国家主席は「香港における『一国二制度』の実践」白書を発表し、香港の一国二制度は中国共産党によって包括的に支配されるとうたいました。

李柱銘氏(本人提供)
李柱銘氏(本人提供)

木村:いつ中国共産党は香港国家安全維持法を施行しようとしているのでしょう。

李柱銘氏:毎年、香港特別行政区成立記念日の7月1日に大きな抗議活動が行われます。その日に向けて全てを完了させたいと考えていると理解しています。

香港基本法によると、香港の法律を撤廃したり修正したりできる権限を有するのは香港立法会だけです。全人代やその常務委員会ではありません。

木村:中国と欧州委員会(EU)は22日にテレビ会議でサミットを開催する予定です。EUに対して何か望むことはありますか。

李柱銘氏:全てEU次第です。中国はトウ小平氏の政策や英中共同宣言、香港基本法から逸脱しようとしています。英中共同宣言はイギリスと中国の間で合意されたものです。返還50年間は、一国二制度や高度な自治、生活様式を維持する(50年不変)という内容です。まだ23年しか経っていません。

木村:日本の安倍晋三首相に求めることはありますか。

李柱銘氏:他の政府にああしてほしい、こうしてほしいというようなことは言いません。私は香港で何が起きているのかを繰り返し、繰り返し伝えます。一国二制度や高度な自治を50年間守るというのはイギリスとの合意にとどまらず、国際社会との約束なのです。

1984年12月の英中共同宣言に関する英政府の機密文書が30年後の2014年に公開されています。トウ氏は当時、マーガレット・サッチャー英首相との会談で「日本の友人たち」、明らかに当時の首相(筆者注:中曽根康弘)か外相(安倍晋太郎、安倍首相の父)の質問について言及しています。トウ氏は次のように語っています。

「日本人の友人に中国はどうして1997年以降に50年という期間を設けたのか尋ねられた。その理由は、中国はその間に先進国の経済レベルに近づくことを望んでいるからだ。もし中国が自らの発展を求めるのなら50年の全期間、外の世界に門戸を広げなければならない」

「香港の安定と繁栄の維持は、経済の近代化という中国の利益と一致している。英中合意による50年という期間は中国の近代化の必要性に照らして設定された。21世紀の最初の50年は台湾の安定も求められる。中国は台湾と戦争になることを望んでいない」と。

英政府の外交文書(李柱銘氏提供)
英政府の外交文書(李柱銘氏提供)

木村:香港の若者の一部は中国からの独立を求めているのでしょうか。

李柱銘氏:多くの若者や学生は中国からの独立は成功しないことを理解しています。1997年の返還後、誰も香港の独立について口にしたことはありませんでした。英国旗ユニオンジャックや米国旗の星条旗が行進の時に打ち振られるのを見たことはつい最近までありませんでした。

どうして民主化が実現されないのか。どうしてこんなに遅れるのか。香港大学の学生が大学の週刊誌に民主主義は香港にとって良いことだという記事を書いたら、梁振英行政長官(当時)が「香港の独立について議論している」とクレームをつけたのです。

私は独立ではなく、英中共同宣言にうたわれた一国二制度を支持しています。しかし独立について議論するのは私たちの権利です。表現の自由です。しかし組織化して政府に対し暴力を行使すれば、今でも犯罪を構成します。だから国家安全維持法のようなものは必要ないのです。

木村:アメリカでは警官による黒人暴行死事件に端を発した抗議運動が広がっています。

李柱銘氏:香港との大きな違いは、米大統領は有権者によって選ばれているということです。有権者は選挙を通じて大統領を権力の座から追い落とすことができます。中国の指導者は選挙で選ばれるわけではありません。香港政府も普通選挙で選ばれるわけではありません。

アメリカの有権者は次に何をするか決められます。一方、習氏は香港に対し欲することは何でもできるのです。今、彼が求めているのは英中共同宣言を破ることです。香港基本法では違憲にもかかわらず、私たちは刑務所に送られるかもしれない。これは明らかに国際条約違反です。

アメリカではデモ参加者と警官が抱き合う光景が見られますが、香港では警官は誰一人として市民と握手しようとしません。街頭のデモ参加者と警官が肩を寄せ合うようなことはありません。アメリカでは法を犯した警官は罰せられますが、香港で警官が罰せられることはありません。

木村:香港の一国二制度は生き残りますか。

李柱銘氏:彼らの言い分では生き残ります。習氏の言う一国二制度は単に香港は資本主義、中国本土は社会主義のままということです。私は習氏が香港に社会主義を導入するとは思いません。彼らは香港のおカネ、香港ドルを必要としています。

高度な自治は認めず、あらゆる意味で私たちを支配しようとしているのです。

木村:でも、そんなことをしたら香港からヒトもカネも逃げ出してしまいます。どうして習氏はそんなに急いでいるのでしょう。

李柱銘氏:率直に言って分かりません。習氏は少し神経質になっているのかもしれません。中国を統治する能力に十分な自信がない可能性もあります。彼は中国全土でいかなるトラブルが存在することも望んでいません。中国は結束を強める国際的な包囲網に取り囲まれています。

いくつかの国は初期に新型コロナウイルスの流行を隠蔽しようとしたことについて中国に賠償を求めつつあります。そして中国自身、著しい景気後退に対処しなければなりません。中国は少なくとも6%の経済成長を必要としています。今年は成長をほとんど期待できません。

習氏は香港でトラブルが起きることを望んでいません。または9月の香港立法会選挙で負けることを恐れているのかもしれません。もし民主派が勝てば、香港国家安全維持法だけでなく、引き続き香港立法会の頭越しに北京が香港の法律を制定する恐れがあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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