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「競争が厳しい分、希望もデカイ」テクノロジーで人間の心を豊かにする異色のクリエーター、吉本英樹さん

木村正人在英国際ジャーナリスト
吉本英樹さん(撮影:Brendan Bell氏」

[ロンドン発]エルメスのインスタレーションとして2万個以上の太陽電池で覆われた「青い地球」を出現させ、この秋発売されるグローブ・トロッターのコレクション「AERO(エアロ)」でデザイン・エンジニアリング・ディレクターとして宇宙旅行を表現した吉本英樹さん(34)。

東京大学で航空宇宙工学を学び、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で博士号を取得。インタラクション・デザイン、制御工学、ロボティクスからアートまで境界のない表現活動を展開する異色のクリエーターがロンドン・デザイン・フェスティバルで初の個展を開きました。世界の注目を集める「Tangent」の吉本さんのこれからをおうかがいしました。

Tangentの個展(撮影:Brendan Bell氏)
Tangentの個展(撮影:Brendan Bell氏)

――東京でもパリでもニューヨークでもなく、ロンドンで非常にユニークな創作活動をされている意味はどういうところにあるんでしょう

吉本氏「半分以上は自分の個人的な経緯で学生としてロンドンにやって来て、そこでいろんな人と、自分をサポートしてくれる人とも出会いました。そのロンドンという場所がすごく心地良いということが一番大きな理由です」

「僕らの仕事はマスを相手にしたビジネスじゃなくて、英国よりもフランスとかドバイとかロシアとか米国とかそういうところのお客さんのほうが多いぐらいなので今、パリに引っ越してもビジネスは存続できると思うんですよね」

「その反面、ロンドンでやってきてすごく思うことは、ここは人が集まる町ですよね。ドバイの人と話しても米国のクライアントと話していても今度、ロンドンに行くからそのときに会いましょうとなる。僕のために来るわけじゃないけれど、ある程度以上の力を持っている人たちは年2回とかロンドンにやって来る感じです」

「そういうことはすごく感じるんですよね。みんなロンドンに来る。それが東京にいたらそういうふうにはいかないだろうし、そこはすごく面白いし、自分がやっていく上で助かる部分ですよね」

「自分が一緒に作業するメンバーという意味でもやっぱりRCAという学校の助けもありますけれど、すごく多国籍なメンバーが本当に苦労せずに自然と集まってくるので、僕らの考え方も多様化する。そういうのが僕らの売りになってきているので良いなと思っているんです」

――吉本さんは東京大学の大学院で航空宇宙工学科を修了されてロンドンのRCAに来られて博士課程をされたわけですけれども、日本だと研究職になる人は別にして大学が就職予備校化しているような感じもするんです。ロンドンの大学と日本の大学のイメージはどういうふうに違うんでしょう

「僕は英国の美大に行ったわけじゃないですか。日本では東大だから、その日本と英国という違いに加えて総合大学と美大という違いも大きく関わってくるので単純に比較はできないんです。少なくとも僕が行ったロイヤル・カレッジ・オブ・アートというところはみんな独立精神というか起業マインドが恐ろしいほど強いですね」

「30人ぐらいの同級生が、僕はドクターでしたけれどマスター含めて同じ学科に入ってきた30人のうち多分、半分以上は起業しているんじゃないですかね。デザインの業界という意味で言うと、こっちの方がすごく働き方は多様化していると思うんですよね」

「単純にデザインとかアイデア自体を職能にするということが、ヨーロッパの方が歴史的にも進んでいると思うので。こっちの方がフリーランスで働く選択肢も普通にあるし、大きい会社じゃなくても小さい会社でもすごく上手くやっている会社が山ほどあります」

「デザインと一言で言ってもプロダクトからサービスまで、いろんなデザインが定義されていて、こっちだといろんな選択肢がありますよね。だから就職予備校みたいなのはないですよね」

「そのいろんな選択肢があって、就職するのも良し、あるいは普通にフリーランスということも大いに選択肢にはあって、英国では起業するのも簡単じゃないですか。オンラインでクリックしたらもう会社はできるじゃないですか」

「そういうキャリアの幅がすごく広いので、むしろみんなあまり行き先を閉じずにやっているんだと思うんです。日本はもう少し固定化されているイメージがありますよね。選択肢が狭いとか、あまり逸脱したら、もうそこには闇が広がっていてどこに行くか分からないとか」

「そういうイメージがあるからみんな安全な方に、安全な方に行きたがるからやっぱり道はどんどん狭くなって固定化されていってレールは2つになって1つになって。そうするともうみんなが1つのところに向かって競争するから就職予備校になるみたいな感じなのかなと想像では思うんです」

作品からは幻想的な温もりが伝わってくる(撮影:Lexus)
作品からは幻想的な温もりが伝わってくる(撮影:Lexus)

