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ダイヤモンド・プリンセス米乗客「我々は日本のモルモット」危ぶまれる東京五輪 ロンドンが代替開催名乗り

木村正人在英国際ジャーナリスト
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」からバスで下船する英国人乗客ら(写真:ロイター/アフロ)

市長候補「ロンドンは2020年五輪代替開催の用意はある」

[ロンドン発]安倍政権が横浜で検疫を実施したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で乗員乗客3711人のうち691人が新型コロナウイルスに集団感染(うち3人死亡)した問題で英保守党のショーン・ベイリー・ロンドン市長候補の五輪代替開催ツイートが波紋を広げています。

ロンドン市長選は今年5月に投票が行われます。若者と犯罪対策の首相特別アドバイザーだったベイリー候補は世論調査会社ユーガブ(YouGov)の調査で労働党現職のサディク・カーン市長に22%ポイントも引き離されています。

ベイリー候補は起死回生を狙って19日に「ロンドンは2020年五輪を(代替)開催できる。われわれにはインフラと経験がある。新型コロナウイルスの流行で世界はロンドンの準備を必要とするかもしれない。市長として五輪を再び開催する準備があることを確認するつもりだ」とツイート。

新型コロナウイルスの流行で3月1日に予定される東京マラソンは一般ランナーの参加を取りやめ、F1の中国グランプリは4月開催が延期されました。中国を中心にアジアで開催されるスポーツイベントは大きな影響を受けています。

カーン市長の報道官も英メディアのシティーA.M.に「全ての人が東京五輪を成功させるため働いている。起こりそうもないことだが、もし求められればロンドンは(代替開催に向けて)全力を尽くす」とコメントしています。

これに対して東京都の小池百合子知事は21日の定例記者会見で「コロナウイルスが世界的に話題になっている中、ロンドン市長選の争点にするような発言は適切ではない。以前訪問した際にカーン市長と東京大会に向けた協力関係の強化で合意している」と不快感をあらわにしました。

「ダイヤモンド・プリンセス」米国人乗客の18人が感染

「ダイヤモンド・プリンセス」は英国船籍です。安倍政権は日本人乗客が1285人で高齢者も多いことから2月3日から検疫法に基づき検疫を実施しました。

しかし「海に浮かぶ培養皿」と呼ばれるクルーズ船で不適切な検疫を行った結果、検疫官をはじめ厚生労働省や内閣官房の職員、患者を搬送した横浜市消防局の救急隊員も感染。検疫実施後も船内で感染が広がっていたことが疑われています。

米疾病対策センター(CDC)によると「ダイヤモンド・プリンセス」からチャーター機で米国に退避させた米国人329人について「感染リスクは高い」と判断し14日間の隔離を新たに実施。うち18人の感染が確認され、CDCは「さらなる感染者が確認されるだろう」と指摘しています。

さらに日本を出発する直前に検査で陽性反応を示していた10人(実際は14人だったが、4人ついてはすでにアメリカ側でも感染を確認)についても確定を急いでいます。

「土砂降りの中におばあちゃんを引きずり出せない」

CDCによると、アメリカで確認された感染者はこれまでのところ渡航関連が12人、人から人への感染が2人、エピセンター(感染源)の中国湖北省武漢市からの退避者3人、「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客18人となっています。

NHKの報道によると「日本政府が当初、アメリカ人乗客の早期下船と帰国を提案したのに対し、アメリカ政府はCDCなどと議論した結果“乗客を移動させれば、感染リスクが高まる。船は衛生管理がきちんと行われており、船内にとどめてほしい”と要請していた」ということです。

一方、米紙ワシントン・ポストなどは、当初「感染者は搭乗させない」と言っていたアメリカ政府は「症状は出ていない。機内で区分できる」とCDCの反対を押し切って出発直前に感染が確認された乗客をチャーター機に搭乗させたと報じています。

