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「捕鯨」と「国のかたち」と「ブレグジット(英国のEU離脱)」主権主義という隠れ蓑

木村正人在英国際ジャーナリスト
ホンダの工場閉鎖の撤回を求める従業員ら(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]日本が欧米諸国の批判にもかかわらず捕鯨にこだわるように、英国は欧州連合(EU)からの離脱にこだわっています。この問題は「国のかたち」と深くかかわっています。

鯨肉の消費量が下がり、経済的には全く見合わなくなった商業捕鯨の再開に日本がこだわるのは、わが国の伝統と文化だからです。環境保護と両立するかたちで捕鯨の道を探るのは決して間違っていません。

しかし日本が満州事変をきっかけに常任理事国だった国際連盟から脱退したあと世界的に孤立したように、日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退すると捕鯨に関する国際的な影響力低下は避けられません。

英国も欧州連合(EU)から離脱すると、経済的にも大きなダメージを受け、欧州政治や国際社会での存在感を失います。しかし、それでも英国がEUからの離脱にこだわる理由は何なのでしょう。

(1)主権

まず主権の問題があると思います。自分のことは自分で決める国家の自然権のようなものです。英国にはエリザベス女王がいて、成文憲法がなく、議会に万能に近い権限が与えられています。

EUに入っていると加盟28カ国が決めたルールに従わなければいけないので、議会の万能性が損なわれます。EUはそれぞれの加盟国が主権の一部を移譲することによって成り立っているからです。

これが気に入らなければ、EUから出ていくしかありません。欧州の中でこの主権にこだわるのは英国とスイスでしょう。両国は「国のかたち」が形成されてからの歴史が他の欧州の国々に比べて長いのです。

(2)ヒトの自由移動

EU域内ではヒト(労働者)の自由移動が認められています。

英国はパスポートなしで国境を自由に行き来できるシェンゲン協定には入っていませんが、2004年のEU拡大後、積極的に東欧・バルト三国からの移民を受け入れてきました。

EU28カ国の総人口は5億1260万人。英国の人口は6604万人。ヒトの自由移動が100%実現した場合、単純計算すると、英国の人口における英国人の割合は12.9%になってしまいます。

単一通貨ユーロ圏の債務危機で英国への移民流入が急激に増え、15年の欧州難民危機で100万人以上の難民がEU域内に流入したことが「ヒトの自由移動」のもたらす近未来を英国民に突き付けてしまいました。

「一つの欧州」になるつもりもないのに、EUから経済的な恩恵だけを享受しようという英国の身勝手は他のEU加盟国からは受け入れられませんでした。

(3)EU内での主導権争い

債務危機でユーロ防衛の先頭に立ったドイツのアンゲラ・メルケル首相の存在感が増したのに対し、ユーロ批判に終始した英国はEUの爪弾き者になってしまいました。

11年12月、債務危機を乗り越えるため、EU首脳会議は政府間協定により財政協定を締結。「全会一致」を盾に拒否権を発動しようとした英国は完全に外されてしまいました。

英国は欧州の主導権争いで完全にドイツに負けてしまったのです。「ルール・メーカー(ルールを作る側)」から「ルール・テイカー(ルールを受け入れる側)」に転落することを恐れた英国はEU離脱を決意します。

しかしEUの中で爪弾きにされた国が国際社会の中で主導権を発揮できるというのは甘い考えです。

(4)領土保全の破綻

今回のEU離脱交渉を通じて明らかになったのは、英国は自らの国境管理についてもEUの同意がなければ思うようにならないという現実です。

英国とEU間の唯一の陸続きの国境である北アイルランドとアイルランド間について、北アイルランド紛争の悪夢を蘇らせないよう「目に見える国境」を復活させないことで英・EU双方が合意しました。

これで逆に北アイルランドと英国本土の間に「目に見えない国境」が新しくできてしまう恐れが出て来てしまったのです。これに反対して「合意なき離脱」を唱える最強硬派が保守党を中心に160人にのぼっています。

英国が北アイルランドを保全するため「合意なき離脱」に突き進めば、北アイルランドのカトリック系が英国からの分離とアイルランドへの統合を問う住民投票を実施する恐れが膨らみます。

スコットランド独立の動きも再燃する可能性が強まるでしょう。

(5)英国らしさ

自分の視点で英国らしさを挙げると――。

・ロイヤルファミリー

・オペラを見るような政治劇

・原則、税金でまかなわれる国民医療サービス(NHS)

・国際金融センター

・グローバルなネットワーク

・高度サービス産業

・オックスフォード大学やケンブリッジ大学に代表される高等教育と研究・開発力

・スパイ

・ウィンブルドン

・サッカーのイングランド・プレミアリーグ

・いぶし銀のような映画産業

・リオ五輪の金メダル獲得数で中国を上回ったことが証明するマネジメント力

大半の英国らしさはEUに残留することによって輝きこそすれ、失われることはありません。しかし、EU離脱によっていま断然、面白さを増して来たのが英国の政治劇です。

(6)「合意なき離脱」

英国のEU離脱の新たな期限は4月12日に設定されました。

英国が

・現在の英・EU離脱協定書を承認

・関税同盟残留案に転換

・離脱手続きを撤回

・長期延期して5月の欧州議会選に参加

のいずれかを選ばない限り、「合意なき離脱」になってしまいます。

フランスは「合意なき離脱」を主張する最強硬派に振り回される英国をすでに見捨てています。

エマニュエル・マクロン大統領の発言からは、英国がこれまでEU内で担ってきた役割をすべて奪い取り、フランス経済の浮揚につなげようという思惑がありありとうかがえます。

英国が「合意なき離脱」を選択するのではなく、EUが英国からのマイナスの影響を断ち切るため「合意なき離脱」を突きつける可能性が高まっているのが現状です。

(7)主権主義という隠れ蓑

EUが世界経済に占める割合は現在の28カ国で見ると、1980年には世界の3割を占めていましたが、その半分近くまで縮んでしまいました。英国の離脱後はさらに縮小してしまいます。

EUの中の英国ではなく、今後100年のことを考えると「グローバル・ブリテン」を目指そうという方向性は理解できます。EU内の競争から逃れて英国内の格差を和らげようという考えもあるでしょう。

しかし「合意なき離脱」を主張している保守党の政治家を見ると「グローバル・ブリテン」とは程遠い人たちです。

米国と「特別な関係」を築いて第二次大戦と冷戦に勝利した過去の栄光にすがる人たちです。「保守党を守るのが何より大切だ」という政治家に引きずられて「合意なき離脱」に突き進んだら英国はおしまいです。

46年間続いた欧州との関係に後ろ足で砂をかけて出ていくような国を誰が相手にするでしょう。EUから離脱したからと言ってすべての問題が解決するわけではありません。未来を切り開く意思の力が必要です。

英国が「合意なき離脱」以外の道を選ぶことを切に願っています。

「EUから離脱して英国の主権を取り戻そう」と唱えることは一見、正論のように見えて過去の栄光にすがっているだけです。主権主義はその隠れ蓑に過ぎないのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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