――30代前半の吉本さんみたいなクリエーターのお仕事をする場合、だんだんステップアップしていけるエコシステムはロンドンと日本でどう違うんでしょう

「これは僕ら世代のクリエーティブ業界というのはやっぱり難しい業界だと思うんですよね、食っていくのが。例えば日本だと電通があるとか、こっちでもそういう大きなエージェンシーとかもちろんあるし、そういうところに就職をしてインハウスのデザイナーとしてやっていくなりということはもちろんあるんでしょうけれど、それも別にそんなに大きく席があるわけではありません」

「もっとクリエーティブな人たちは目立ちたがりというか、やっぱり自分が出ていきたい人が多いですけれど。スターデザイナーみたいに階段を駆け上ってバーンと世の中で有名になって自分のしたい仕事を好きなようにできる人はもう本当に数が限られていますよね」

「スポーツ選手なのか芸能人なのか歌手なのか分からないですけれど、アーティストと同じようなものだと思うんですよね。そこは非常に狭き門で、エコシステムという意味で言うと案外、日本の方が非常に閉じている分、あるのかもしれませんね」

「こっちの方がオープンでみんなその分、競争があって競争が多様化していて、別に英国の中で競争しているわけじゃないですから。ヨーロッパとかロシアなり中国なり米国なりとかで全部ごちゃ混ぜの中で競争していて、その中で勝っていかないとやっぱり勝ったことにならない」

「でも日本は閉じているから日本で勝てば勝ったことになるじゃないですか。だから絶対こっちの方が厳しいと思うし、厳しいけれど、こっちで勝った方がメリットは圧倒的に大きいからみんなやっぱりこっちで頑張っています」

「こっちの方がもっとオープンでもっと厳しくてもっと不安定だし不安だけれど、でも希望もこっちの方が抜群に大きいですよね。そういうふうに思います」

――間近に欧州連合(EU)離脱、しかも「合意なき離脱」が10月31日に起きるかも分からないということなんですけれども、吉本さんの進路に与える影響はどういうふうに見ておられるんでしょうか

「直接的にその日、来年とか仕事に大きくダメージを受けることは想定していないですよね。僕らは価格で売っているわけではないし、原材料費は多少、上がったりするのかもしれないですけれど、だからと言って大打撃を受けるようなビジネスでもないですし」

「仕事はやっぱり僕に、僕の名前で僕の顔で来るので、それを英国がEUを出たから英樹に頼まないでおこうということはないじゃないですか。そういう意味で言うとそこも別に心配するようなことではないんです」

「でも、この多国籍であること、いろんな国から人がここに集まってきて流れているということがやっぱりロンドンの魅力だと思うので、そこに影響を与えるようなことになって、もっとロンドン自体、英国自体が雰囲気として閉じたような感じになるんだったら、今、思っている魅力が少し減少するかもしれないですよね」

――高校時代、吉本さんはトランペッターを目指しておられて、それでお父さんに反対されて東京大学の宇宙工学科に進まれました。トランペッターの世界も大変でしょうけれども、それと同じほど厳しい世界に飛び込まれています。それはやっぱり美しさへのこだわりなんでしょうか

「美しさへのこだわりというよりは、自己顕示欲の塊みたいな感じに思うかもしれないですけれど、自分だからできることみたいなことはすごく意識するんです。自分にしかできないこととか。その人にしかできないものがあって、そういう生き方に憧れるんですよね」

「この世に生を受けたからにはみたいな。そうじゃない生き方でハッピーに過ごされている方もすごくたくさんいると思うんですけれど、僕はやっぱり自分の名前が出て、みんながファンになってくれて、僕の名前でその仕事をできるようなことにすごく憧れる」

「それは多分、昔から憧れていて、それがトランペッター吉本英樹になりたかったのが今はデザイン・エンジニアみたいな形になってきていますけれど、そういうことはあるかもしれませんね」

――今、すごく技術が進んでいるじゃないですか。それを吉本さんの感性でデザイン化していくというようなイメージを持っておられると思うんですけれど、実際どういうような形になるのでしょう

「いろんな大学でも企業でも研究所みたいなところだったりとか、その技術開発部門だったりとか工場でもいいかもしれないですけれど、本当にいろんな技術が開発されていると思うんですよね。その多くはあまり人目に触れずに、特に何になるでもなく消えて行ったりしているうちに、米国とかからまた新しいものが出てくる」

「そういうものをもっと世に生かすための一つの方法として技術を磨くのもそうですけれど、その技術の見せ方をもっと工夫するとかプレゼンテーションをもっとインパクトのあるものにするとか、それをやってきているのがデザイナーだと思うんです」

