奴隷制と植民地支配を断罪し始めた反黒人差別運動 現在の価値観で歴史を裁くのは正しいことか

反黒人差別運動の標的にされたチャーチル英首相の銅像(写真:ロイター/アフロ)

英中央銀行まで謝罪した

[ロンドン発]アメリカで相次いだ白人警察官による黒人暴行死事件を発端に世界中に広がった抗議運動「Black Lives Matter(黒人の命が大切なのだ)」が、奴隷貿易と植民地支配で巨万の富を築いた“大英帝国”の歴史を糾弾し始めました。

奴隷貿易に関わった英王室や植民地の奴隷制を復活しようとしたフランスの英雄ナポレオンの過去が裁かれないか、他人事ながら心配です。

アメリカにおける白人至上主義の台頭や黒人への警察の対応は常軌を逸しています。そうしたことには断固として反対するものの、「Black Lives Matter」の行方が筆者には気掛かりです。

英中央銀行・イングランド銀行は18~19世紀にかけ総裁や理事27人が奴隷を所有していたか、奴隷貿易に関わっていたことを「謝罪」し、全ての肖像画や像を取り外すと約束しました。

しかし謝れば許してくれるほど世間は甘くはありません。「謝罪」は常に「補償」を伴います。イングランド銀行は何らかの法的補償をするつもりで謝ったのでしょうか。

イギリスでは1833年に奴隷制が廃止された時、奴隷所有者の経済的な損失を補償するため、永久債を発行して財源を確保しました。償却が終わったのは2015年のことです。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのイギリス奴隷所有者データベースには奴隷制廃止に伴って総額2000万ポンド(現在の貨幣価値だと170億ポンド=約2兆2400億円)の補償を申請した4万7000人と18世紀以降、奴隷制に関わった1万3000人の身元が記録されています。

チャーチルも人種差別主義者

イングランド銀行はこの時、補償を受けた総裁や理事の代理人として行動したとみられています。イングランド国教会の聖職者約100人の名前も含まれています。イギリスの4大銀行や保険会社は歴史をさかのぼれば、奴隷貿易や奴隷制とは無縁ではありません。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)、ロイズ・バンキング・グループ、バークレイズはアフリカ系やエスニック・マイノリティーの従業員やコミュニティーへの貢献を増やすことを約束しました。

イギリスの「Black Lives Matter」運動では、奴隷貿易で財を築き、学校や病院、教会に寄付したイギリス商人エドワード・コルストン(1636~1721年)の銅像がデモ参加者によって引き倒され、ブリストル港に放り込まれました。

1680年、織物と羊毛の貿易商だったコルストンは西アフリカの奴隷貿易を独占していたロイヤル・アフリカン会社(RAC)に加わり、金を貸して大儲けしました。RACは国王チャールズ2世の弟(後のジェームズ2世)によって率いられていました。

第二次世界大戦を勝利に導いた英首相ウィンストン・チャーチルの像も「人種差別主義者」と落書きされ、第一次大戦の犠牲者を追悼した記念碑セノタフに掲げられた英国旗ユニオンジャックがデモ参加者によって燃やされそうになりました。

引きずり下ろされる「アフリカのナポレオン」

英オックスフォード大学オリオル・カレッジは、南アフリカのダイヤモンド採掘で富を得て現地の首相となり、占領地に自分の名を冠し、「アフリカのナポレオン」と呼ばれたセシル・ローズ(1853~1902年)の彫像を取り除くことを決定しました。

しかし同大学のクリストファー・パッテン名誉総長は英BBC放送のラジオ番組で「セシル・ローズ信託で年20人の学生がアフリカからオックスフォード大学にやって来ているのに、ローズの彫像だけをテムズ川に放り込めと言うのは偽善だ」という見解を示しました。

