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竹中平蔵氏「正社員をなくしましょう」「現金をただで配りましょう」どちらがホント?

木村正人在英国際ジャーナリスト
ベーシックインカムを提唱し出した竹中平蔵氏(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

構造改革派からケインジアンに宗旨変え?

[ロンドン発]小泉政権で構造改革を推進した人材派遣大手パソナグループ会長の竹中平蔵・東洋大学教授が最近、ロイター通信のインタビューに応じ、こう話しています。

「日本を含め、世界では格差を超えて絶望的な社会の分断が進んでいる。しかし、どの国も有効な政策を打ち出せていない」

「究極的には、政府が最低限の所得を支給するベーシックインカムを導入するしかないと考えている。これにより年金も生活保護も必要なくなる」

竹中氏と言えば非正規雇用を拡大させた派遣の規制緩和で厳しい批判を浴びてきました。これまで日経新聞のインタビュー(2012年7月)に次のような見方を示していました。

「解雇しにくくする判例が出た結果、日本の正社員は世界一守られている労働者になった。だから非正規が増えた」

「『全員正規』では企業は雇いにくく、海外に出てしまう。柔軟な雇用ルールにして雇用機会を増やすべきだ」

民放の番組では「正社員をなくせばいい」とまで発言したことがあります。サプライサイドの構造改革を推進してきた竹中氏はいつから、有効需要を拡大するケインジアンに転じたのでしょうか。

橋下氏の「維新八策」にも盛り込まれたベーシックインカム

橋下徹前大阪府知事は維新八策の「社会保障制度改革~真の弱者支援に徹し持続可能な制度へ」の中で「 負の所得税(努力に応じた所得)」「ベーシックインカム(最低生活保障)的な考え方を導入」をうたっています。

2012年当時のツイートでは「年金の掛け金を払い続けても、生活保護の保護費の方がはるかに高い。これでは年金制度からどんどん離れていく。最後は生活保護でいいやんかとなってしまう。ここをどうするかだ」と問題提起しました。

先月放送されたAbemaTV『NewsBAR橋下』でも「ベーシックインカムは、これからの時代には絶対に考えていくべき話だ」と断言。「ただし、僕のベーシックインカムは、最低限を保障する代わりに、徹底的に切磋琢磨、競争してねという考え方だ」と持論を展開しました。

膨大な政府債務と低成長に苦しむイタリアの欧州懐疑派連立政権は全国一律のベーシックインカムを導入したばかり。仕事のない貧しい人は月780~1032ユーロ(約9万7360~12万8800円)を受け取ることができる最低所得保障制度です。

世界中で貧富の格差が拡大(「貧富の格差さらに拡大 世界のビリオネア26人が貧しい38億人と同じ資産を保有」)する中、先進国と新興・途上国を問わず、ベーシックインカムや最低賃金引き上げの議論が活発になっています。

インドの野党は全国一律の最低賃金を提案

5月までに実施されるインド総選挙(下院選)でナレンドラ・モディ首相を推す国民民主同盟に挑む国民会議派のラフル・ガンジー総裁は「選挙に勝った暁には貧困層を対象に全国的に最低賃金を導入する」と宣言しました。

国民会議派のラフル・ガンジー総裁(昨年8月、筆者撮影)
国民会議派のラフル・ガンジー総裁(昨年8月、筆者撮影)

ラフル氏は3代にわたり首相を出した名門ネール・ガンジー王朝の4代目で、ラジブ・ガンジーとソニア・ガンジーの長男。2004年インド下院議員に当選し、2007年から国民会議派幹事長を務めています。インド系移民が多いロンドンで講演した際、筆者も取材したことがあります。

国民会議派はもともと最低限度の生活を保障するため市民全員に現金を配りましょうというベーシックインカム・サポートを約束していました。3万ルピー(約4万6500円)の収入しかないなら2万ルピー(約3万1000円)をサポートし、5万ルピー(約7万7500円)の最低所得を保障しようという枠組みです。

インドでは2005年に制定されたマハトマ・ガンジー全国農村雇用保証法(MGNREGA)で、非熟練失業者を支援するため、最低賃金で年間100日間の雇用を保証するプログラムが実施されています。

ベーシックインカムは魔法の杖ではない

世界初のベーシックインカム実験を2年間実施したフィンランドの国民年金機構Kelaと社会保健省はこのほど、最初の1年の調査結果を発表。参加者の就労状況はそれほど改善されなかったものの、自分で感じる健康状態やストレス度は他のグループよりも良かったそうです。

経済協力開発機構(OECD)の経済開発検討委員会(EDRC)も昨年、フィンランドのベーシックインカム実験について調査しています。

その結果、ベーシックインカムは現行の社会保障システムより多くの人の就労意欲を増やすものの、結果としてドラスティックな所得の再分配と貧困を拡大させる恐れがあると分析しています。

その一方で、低所得層向けの給付制度を一本化するユニバーサルクレジット(所得保障)の方が就労意欲と制度の透明性を持続的に向上させるそうです。

英国で導入が進められているユニバーサルクレジットは求職者手当、雇用・生活補助手当、住宅給付、児童手当などを統合して簡素化するのが狙いです。

200万世帯の所得が減る一方で、低中所得層280万世帯の所得が増加すると英政府は試算しています。しかし実際には、ユニバーサルクレジットにスムーズに移行できず、失業者や低所得者に食料を無料で提供してくれるフードバンク利用者が逆に増えるという事態を招いてしまいました。

橋下氏と竹中氏の違い

筆者は橋下氏の考えには同調できても、竹中氏の主張には首を傾げてしまいます。英国ではユニバーサルクレジットの改革とともに、労働者が最低限の生活を維持するために必要な生計費から算定した賃金(生活賃金)を全国一律に導入しました。

筆者はまず所得配分による労働者の取り分を増やした上で、それでも生活していけない人に対しては橋下氏の言うようにベーシックインカム的な所得保障制度で支援していく必要があると思います。

グローバリゼーションやインターネット、人工知能(AI)、ロボット化によって競争力を失った先進国では仕事がなくなり、新興・途上国では貧富の格差が拡大しています。雇用を増やし、賃金を上げることができなければ資本主義は敗北してしまうでしょう。

これからモノ、場所、サービスを共有するシェアリングエコノミーや単発の仕事(ギグ)を中心とするギグエコノミーが拡大し、賃金が下がるからと言って、税金によるベーシックインカムで穴埋めするというのは本末転倒のような気がしてなりません。

日本企業の内部留保は金融・保険業を除く全産業で446兆4844億円となり、過去最高を更新しています。竹中氏は「究極的には」と断っているものの、学者は自分の利益ではなく、良心に従って語るべきです。

テクノロジーの導入で、労働者の取り分を減らす人材派遣業者の中間搾取を徹底的に排除し、内部留保を貯め込む企業は利益に見合った賃金を労働者に支払うのが先決ではないのでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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