米政府高官は匿名を条件に同紙に「率直に言って土砂降りの雨の中におばあちゃんを引きずり出すことはできなかった。そんなことをすればひどいことになっていた」と複雑な心境を吐露しています。CDCは報道発表の資料からCDCの名前を外すよう要求しました。

感染者をチャーター機に搭乗させたことは、事前に知らされていなかったドナルド・トランプ米大統領を激怒させたそうです。

米紙ニューヨーク・タイムズは検証記事を掲載、安倍政権の対応について「日本政府の遅れと無理で不適切な隔離がダイヤモンド・プリンセスを浮かぶ疫学的大災害に変えた」と厳しく批判しています。

同紙は「われわれは培養皿の中にいた。これは実験だ。私たちは彼ら(日本政府)のモルモットにされた」という米国人乗客の声を伝えています。

英国人夫妻を感動させた日本の思いやり

イギリスでも「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客78人のうち30人以上がチャーター機で退避。うち4人の感染が確認されました。イギリスでもアメリカと同じように14日間の隔離を行います。

海外は日本の検疫は検疫の体をなしていないと判断したわけです。しかし安倍政権は検疫はきちんと機能したという立場を貫き、検査で陰性になった乗客を下船させ、公共交通機関を使って帰宅させました。

「ダイヤモンド・プリンセス」乗客には届かなかった差し入れの崎陽軒シウマイ弁当4000食の写真を撮影してフェイスブックにアップして日本でも一躍有名になった英国人乗客デービッド・アベルさん夫妻は英政府に乗客を船から退避させるよう発信し続けました。

乗客は最終的に下船し、母国に退避することができましたが、アベルさん夫妻は最初、検疫官や医師に英語が全く通じず「陽性」「陰性」で二転三転。3人目の医師がしっかりとした英語を話せて感染が分かり、病院の空きが出るまでホステルで待機させられました。

アベルさんは20日フェイスブックで「数時間前に素敵な病院に到着しました。病院の外で私は少し恐ろしくなり、失神しかけました。すべての毛穴が開き、車椅子で病室に移動しました。2人とも肺炎は発症していませんが、新型コロナウイルスに感染しました」と報告。

「私たち2人は最高の場所にいます! 病院のスタッフは自分たちが何をしているかを知っています。私たちを世話してくれている2人の看護師は素晴らしい。妻のサリーも医師のことが好きです。私たちから連絡がないことを心配しないでください」

国立感染症研究所「いつ感染したか、判断は難しい」

頂けないのは一部日本メディアが安倍政権の意向を忖度(そんたく)してか、岩田健太郎神戸大学教授が「悲惨な状態で心の底から恐いと思った」と検疫の不備を内部告発したことに問題があるかのような印象操作を行っているように感じられたことです。

国立感染症研究所も内部告発の翌19日、「検疫が開始される前に新型コロナウイルスの実質的な伝播が起こっていたことが分かる。確定患者数が減少傾向にあることは、検疫による介入が乗客間の伝播を減らすのに有効であったことを示唆している」という見解を発表しました。

「検疫期間中乗員は乗客ほど完全に隔離はされていなかった」とし「客室内での二次感染例であった可能性はあるが、検疫が始まる前に感染した可能性も否定できず、実際にいつ感染したか、判断は難しい」と暫定的に結論づけています。

しかし検疫官や厚生労働省や内閣官房の職員、横浜市消防局の救急隊員も感染していた事実をどう説明するのでしょう。筆者は国立感染症研究所も安倍政権や厚生労働省の意向には逆らえないのかと邪推してしまいました。

英国の悲観シナリオを当てはめると日本では76万人が死亡

世界の感染症を分析している英インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターによると、新型コロナウイルスは患者1人から2.6人に感染、致死率の推定値は約1%とみられています。感染対策を施さなければ罹患率は60~80%に達する恐れがあります。

