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「東京の感染者は8万人」抗体検査から推計 日本をコロナから守ったのはSARS-X?

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスの抗体検査キット(写真:ロイター/アフロ)

東京の抗体検査、陽性率は0.6%

[ロンドン発]東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦名誉教授(がん・代謝プロジェクトリーダー)らのチームが5月1、2の両日、都内の一般医療機関で無作為に新型コロナウイルスの抗体検査を実施した結果、10~90代の500検体のうち3例が陽性(0.6%)でした。

児玉氏によると、行った抗体検査は再現性も安定性も高く、鼻風邪コロナ4種には反応しないそうです。陽性例は20代、30代、50代のいずれも男性でした。

一方、加藤勝信厚生労働相も、4月に都内と東北6県で採血された献血の中から無作為に抽出した各500検体のうち東京で3件(0.6%)、東北で2件(0.4%)の陽性反応が出たと発表したばかりです。

政府は6月をメドに1万件規模で抗体検査を実施する計画です。これまで国内で最も感染者が多い東京都で感染がどれぐらい広がっているのかはっきりしませんでした。

児玉氏は「一般医療機関と非常に健康な人が行う献血の双方から0.6%という同じ結果が出た。0.6%という数字は一般的な東京都の罹患(りかん)率として信頼性が高いと考えられる」と強調しました。

東京都の人口1398万人の0.6%に相当する約8万人が感染しているということが一つの目安になるとの見方を児玉氏は示しました。東京都の感染者は5070人なので約16倍です。

集団免疫閾値60%との大きな違い

新型コロナウイルスの「基本再生産数(患者1人から二次感染する人数)」を2.5人で試算した場合、流行が終息する集団免疫閾値は60%と考えられています。

しかし日本で最も感染が広がった東京都でさえ、罹患率は0.6%、100倍もの差が出た理由は何でしょう。

児玉氏は記者会見で、今回の抗体検査とは別に東京大学先端科学技術研究センターがん・代謝プロジェクトとして次のような見方を示しました。児玉氏はB型肝炎の予防プロジェクトに参加したことがあるそうです。

「B型肝炎では抗体のうち、まずIgM(病原体に感染したとき最初につくられる抗体、ピンク色の点線)型が出てきて次にIgG(IgMがつくられた後に本格的につくられる。ピンク色の実線)型が出て回復に向かう」

児玉名誉教授のスライドより、以下同
児玉名誉教授のスライドより、以下同

「その後、中和抗体(紺色の実線)が出てくると二度とかからないという免疫ができる」

「劇症肝炎はウイルスが増えることではなく、ウイルスに対する免疫反応が過剰に起こってしまうことで起こる(サイトカインストーム)」と児玉氏は話しました。

抗体の出方が違う

「新型コロナウイルスについて精密に計測すると、IgM(ピンク色の点線)の反応が遅くて弱いという日本人における傾向が出てきた。これまでは先程のB型肝炎のように 先にIgMが出てきて次にIgG(ピンク色の実線)が出てくるというストーリーを説明してきた」

同

「実際に新型コロナウイルスに対する反応を見ますと、IgGが先に反応が起きてIgMの反応が弱いということが分かってきた」

「臨床機関で検討され、これから発表される結果を見てみると、重症例でIgM(赤い点線)の立ち上がりが早い。細い線で書かれている軽症例やその他の例ではIgMの反応が遅い。重症化している例ではIgMの反応が普通に起こる」

同

SARS-X流行の仮説

「軽くて済んでいるという人は、すでにさまざまなコロナウイルスの亜型にかかっている。そういう方が東アジアに多いのではないか。特に沿海側に流行っている可能性があるのではないか」

「そういう人たちの場合、IgMの反応がなくて、IgGの反応が出てくる。新型コロナウイルスも配列がどんどん進化している。2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の抗体が新型コロナウイルスにも反応することが知られている」

「SARSの流行以来、実際にはさまざまなコロナウイルス(SARS-X)が東アジアに流行していた可能性があるのではないか」

「その結果として、欧米に比べて東アジアの感染が最初にIgGが出てくるような免疫を持っていた可能性があるのではないかということも考えられる」

「ただこれは学問的な仮説なので今後、新型コロナウイルスの反応を見ながら学問的な研究が進められる」と児玉氏は締めくくりました。

新型コロナが日本で流行らない5つの仮説

米エール大学の岩崎明子教授は「なぜ日本の新型コロナウイルスの症例はこんなに少ないのか」と題した論文で5つの仮説を挙げています。

(1)もともと社会的に距離を置く日本文化。マスクの着用。

(2)日本では毒性の強い新型コロナウイルスが流行する前に集団免疫を付与する穏やかなタイプの新型コロナウイルスにさらされた可能性。エビデンスはない。

筆者注:京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らの研究グループが唱えている。

(3)気道における新型コロナウイルスのレセプターであるACE2の発現が日本人はいくらか少ない可能性。

(4)日本人は新型コロナウイルスに対する免疫耐性を与える明確なHLA(ヒトの組織適合性抗原)を持っている。

(5)BCG接種が免疫を訓練・強化している。

岩崎教授はスーパースプレッダーによるクラスター(患者集団)の発生を抑え込んだのが大きいと指摘しています。

これまでの予備検討ではわが国の新型コロナウイルスの感染者では、早期のIgM上昇が見られない患者が多く、一方IgGは感染2週目にはほぼ全員が上昇を示していたそうです。

今後、抗体の大量測定によって診断と重症度判定、さらにSARS-Xの静かなる流行で日本人は新型コロナウイルスに対する免疫を前もって身につけていたかどうか研究が進められる予定です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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