「自分の強みとして例えば技術系の論文でも読めるし技術系の特許の文章だって読めるし、そういうものを読んで理解した上でそれを作っている技術者の人とその話ができる」

「やっぱり人間、一緒に働くとき一番大事なのは人と人のコミュニケーション。何々の大企業とコラボレーションしましたといっても結局やっているのはあの人とあの人の顔が見える、その人間対人間のコミュニケーションです」

「その技術を日々、何年も何十年も研究所にいてやっている人たちと僕が話をした時に、こっちもちゃんと論文を読んで、関連する研究の論文も読んで、その技術と他の類似技術の何が違って、この人たちはどこを工夫してどれだけの労力をかけてこれをここまでやったかということがきちんと分かっていればそういう話ができるわけじゃないですか」

「その共感できるというか、共感してその技術者の人と同じ目線でそのすごさが分かれば、やっぱり一緒にやった時に見えるものは違ってくると思うんですよね」

「その上で僕らがデザイナーのマインド設定でこの技術に対してこういうプロトタイプを作ったらいいんじゃないかとか、こういうコンセプトでモデルを作ったらいいんじゃないかと表現する」

「今は全然商品化とか事業化していないけれど、その技術の素晴らしさがもっと世の中でも、あるいは社内ででもいいかもしれないですけれど社長、役員に信じてもらえるようになる」

「そうするとその技術を次のステップに持っていける。そういうことがあると思うんですよ。可能性はすごくある。そういうことにすごく興味があって、かつ僕のチームは多国籍で米国人がいて英国人がいてみたいな、しかもみんなロンドンでやっていて、彼らの意見が入るとまたそこに新しい発想が生まれてくる」

「日本でその研究所内だけで凝り固まってプレゼンしているのとは全く違う発想が出てきて、そうしたら全然、違うシナリオが芽生えるかもしれないじゃないですか。そういうお手伝いはできると思うんですよね。だからそれは僕にとってもメリットがすごくあります」

エルメスのインスタレーションで創作した青い地球(撮影:Mark Cocksedge氏)
エルメスのインスタレーションで創作した青い地球(撮影:Mark Cocksedge氏)

――今年ニール・アームストロング船長が月面着陸して50年です。テクノロジーが人間の限界を超える手助けをしてくれて夢と勇気を与えてくれました。それが今、人工知能(AI)がどんどん自分たちの仕事を奪っていくというようなディストピアのイメージが強くなっていますね

「あらゆることで飽和状態になっているような感じもするじゃないですか。もしかしたら50年前は50年前でもう技術が飽和状態だとみんなが思っていたかもしれないです。だから常々そういうものなのかもしれないけれど、でもインターネットにしたって何にしたって今は十分満足している」

「技術というのは当然、進化する方向にしか向かっていかないわけじゃないですか。この技術的進化を止めることはできない。需要がないところにでも何とか需要を掘り起こして作り出して人間は技術を進化させていくんだと思うんです」

「結局、技術というのはその定義が難しいですけれど、人間の生活を少し便利にするとか効率を上げるとか、何かがもう少し安全になるとか簡単になるとか、何かそういうメリットをもたらすものを言っていると思います」

「50年前とか100年前とか200年前とかだったら技術といってもそれはICT(情報通信技術)のことじゃなくて、溶接技術のことを指していた時代もあっただろうし、内燃機関の技術を指していたこともあって、いつの時代も技術というもののイメージとか対象は変わり続けていると思うんです」

「僕らの時代の技術というのはIT系の技術だったり電子工学の技術だったりすると思うんです。そういうものの技術が盛り上がっている時代に今はいるから、使わない手はないと思っています」

「だけれど、その技術を何のために使うかというと99.9パーセントの人がその技術を何らか世界の効率を上げるために使うわけですよね。もう上げるものがなくなったら効率を上げなくていいものまで効率を上げてしまう」

「だからツーマッチ(too much)に思うかもしれないし、そこで相手のことを考えていない技術競争みたいな、その効率を上げるための競争、技術のための競争みたいなものが蔓延している」

「けれども、その競争を止めることができないし効率化を止めることはできないから、ディストピアに思えることが出てきているのかなと思います」

「僕はその競争に参加しないで、夢を与えるものを作れればいいなと思っています。必ずしも技術が人間の生活を便利にして、木の温もりが人間の生活を快適にするみたいな『ブレードランナー』の世界と自然の温もりある世界に分断しているわけじゃあありません」

「だから、こういう技術的なものを使って人間の心を豊かにするようなことがあってもいいなと思います」

吉本英樹(よしもと・ひでき)

デザイン・エンジニア。1985年生まれ。和歌山県出身。智弁学園和歌山高校卒、東京大学工学部航空宇宙工学科、修士課程修了、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程修了。デザイン工学博士。2015年デザイン・エンジニアリング・スタジオ「Tangent」設立。日本人工知能学会全国大会優秀賞、Milano Design Award、Lexus Design Awardなど受賞多数。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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