同大学のニール・ファーガソン教授は「新型コロナウイルスは20世紀の主要なインフルエンザのパンデミック(世界的な大流行)に匹敵する恐れがある。イギリス全土に広がれば40万人が死亡する恐れがあるというのは決して馬鹿げた数字ではない」と警鐘を鳴らしています。

致死率を1%と見積もっても6644万人(イギリスの人口)×60%(罹患率)×1%(致死率)=39万8640人。世界全体では約4659万人という計算になります。これが「及ばざるより過ぎたると糾弾される方がずっと好ましい」というファーガソン教授の描く悲観シナリオです。

ファーガソン教授の数式を日本に当てはめると、1億2680万人(日本の人口)×60%(罹患率)×1%(致死率)=76万人が新型コロナウイルス肺炎で死んでしまう恐れがあります。

ワクチンが幅広く使えるようになるまで、咳エチケットや症状のある人のマスク着用・手洗い・うがい・アルコール消毒のほか、検疫・隔離・学校閉鎖・集会の禁止など公衆衛生的介入で感染を減らし、必要な患者に対する医療システムへのアクセスを確保しなければなりません。

風邪の症状が出た人が病院や診療所に殺到すると医療システムがパンクする恐れがあります。人工知能(AI)を使って電話やスマートフォンのアプリを通じた自動診断や遠隔診療をフル活用し、スマホの衛星測位システム(GPS)を使うことも検討すべきでしょう。

日本にも岩田教授のように泥をかぶる人が求められています。国の安全保障を根幹政策に掲げてきた安倍晋三首相には政権が倒れても国民の健康と安全を絶対に守るという覚悟が必要です。そのためには客観的な情報やデータの開示がスタートラインになります。

戦争以外で五輪が中止された例はまだない

日本には日中戦争の泥沼化で1940年の東京五輪を返上した苦い記憶があります。国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)は今のところ「五輪の開催中止は検討されていない」「東京五輪・パラリンピックは順調に進んでいる」と述べています。

2016年リオ五輪・パラリンピックもジカウイルス感染症(ジカ熱)の流行で危機にさらされましたが、問題なく開催されました。2010年バンクーバー冬季五輪も新型インフルエンザが世界的に流行する中、開催されました。

東京で確認された新型コロナウイルスの症例は東京五輪計画の一環として設定された監視システムによって検出されたそうです。新型コロナウイルスの致死率は重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)に比べるとそれほど高くありません。

東京五輪開催に向けた対策は十分に可能です。ワクチンや治療法を開発するための国際協力は欠かせませんが、イギリスから見た新型コロナウイルス対策を筆者なりに考えてみました。

【筆者が考えた対策】

・専門家会議を新型コロナウイルス感染症対策の最高意思決的機関に位置づけ、実質的な権限を与える

・専門家会議の中にイギリスの首席医務官(CMO)に匹敵するポストを設け、政治や官僚に振り回されない科学主導の公衆衛生対策を進める。英語で正確に世界に向けて情報発信できる医師をCMOに選ぶ

・トランスパレンシーを確保(全ての情報を迅速に公開)して情報隠しを追放する

・悲観シナリオに基づき、どんな対策を講じれば死者をどれだけ減らせるかシミュレーションを構築し、国民への周知徹底を図る

・肺炎による死者が新型コロナウイルスに感染していないか検査してきちんとカウントして公開する

・イギリスのNHS(国民医療サービス)がグーグルのディープマインド・ヘルス(医療部門)と共同開発したスマホアプリ「ストリームズ」や、医療サービスを提供するスマホアプリ「バビロン・ヘルス」を参考に新型コロナウイルスの医療アクセスを確保するアプリを開発する

・風邪を引いたと思ったら必ず自宅で療養し、経過を観る。病院や診療所には行かない。症状が進行したら電話相談することを徹底する

・テクノロジー企業と協力して流言飛語を広めるインフォデミック対策を進める

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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