イギリスの「Black Lives Matter」運動が記念像の撤去や通りの改名などを求めている歴史上の主な人物は次の通りです。

チャールズ2世(1630~1685年)イングランド・スコットランド王

ジェームズ2世(1633~1701年)イングランド・スコットランド・アイルランド王

ネルソン提督(1758~1805年)トラファルガー海戦を勝利に導いた英海軍史上もっとも賞賛される提督

ロバート・ピール首相(1788~1850年)自由貿易を推進

ロバート・ベーデン=パウエル(1857~1941年)スカウト運動の創立者

「申し訳ない」は謝罪なのか

イギリスは1807年に世界に先駆けて奴隷貿易廃止法を制定し、200周年の2007年には当時のトニー・ブレア首相は英アフリカ系コミュニティー週刊紙への寄稿で「奴隷貿易で1200万人が運ばれ、約300万人が死亡した」と指摘しました。

「奴隷貿易がいかに恥ずかしい(profoundly shameful)ことか、その存在を非難し、廃止のため闘った人々を称賛するとともに、それが起きたことに深い悲しみ(our deep sorrow)を表明する」とし、南北格差と貧困と闘う誓いを新たにしました。

記者会見では「申し訳ない(sorry)」という言葉を使いました。

歴史には光と影があります。奴隷貿易や植民地支配という「負」の歴史に向き合うのは大変な困難を伴います。在英特命全権公使として日英戦後和解に深く関わった沼田貞昭・元カナダ大使は「渥美奨学生の集い」講演録の中でこう振り返っています。

「(1991年5月に)海部俊樹総理はシンガポールで演説をされましたが、過去の問題について『多くのアジア・太平洋地域の人々に、耐えがたい苦しみと悲しみをもたらした我が国の行為を厳しく反省する』と言われました」

「反省という言葉は、訳すのが難しい。私は英訳について相談を受けたので、sincere contrition という言葉を選びました。この言葉は、ある程度、懺悔するような感じが入るということです」

「(戦後50年の)村山談話の主なポイントは

『植民地支配と侵略(its colonial rule and aggression)』

『多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた(tremendous damage and suffering to the people of many countries, particularly to those of Asian nations)』

『それに対して痛切な反省の意と心からのお詫びの気持ちを表明する(express my feelings of deep remorse and state my heartfelt apology)』

がキーワードです」

安倍晋三首相の個人的な歴史観は別にして、日本政府は過去の植民地支配と侵略を公式に謝罪しています。

過去も歴史も変えられない

筆者は、日本で台湾の従軍慰安婦を研究している留学生から「日本人の学生が従軍慰安婦は韓国だけの問題で、台湾にはいないと思っている。台湾は観光旅行に行って楽しいところという認識なのには本当に驚かされました」と聞かされ、悲しくなりました。

インターネット全盛の時代だからこそ、従軍慰安婦という「負」の歴史も教科書でしっかり教えるべきだと筆者は考えます。何も教えられていない無邪気な世代がインターネットで歪められた歴史に洗脳され、軽々と頭を下げたり、逆にいきり立ったりすることほど危険なことはありません。

イラク系イギリス人の女性記者は2018年8月、イスラム系メディア、アルジャジーラに「イギリスは学校で植民地支配の歴史を教える時が来た。イギリスで育った私は大英帝国がイラクの祖先に行った多くの犯罪について何も知らなかった」という記事を書いています。

この女性記者は「イギリスのカリキュラムは、ナチスドイツなど他国の加害行為、ペスト流行やロンドン大火など自国の歴史は詳細に教えるが、ボーア戦争中の強制収容所、1950年代のケニア人虐殺などイギリスの植民地支配の残虐行為は何も教えていない」と指摘しています。

筆者は白人至上主義にも、警察の黒人に対する非人道的な対応にも断固として反対します。しかし「Black Lives Matter」が植民地支配という歴史を断罪する口実として使われ、中国による香港国家安全法導入問題の隠れ蓑に利用されることを懸念します。

アメリカの黒人差別問題はアメリカ独立戦争、太平洋戦争、ベトナム戦争でも利用されてきた歴史があります。

変えられぬ「過去」より「現在」が大切なのは言うまでもありません。歴史もまた現在の価値観に基づき削除したり書き換えたりするものではなく、多角的にしっかり学んで、公正でより住みやすい社会を築いていく礎にすべきだと筆者は考えます。

(おわり)