「夢がかなう日」

[ロンドン発]前略 乙武洋匡さま、お元気ですか。今日は乙武さんにお知らせしたいビッグニュースがあります。

2020年東京五輪・パラリンピック。英国のパラリンピアンたちが自分の車イスのまま航空会社ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)の旅客機のキャビン(客室)に搭乗して日本にやって来ることになりそうです。世界で初めての試みです。

車イスを利用する人たちは「夢がかなう日が近づいてきた」と大喜びです。

昨年6月、日本では、鹿児島・奄美空港で格安航空バニラ・エアを利用した車イスの男性が搭乗を拒否され、自力でタラップをはい上ったことが大きなニュースになりました。英国でも車イス利用者は「空の旅」で涙がこぼれるような辛い体験をしています。

それでも空を飛びたい、世界中を旅したい、鉄道やバス、船の旅と同じように乗り慣れた自分の車イスで旅客機のキャビンに搭乗したい。障害者の娘と息子を持つ1人の父親の呼びかけに空港や航空会社のスタッフ、運輸省の関係者が心を動かされ、スクラムを組みました。

「車イスをキャビンに持ち込むのは危険?」

父親がキャンペーンを始めた3年前には重い電動車イスをキャビンに持ち込むのは他の乗客の安全にかかわると誰もが思い込んでいました。しかし、航空専門家は父親の疑問に「技術的には不可能ではない」「航空会社の採算と航空行政の意思の問題」と答えました。

この一言で夢が現実に向けて大きく動き始めました。

英運輸省の航空旅客政策責任者シャロン・グッドセルさんは筆者の単独インタビューに次のように答えました。

英運輸省の航空旅客政策責任者シャロン・グッドセルさん(筆者撮影)
英運輸省の航空旅客政策責任者シャロン・グッドセルさん(筆者撮影)

「車イスの構造や安全性の問題はそれほど大きくありません。航空会社がそれを望んでいるか否かなのです。車イスでキャビンに乗り込むと座席を2~3列、取り外さなければなりません。それで航空会社の採算がとれるのか、という問題です。理論的には可能なのです」

「英政府はこの11月に車イスメーカーや、キャビンのフレキシビリティを実現する創造的なデザインに取り組む人たちが集まってワークショップを開きます。2020年東京五輪・パラリンピックで、自分の車イスに乗ったままパラリンピアンがBAの旅客機のキャビンに乗り込み、東京に向かう計画を真剣に進めています」

グッドセルさんは興奮気味に話しました。車イスをキャビンに固定したことを想定した衝撃度テストで安全性は証明されています。

障害者もそうでない人も同じように空の旅を楽しめるようになる

メアリ・ドイルさん(筆者撮影)
メアリ・ドイルさん(筆者撮影)

車イス利用者でライフ・ビジネス・コーチのメアリ・ドイルさん(48)は「年に2~4回は世界中を旅しているので、自分の車イスに乗ったまま空の旅をできるようになるのは夢のような出来事です。障害者もそうでない人も同じように空の旅を楽しめるようになるのですから」と声を弾ませました。

英団体「空飛ぶ障害者(フライングディスエーブルド)」の発起人、クリス・ウッドさんと知り合ったのは日本のバニラ・エア事件がきっかけでした。ウッドさんへのインタビューをもとに「『空のバリアフリー』を2020年東京パラリンピックのレガシーに」という記事をエントリーしました。

昨年9月のシンポジウム「車イスのまま客室に」に招かれ、「障害者はなぜ、空を飛ぶのか それは人間の喜びだからです」という記事を書きました。ウッドさんが「英BBC放送より、あなたに日本に向けて記事を書いてほしい」と1年ぶりに連絡をくれたことが今回のニュースにつながりました。

だから、この記事は手前味噌ですが、世界的なスクープなのです。

ハンニバル・レクターのイス

「フライングディスエーブルド」の発起人クリス・ウッドさん(筆者撮影)
「フライングディスエーブルド」の発起人クリス・ウッドさん(筆者撮影)

ウッドさんは、車イスを利用する20代前半の娘タイラさんと息子ジョーダンさんと一緒に何度も空の旅をしています。旅客機に搭乗するとき、キャビンドアのところまで彼らの電動車イスで移動し、持ち上げられて機内用車イスに乗せられ、自分の座席に再び抱えられて移されます。

