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ネットフリックス論争「ROMA」アカデミー3賞で再燃 締め出し唱えるスピルバーグ監督は時代遅れ?

木村正人在英国際ジャーナリスト
アカデミー賞からネットフリックスの締め出しを提唱するスピルバーグ監督(写真:Shutterstock/アフロ)

カンヌ国際映画祭はネットフリックス追放

[ロンドン発]「未知との遭遇」や「E.T.」といった大ヒット作を次々と生み出し、「シンドラーのリスト」や「プライベート・ライアン」でアカデミー作品賞、監督賞に輝いたシネマの巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が「ネットフリックス(Netflix)をアカデミー賞から締め出せ」という持論を改めて主張し、波紋を広げています。

今年のアカデミー賞は動画配信サービス、ネットフリックス作品が15ものノミネーションを受け、メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン氏の半自伝的な物語「ROMA/ローマ」が監督賞など3賞に輝きました。まさにネットフリックス旋風が吹き抜けました。

しかし「ROMA」が作品賞を逃したことについて、選考に当たる映画芸術科学アカデミー内で、映画館で上映される作品への配慮が働いて「グリーンブック」になったのではないかという憶測も流れています。

昨年、カンヌ国際映画祭がノミネートはフランス国内の映画館で上映された作品に限るという方針を打ち出したのを受け、ネットフリックスは不参加を決めました。フランスの国内法では映画館で上映されて3年が経たないと動画配信サービスで流すことはできないと定められているそうです。

「映画館は永遠だ」

カンヌ国際映画祭は映画産業を保護するためネットフリックスを締め出したのです。映画芸術科学アカデミーに同様の対応を求めたスピルバーグ監督は映画サイト、インディワイヤーにこう発言しています。

「私たち全員が映画制作者として最大の貢献は観客に映画館でしかできない体験を与えることだと信じ続けることを望んでいます。私は映画館が永遠に必要だということを信じて疑いません」

「私はテレビを愛しています。今日書かれている多くの脚本、最高の監督もテレビ向けです。家で視聴しても音響は映画館に引けを取りません。しかし暗くて大きな映画館に行くような体験は得られません。これは私たち全員が信じている価値です」

スピルバーグ監督は映画芸術科学アカデミーの理事会で、動画配信サービス向けに作られた作品はテレビ映画に与えられるエミー賞に値するが、オスカーにはふさわしくないという持論を展開するとみられています。

米映画界をリードしてきたスピルバーグ監督も時代遅れになったのでしょうか。

映画館に足を運ぶ人は頭打ち

ネットフリックスやアマゾンプライムなどの動画配信サービスの登場で映画産業は激震に見舞われています。

米映画産業は2017年、434億ドル(約4兆8500億円)の収入をあげました。22年には479億ドル(約5兆3500億円)に膨らむ見込みです。しかし入場券の売り上げは年1.1%しか伸びず、頭打ちです。

動画配信サービスの売り上げが増えたため、映画館に足を運ぶ人は横ばいになっているのです。映画産業はこれまで映画館に足を運ぶ人によって支えられてきました。

その意味ではスピルバーグ監督やカンヌ国際映画祭の主張は映画産業保護の観点からは正しいように見えます。

ネットフリックスは次のように反論しています。「私たちは映画を愛しています。それと同じように私たちが愛していることがあります。映画館に行けない人、映画館のない街に住んでいる人が映画を観ることができるようにすることです」

「みんなが同じように封切作品を楽しめるようにすることです。映画制作者がその芸術性をみなさんと共有できる方法を増やすことです。こうしたことはお互いに相容れないものではないはずです」

英王室予算と「ザ・クラウン」の総制作費

ネットフリックスの英王室をテーマにした人気シリーズ「ザ・クラウン」のシーズン1の制作費は1億3000万ドル(約145億円)と報じられました。エリザベス英女王に支給される年間予算は8220万ポンド(約121億円)。英王室の年間予算は3億ポンド(約441億円)です。

英BBC放送によると、「ザ・クラウン」がシーズン6まで制作されるとすると総制作費は3億9000万~7億8000万ドル(約436億~871億円)に達すると言われています。英王室の予算に匹敵する制作費が使われていることが分かります。

ネットフリックスの集客力と集金力がなかったら「ROMA」のようなテーマを扱った外国語映画は、儲け優先のハリウッドでは見向きもされなかった可能性があります。

インターネットは配給コストを可能な限りゼロに近づけ、リーチを世界中に広げます。

映画館に行かなくてもテレビやタブレットだけでなく、スマホでも、好きな時に好きな映画を観ることができます。動画配信サービスの月額料金はお手頃なので、筆者も映画を観る本数が飛躍的に増えました。

ロンドンで活躍する友人の映画プロデューサーによると、ネットフリックスやアマゾンプライムの登場で映画制作は活況を呈し、脚本家や監督、俳優は足りないくらい忙しくなったそうです。

映画館に配給する作品と異なり、ネットフリックスのハードルは比較的低く、インディペンデントのプロデューサーや監督にもチャンスが広がりました。

動画配信サービスは新規参入の間口を一気に広げたため、既存の利権構造を破壊する一方で、競争を激化させ、映画制作と映画産業を間違いなく活性化させています。

キュアロン監督の反論

キュアロン監督はエンターテイメントの専門誌バラエティにこう話しています。

「私にとって映画館に関する議論はとても大切です。私は映画制作者です。私は映画館での体験を信じています。しかし、多様性も必要なはずです」

「もし配給の方法が極めて限られていたら、芸術性の強い作品や外国語作品が日の目を見るのは難しくなります。多くの映画館がハリウッドの大作を上映するからです」

映画芸術科学アカデミーがネットフリックスを締め出したとしても、映画産業を取り巻く環境の変化を食い止めることはできません。アカデミー賞の選考でスピルバーグ監督のライバルを減らすぐらいの効果しか期待できないでしょう。

映画館は3D映像や特殊音響効果の導入、高級化など動画配信サービスとの差別化を図らないと生き残るのは非常に難しいと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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