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暴走する香港デモで中国記者縛りリンチ「黙っていない」と駐英中国大使 隣接の中国深センに治安部隊が集結

木村正人在英国際ジャーナリスト
抗議グループに縛られる環球時報の記者(写真:ロイター/アフロ)

「中国政府は香港の境界沿いに部隊を動かした」

[ロンドン発]中国本土に容疑者を引き渡せるようになる「逃亡犯条例」改正案に反対する香港の抗議デモと警官隊の衝突が激化し、中国の深セン湾を挟み香港の真向かいの競技場に治安部隊が配備されるなど緊張が高まっています。

中国による露骨な脅しなのか、中国治安部隊が「一国二制度」が保障されてきた香港に介入し、1989年の天安門事件のような流血の惨事になるのでしょうか。

米宇宙技術会社Maxarの衛星写真は競技場、深セン湾スポーツセンターに100台以上の武装車両が止められているのを鮮明にとらえています。

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中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は12日、武装車両の動画付きで「大規模演習を控え、中国人民武装警察部隊は香港沿いの深センに集結している」とツイートしています。

米国務省報道官は「香港境界沿いでの中国治安部隊の動きを伝えた報道に米国は重大に関心を持っている。米国は中国に対し香港に高度な自治を認める約束を守るよう強く促す」と話しました。

膨大な貿易赤字を解消するため中国に貿易戦争を仕掛けるドナルド・トランプ米大統領は「米国の情報機関によると、中国政府は香港の境界沿いに部隊を動かした。皆が平穏で安全であるべきだ」とツイートしています。

空港は2日間にわたってマヒ、リンチされた中国記者

ドミニク・ラーブ外相は9日、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港特別行政区行政長官に電話をかけ、1997年の香港返還から50年間は「一国二制度」を維持すると約束した中英共同宣言で認められた香港の高度な自治を支持すると伝えました。

その一方でどちらのサイドかを問わず暴力を非難しながらも平和的に抗議する権利を強調し、香港の何十万人もの市民がこの権利に基づき意思を表明していると指摘。「暴力によって大多数の合法的な行動が妨げられるべきでない」と求めました。

香港国際空港は12、13日、抗議のデモ隊に占拠され、マヒしました。現場では少なくとも80人が負傷するなど暴力がエスカレートしています。

独立系メディア、香港フリー・プレスによると、13日深夜、「報道」と書かれた黄色ベストを着用した中国本土の男性ジャーナリストが抗議グループに縛られ、暴行を加えられる事件が起きました。

男性ジャーナリストは英語で旅行者だと答え、逃走しようとしました。男性ジャーナリストは抗議グループによって荷物手押し車に結束バンドで両手を縛り付けられ、ひどい暴行を加えられます。

カバンの中から「警察大好き」と書かれたTシャツと環球時報の名刺が出てきました。抗議デモに参加する市民を攻撃したグループのTシャツと良く似ていたそうです。

「中国は黙っていない」

これに対し、環球時報の胡錫進編集長は「環球時報ウェブサイトの記者が香港国際空港で抗議グループによって拘束された。動画の中で縛られているのは彼だ。彼の使命は報道に限られている。すぐに解放しろ。西側記者に支援を求める」とツイート。

その後、記者は警察によって救出され、病院に搬送されました。胡編集長は「この場を借りてジャーナリストに対するすべての暴力を非難する。香港にいるすべての記者は注意して下さい」と呼びかけました。

「表現の自由」が認められていない中国の共産党系メディアが「報道の自由」を主張するのは完全なダブルスタンダード。しかし暴力は許されることではありません。抗議グループが環球時報の記者に加えた行為は公開リンチそのもので厳しく処罰されるべきです。

警察がゴム弾を抗議グループに向かって発射しているため負傷者が続出。抗議グループを襲撃する「謎の白服の集団」や潜入者の扇動もあって疑心暗鬼が膨らんでいます。

こうした中、劉暁明・駐英中国大使は15日、ロンドンで記者会見を開き、「警察への攻撃、旅行者への攻撃、ジャーナリストへの攻撃にテロ行為の兆候が現れている。過激主義がエスカレートすればテロ行為になる」と厳しく指摘しました。

「香港の警察や政府が秩序立って事態を収拾できると信じている。しかし状況がコントロール不能に陥れば、中国は座視していない。今この時も最悪の事態に完全に備えている」と警告しました。

英国の政治家やメディアに対して「香港に内政干渉するな。西側メディアの報道は偏向している。火に油を注いで状況を悪化させている」「民主活動家を装った過激派が香港を危険な道に引きずり込んでいる」と非難しました。

そして「中国は基本的な法律の範囲内で、いかなる不安も速やかに鎮める十分な解決策も、十分な力も持っている」「われわれはこの抗議活動が秩序に基づいて終わることを望んでいる」と付け加えました。

「逃亡犯条例が改正されたら、死刑宣告を受けたのも同じ」

抗議デモの引き金は、中国本土やマカオ、台湾と犯罪人引き渡し協定を結んでいない香港政府が今年2月、引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を立法会(議会)に提出したことです。

昨年、香港の男性が妊娠中の彼女を台湾で殺害したにもかかわらず、香港から台湾に身柄を引き渡すことができなかったことが改正の直接の理由でした。

香港の民主派やビジネス界は「中国共産党に批判的な市民活動家の弾圧に悪用される。高度な自治の崩壊や人権侵害につながる」「香港の法の支配が損なわれる。国際市場としての評価が低下する」と拒絶反応を起こしました。

香港で拉致され中国本土で8カ月、拘束されていた「銅鑼湾書店」の林栄基店長は精神的な拷問を受け、自白する姿が20回以上にわたってテレビ放映されました。裁判は全く開かれず、取調官は林店長に「もし私たちが犯罪に関与していると言ったら、お前は犯罪者なのだ」と言い放ったそうです。

人権サイト「香港ウォッチ」のベネディクト・ロジャーズ氏に対し、林店長はこう語りました。

「逃亡犯条例が改正されたら、死刑宣告を受けたのも同じだ。これまでなら中国当局は私のような批判者を違法に拉致しなければならなかったが、この条例が成立すれば合法的に拉致できる」

「これは何も香港の人だけに限らない。外国の批判者が香港で航空便を乗り継ぐ際、人権問題についてソーシャルメディアで批判しただけで拘束される恐れがある。もはや外国人も安全は保障されない」

「一国二制度」は守れるか

香港政府が「逃亡犯条例」改正案を白紙撤回しても事態の収集を図るのは難しいかもしれません。問題は中国の香港統治のあり方にまで拡大しているからです。

30年前の天安門事件と同じような中国当局による実力行使があるかと言えば、可能性はかなり低いと思います。そんなことをすれば西側に経済制裁の口実を与え、貿易戦争で中国をねじ伏せたいトランプ大統領の思う壺だからです。

中国も香港政府も「一国二制度」の原点に立ち戻るしか解決の道はなさそうです。しかし劉大使の記者会見を見る限り、一歩も引く気配は感じられません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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