機内用車イスは、映画『羊たちの沈黙』で猟奇殺人犯が縛り付けられていたイス(ハンニバル・レクターのイス)と呼ばれているそうです。

健常者に合わせて設計された客席は長時間のフライトになると障害者にとって大変な苦痛になります。狭いトイレも障害者には使い勝手が悪く、プライバシーへの配慮も十分ではありません。目的地に到着したら、預け入れ荷物にした電動車イスが壊れていたということも珍しくありません。

10月4日、「お手伝いが必要なお客さま(PRM=運動機能に制限のある乗客)の現在と未来」と題してロンドンで開かれた航空法関連の会議でウッドさんはこう訴えました。

「どうして車イス利用者は空の旅で2級市民として扱われるのか、その理由を知ろうとこの運動を始めました。最近、息子が大学に合格し、スポーツジャーナリズムを学ぶことになり、そのご褒美としてフォーミュラ1を観戦しにアブダビに連れて行ったときのことです」

車イスを運ぶタクシー代に15万円

「アブダビ直行便を運航している航空会社は息子の電動車イス(1万2000ポンド=179万円)を壊さずに運ぶ自信がないと言い出したので、車イスを安全に運べるヴァージン・アトランティック航空でドバイに飛びました。ドバイからアブダビまでタクシーで3日間(ママ)。料金は1000ポンド(15万円)でした」

「それが高いかと言うと、車イス利用者にとっては保険と同じ必要な出費です。国際線を運航する航空会社の責任を定めたモントリオール条約では、壊れた車イスの修理代にたとえ1万ポンドかかったとしても弁償の上限が1000ポンドと定められており、それを盾にしている航空会社が少なくありません」

「グーグルが車イスで利用できる場所を地図に表示し、エアビーアンドビーも車イスで利用できる宿泊箇所を掲載している時代なのに、空の旅だけ抜け落ちているのです。国際航空運送協会(IATA)の予測では2036年までに空の旅行客は倍近く増え、78億人になるそうです。PRMも毎年2ケタの伸びを示しています」

1フライトで130人から手助け要請

世界中で高齢化が進んでおり、車イスを利用するお年寄りの乗客もますます増えてきます。

コンサルティング会社OCSの調査報告書「空港での経験」では英国で何らかの障害を持つ人は1190万人(全体の19%)。一方、年に1度は空の旅をする人は49%で、この割合で障害者が旅客機に乗るようになれば年間利用者は580万人にのぼると予想されています。

ロンドン・ガトウィック空港のロバート・ウィリアムズ部長は筆者に「1フライトで平均24人の乗客が補助を必要としていますが、この間、最高で130人ということがありました。アシスタントを必要とする人がどんどん空の旅をするようになっているという証明です」と言います。

空港も航空会社も未来に備えてインフラや設備、旅客機の構造をもっともっとフレキシブルに変える必要があるようです。

モントリオール条約の上限撤廃を

ヴァージン・アトランティック航空は障害を持った子供たちの専用座席の導入にも積極的で、障害者の包摂に力を注いでいます。同社のジェラルディン・ランディー乗客アクセシビリティ部長は筆者にこう話しました。

ジェラルディン・ランディー乗客アクセシビリティ部長(筆者撮影)
ジェラルディン・ランディー乗客アクセシビリティ部長(筆者撮影)

「もしモントリオール条約の上限1000ポンドが撤廃されて、預け入れ荷物の車イスが壊れたら1万ポンド以上の実費を弁償しなければならなくなったら、航空会社も車イス利用者にはそのまま搭乗してもらった方が採算に合うということになってきます。英国の航空当局はその方向で動いてくれるでしょう」

しかし133カ国・機関が加盟するモントリオール条約を改正するのは容易ではありません。ウッドさんは「今後5年、いや2年で自分の車イスのまま旅客機のキャビンに搭乗できるようになっているはずです。英国が先陣を切れば、きっと後に続く国が出てきます」と意気込みます。

リオのパラリンピックでは159カ国が4000人以上のアスリートを送ってきました。東京五輪・パラリンピックのレガシーを1つでも多く作りたいのであれば、安倍晋三首相にはウッドさんの夢を世界中に広げるため是非、力を貸してあげてほしいと思います。

乙武さんと筆者(左、ロンドンで)
乙武さんと筆者(左、ロンドンで)

乙武さんに尋ねてみました。

乙武さん「『空のバリアフリー』が日本でも実現すれば、旅をあきらめていた車椅子ユーザーに大きな夢が与えられます。高齢化も進むなか、是非とも前向きに取り組んでいただきたい課題のひとつだと思います」

(おわり)