Yahoo!ニュース

東京五輪控える日本にテロリスト射殺の覚悟はあるか 死刑廃止の欧州に見るテロ対策の冷酷な現実

木村正人在英国際ジャーナリスト
ストラスブールのテロ犯行現場にロウソクを灯す市民ら(16日、筆者撮影)

にぎわいを取り戻したクリスマス市

[フランス東部ストラスブール発]13、14日にブリュッセルで欧州連合(EU)首脳会議、15日にパリで「黄色ベスト運動」を取材したあと、16日昼前、11日に銃撃テロが起きたストラスブールを訪れました。死者は5人、重軽傷者は13人にのぼりました。

無邪気な子供の横を半自動小銃で武装して歩く警官(筆者撮影)
無邪気な子供の横を半自動小銃で武装して歩く警官(筆者撮影)

無邪気な子供の横を半自動小銃で武装して歩く警官の姿が、テロが日常となったフランスと欧州の現実を雄弁に物語っています。

テロ後の初サンデーとなったストラスブールは雪に覆われ、クリスマス市は家族連れやカップル、観光客でにぎわっていました。市中心部のクレベール広場に1000人超の市民が集まり、献花を手向け、1分間の黙祷(もくとう)を捧げました。

献花やロウソクが手向けられたクレベール広場(筆者撮影)
献花やロウソクが手向けられたクレベール広場(筆者撮影)

市民と社会の団結を示すためフランス国歌ラ・マルセイエーズが歌われ、ローランド・リース市長は「クリスマス市のにぎわいは私たちが暮らす社会の共有する価値へのコミットメントだ。私たちが大切にする価値を攻撃者から守る」と誓いました。

フランス最古のクリスマス市は14日に再開されました。テロに屈しない意思を表すためです。欧州評議会や欧州人権裁判所、欧州連合(EU)の欧州議会があるストラスブールはフランスとドイツをつなぐ街道上に位置し、欧州の民主主義を象徴する街です。

ストラスブールは2000年の大晦日にもイスラム過激派のジハーディスト(聖戦主義者)に狙われたことがあります。この時もクリスマス市が国際テロ組織アルカイダの標的にされたものの、テロは未然に防がれました。

ドイツの「フランクフルト・グループ」やフランスの計14人が有罪判決を受け、英国でも1人が拘束されました。

タイヤーニ欧州議会議長(筆者撮影)
タイヤーニ欧州議会議長(筆者撮影)

アントニオ・タイヤーニ欧州議会議長は「犠牲者の死を深く追悼する。欧州議会はテロや犯罪者の脅しには負けない。前進しよう。テロの暴力に屈せず、自由と民主主義を強めていこう」と話しました。

警察に銃を突き付けられる市民

この日、脳死状態だったポーランド出身のミュージシャンの男性(35)の死亡が確認され、死者は5人に増えました。「黄色ベスト運動」の抗議デモを避けるため、訪問先をパリからストラスブールに変更してテロに巻き込まれて犠牲になった観光客もいました。

クリスマス市の入り口には検問が設けられていた(筆者撮影)
クリスマス市の入り口には検問が設けられていた(筆者撮影)

犠牲者が亡くなった現場でソリア・ゴールさん(46)と娘の高校生デルヤさん(16)はこう話しました。

「テロリストは自宅からわずか500メートル離れたノイドルフの工場や古い鉄道の駅がある場所に隠れていました。13日夜、捜索する武装警官と銃撃戦になったあと射殺されましたが、私たちには銃声は聞こえませんでした」

デルヤさんは友人が撮影したという動画を筆者に提供してくれました。一般市民がテロリストを捜索する武装警官に半自動小銃を突き付けられて、手を上げる様子が生々しくとらえられています。

犯行現場は小さな通りだった(筆者撮影)
犯行現場は小さな通りだった(筆者撮影)

事件は11日午後8時ごろ発生。クリスマス市でシェリフ・シェカット容疑者(29)がアラビア語で「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら、短銃やナイフで市民や観光客を次々と襲撃。兵士と銃撃戦になって腕を負傷し、タクシーに乗り込んで逃走しました。

英BBC放送によると、シェカット容疑者はタクシー運転手に「10人を殺害した。兵士と銃撃戦になった」と自慢げに話していたそうです。ストラスブール生まれで、テロ要注意人物リストに名前が掲載されていました。

フランスやドイツ、スイスで窃盗など27の罪で有罪になり、長年にわたって服役。事件当日の11日朝、警察は別件でシェカット容疑者を探していましたが、自宅にはいませんでした。自宅から手榴弾やライフル、弾丸、ナイフ4本が押収されています。

被害者は減ってもテロの件数は増えている

シェカット容疑者の父親はフランス・メディアに次のように証言しています。「息子は『ISは正義のために戦っている』と話していた。私は『ISのことは忘れろ。彼らの言うことには耳を傾けるな』と息子に何度も訴えた」

銃撃戦の末、射殺されたシェリフ・シェカット容疑者(フランス国家警察発表)
銃撃戦の末、射殺されたシェリフ・シェカット容疑者(フランス国家警察発表)

「斬首したり、生きたまま人を焼き殺したり、彼らが関わっている残虐行為が見えないのか、ISは犯罪者だと説教していた。息子と最後に会ったのは犯行の3日前」

国際シンクタンク、経済・平和研究所(IEP)の報告書「グローバル・テロリズム指標2018」によると、一番テロの危険性が高いのはイラク9.75、続いてアフガニスタン9.39、ナイジェリア8.66、シリア8.32。先進国では20位米国6.07、28位英国5.61、30位フランス5.48、39位ドイツ4.6の順です。

同報告書は「欧州は最もテロ対策が改善された地域だ。イラクやシリアの戦闘地域からのIS帰還兵やオンライン上で進む過激派の脅威にもかかわらず、テロ被害者は著しく減少した」と指摘しています。西欧でのテロ被害者は16年の168人から昨年は81人まで減っています。

テロ被害者が増えたのは欧州の中では英国やスペイン、スウェーデン、フィンランド、オーストリアだけで、トルコ、フランス、ベルギー、ドイツでは劇的に減少しました。しかしテロの数は前年の253件から282件に増えました。

同報告書は「西欧におけるテロ攻撃の犠牲者が減ったのは過激派組織IS(いわゆる「イスラム国」)が大規模なテロ攻撃を計画し、コーディネートする能力を失う一方で、少なくとも短期的にはテロ対策の強化が機能しているからだ」と分析しています。

ISが15年11月のパリ同時テロのような大規模テロを実行する能力を失ったとしても、IS帰還兵やシェカット容疑者のような「一匹狼テロリスト」の脅威が消えてなくなるわけではありません。

死刑が廃止されている欧州でも、いったんテロが起きてしまった場合、被害拡大を防ぐ手段はテロリストを止める、すなわち「射殺」であることを、19年ラグビー・ワールドカップ(W杯)や20年東京五輪・パラリンピック、25年大阪万博を開催する日本も肝に銘じなければならないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事