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テレ朝批判の江川紹子さん ユリ・ゲラーの超能力でEU離脱を止めてもらうしかないのが英国の現実だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
テレパシーで英のEU離脱阻止を宣言したユリ・ゲラーさん (2018年8月)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]ジャーナリストの江川紹子さんが25日、ツイッターで、スプーン曲げで知られる自称・超能力者ユリ・ゲラーさん(72)が超能力を使って英国の欧州連合(EU)離脱を阻止すると宣言していることを報じたテレビ朝日系報道番組「報道ステーション」に苦言を呈しています。

「英国のEU離脱問題で、ユリ・ゲラーを持ち出す報道ステーションは、報道番組と名乗るのはやめるべし。テレ朝は、ワイドショーでオウムに好き放題喋らせる最悪の事態を招き、看板の朝生でもオウムを招いてその宣伝番組を行い、若い人を入信させる手伝いをしてしまったことを反省してないらしい」

「地下鉄サリン事件から24年、死刑囚が執行されて最初の3月20日を報じて、わずか5日後に、このザマである。あの教祖に騙され、巻き込まれ、罪を犯して命を失った人たちが、なぜあんな行為に至って、多くの犠牲を出すに至ったのかなど、なんも考えていないのだろう」

「これは、イデオロギーとか、現政権に対する賛否とかではなく、まともなメディアであろうとするのかどうか、という基本的な姿勢の問題。」

エマニュエル・マクロン仏大統領の強硬論で一気に「合意なき離脱」に突き進んでもおかしくなかった21、22日のEU首脳会議をブリュッセルで取材し、23日にはロンドン市中に繰り出したEU離脱反対の100万人行進に参加した筆者は日曜日の24日昼前、著名週刊誌の電話取材を受けました。

日本でも1970年代以降、超能力によるスプーン曲げを披露して一躍、有名になったユリ・ゲラーさんがテリーザ・メイ英首相に毎日午前11時11分と午後11時11分にテレパシーを送って、EU離脱を止めさせると発言していることを英国メディアや英国民がどう受け止めているかという質問でした。

さすがに天下の英BBC放送はこのニュースを取り上げなかったものの、強硬離脱派の英保守系高級紙デーリー・テレグラフ、EU残留派のガーディアン紙がユリ・ゲラーさんの肩書を「イルージョニスト(大仕掛けな奇術師)」「TVパーソナリティー」として一斉に報じています。

ユリ・ゲラーさんの超能力に最後ののぞみをつなぐ人も出てきました。

ジョージ・オズボーン前財務相が編集長を務める夕刊紙イブニング・スタンダードもユリ・ゲラーさんの話を真剣に取り上げています。かつてメイ首相の選挙区に住み、面識もあるユリ・ゲラーさんはメディアに対して次のように語っています。

「私は預言者でも、奇跡を起こす人でも、尊師でもありません。しかし私は自分のテレパシーを信じています。私たちはメイ首相の心に届くことができると信じています」

「私と一緒にメイ首相の顔に心を集中させましょう。私は自分の心のパワーに集中します。みんなで彼女が(EU離脱を撤回させる)2度目の国民投票に向かうよう指示しましょう」

週刊誌の記者の質問に答えているうち、笑いがこみ上げてくるのを止められなくなりました。ユリ・ゲラーさんを真面目に取り上げる週刊誌がおかしいからではなく、ユリ・ゲラーさんの話を取り上げざるを得ない英国のオカルト的政治状況の恐怖から逃れるために笑わざるを得ない自分がそこにいました。

在英30年を超えた「英国ニュースの生き字引」、妻で相棒の史さんが横にやってきて、ユリ・ゲラーさんが曲げたスプーンを持った若かりし頃の写真を見せてくれました。ユリ・ゲラーさんの豪邸にもいったことがある史さんの目の前で彼は実際にスプーンを曲げてくれたそうです。

「えっ、本当?」と唖然としてしまいました。経験主義の行動派、史さんはやはりすごい人だと改めて感心しながら、週刊誌からの電話を代わってもらいました。ジャーナリストは自分で確かめるまで「ウソ」と決めてかかってはいけません。

それにユリ・ゲラーさんとオウム真理教は全然、違います。ユリ・ゲラーさんは人畜無害で、エンターテイナーです。彼が主張していることも英国の有権者から見ると至極まっとうな意見です。テレビには報道、教育、エンターテイメントの要素が求められています。

筆者は、英国とEUの問題を世界金融危機が始まる直前の2007年7月から取材してきました。

与党・保守党の強硬離脱派について「ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪軍団」のような人たちと説明してきましたが、「合意なき離脱」を唱える保守党の強硬離脱派と北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)はもはやオカルトを通り越してホラーの世界です。

保守党を守るためなら「合意なき離脱」を選択して、英国を崩壊させても構わないと考える政治家がこんなに多い現実を突き付けられて驚愕します。

党利党略、派利派略とはまさにこのことです。保守党と労働党を対立軸にしてきた英国の政党政治はもう終わりに近づいています。

英国の中央銀行、イングランド銀行が昨年11月に発表したシナリオによると、移行期間なしの「合意なき離脱」なら英国経済は次のような打撃を受けます。

・英国通貨ポンドが25%下落

・住宅価格が30%下落

・商業不動産は48%下落

・国内総生産(GDP)が8%縮小

・失業率は7.5%に上昇

先のEU首脳会議でメイ首相からの説明を聞いたマクロン大統領が英下院で離脱合意が承認される可能性を10%から5%にダウングレード。EUのトゥスク大統領は「それでも楽観的」と苦笑いしたそうです。

市民生活を大混乱に陥れる「合意なき離脱」リスクはほとんどゼロに下がっていましたが、ここに来て50%に引き上げるアナリストもいるほどです。江川さん、英国は今、本当にユリ・ゲラーさんの超能力に頼むしかない危機的な状態に追い込まれているのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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