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【W杯現地報告】世界から称賛受けた日本サポーターと日本代表の「後片付け」「お掃除」文化の起源

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界中で称賛された日本サポーターの「お掃除」(ポーランド戦のあと筆者撮影)

きれいに片付けられた更衣室

[モスクワ発]サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で優勝候補の一角ベルギーに対し、惜しくもアディショナルタイムに逆転負けを喫した日本代表が7月5日、帰国しました。

2大会ぶりにベスト16入りし、一時は強豪ベルギーを瀬戸際まで追い込んだ日本代表は電光石火のような攻撃サッカーだけでなく、試合後のサムライらしいふるまいでも世界の称賛を受けました。

劇的な逆転負けで落胆しているにもかかわらず、更衣室をきれいに片付け、ロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」と記したメモを残して帰ったのです。武士道とはこういうことを言うのでしょう。

試合後、日本のサポーターはスタジアムに残された飲み物の空きコップや食べ物の容器をゴミ袋に回収し、清掃する姿が世界中に放送されました。日本のことわざ「飛ぶ鳥跡を濁さず」を文字通り実践しています。

日本代表が1次リーグで対戦したセネガルのサポーターも観客席の掃除をして帰りましたが、海外では空きコップや食べ物の容器をちらかしていくのが普通なので、美談として大々的に取り上げられました。

近藤麻理恵さんの片付け本『人生がときめく片づけの魔法』が世界的に大ヒットしたことからも分かるように、日本人の「きれい好き」「清潔好き」「時間に正確」は一つの典型的なステレオタイプなのでしょう。

海外の日本報道は「過労死」「男尊女卑」「従軍慰安婦」「軍国主義に回帰」といったバッド・パブリシティーが圧倒的に多いので、こうしたグッド・パブリシティーはとてもうれしいものです。

「1人の日本人として誇りに思う」

帰国した長谷部誠主将は「ベルギー戦の後、ロッカールームがきれいだったと評判になったが、誰の発案か」と質問され、こう答えています。

ポーランド戦の後、お掃除をする日本サポーター(筆者撮影)
ポーランド戦の後、お掃除をする日本サポーター(筆者撮影)

「日本代表チームのスタッフは毎試合、ロッカールームをすべてきれいに片付けて帰る。日本代表スタッフを選手として誇りに思う。日本代表サポーターがスタジアムで試合後にごみ拾いをしてくれる」

「僕は普段海外に住んでいるので、日本代表でもいろんな国に行く機会があるが、日本ほど街がきれいな国はないのではと思っている。日本という場所、人は、素晴らしい精神を持っていると思う」

「1人の選手としてだけでなく、1人の日本人として誇りに思っている」(時事通信より)

ゴミ袋持参で清掃する日本サポーター(ポーランド戦のあと筆者撮影)
ゴミ袋持参で清掃する日本サポーター(ポーランド戦のあと筆者撮影)

日本代表はピッチに立っている選手だけでなく、スタッフ、日本サッカー協会、サポーターに支えられています。

日本代表の選手たちは4日、公式のツイッターで、6月23日にタイ北部チェンライ郊外のタムルアン洞窟に入って以降、大雨による増水で引き返すことができなくなっているサッカーチームの少年ら12人とコーチにエールを送りました。

「タイの洞窟で閉じ込められているサッカーチームの選手とコーチに向けて、FIFAワールドカップに出場している日本代表チームからメッセージを送ります。『負けるな!頑張れ!』"Hang on! Football Family are with you(サッカーをしているみんなが君たちのそばにいるよ)."」

日本サッカー協会の田嶋幸三会長も帰国会見でこう話しました。

「タイの洞窟に閉じ込められているサッカーチームのみんなに、代表選手たちがエールを送った。こういうことが自然にできるようになったのは、日本のサッカーが成熟してきているんだなと改めて思う。彼らが無事に救出されることをみんなで祈りたい」

後片付けの起源

日本サポーターによる後片付けの起源について、筆者と同じYahoo!ニュース個人のオーサーで、プロサポーターを自認する村上アシシ氏にモスクワでお会いしたので尋ねてみました。村上氏いわく――。

W杯ロシア大会でお会いしたプロサポーターの村上アシシ氏(筆者撮影)
W杯ロシア大会でお会いしたプロサポーターの村上アシシ氏(筆者撮影)

「Jリーグのサポーターがクラブを支援するため、試合後の後片付けをしたのが始まりです。Jリーグのサポーターは国際試合でも同じように後片付けをするようになり、W杯で世界的に有名になりました」

Jリーグは経営が苦しいクラブが多く、サポーターは試合後の後片付けをすることで、スタジアムの管理費を少しでも抑えてクラブの力になりたいと考えているそうです。

経営コンサルタントもしている村上さんはW杯のチケットは非常に高額でスタジアムを清掃する資金は十分にあるので、後片付けをする必要はないのではという意見です。確かにFIFA(国際サッカー連盟)にはカネと利権が渦巻いています。

割れ窓理論

「教師のノーベル賞」と呼ばれるグローバル・ティーチャー賞2018のトップ50に選ばれた滋賀県立米原高校の堀尾美央先生はSkypeを活用し、海外の学校との交流を実践しています。深尾先生からこんなお話をうかがったことがあります。

レバノンの子供たちと交流した時「放課後に掃除をするのは本当か」と聞かれて、掃除風景をSkypeで生中継すると、次の日、レバノンでも生徒たちが教室を掃除したそうです。

田嶋会長は「サッカーを文化にしたい」という目標を掲げています。お掃除や後片付けは世界に認められた「日本の文化」です。海外には後片付けは「他の人の仕事」と割り切る人が多い中、日本人は掃除をしないと落ち着かないようです。

建物の窓が壊れているのをそのままにしておくと、やがてすべての窓が壊されるのを「割れ窓理論」と言います。今大会で訪れたモスクワ、ボルゴグラード、サンクトペテルブルク、エカテリンブルク、ニジニ・ノヴゴロドの街は本当にきれいでした。

きれい好きは日本人だけの特質ではありませんが、身の回りを片付けるのは間違いなく日本人としての生き方や日本文化を形作っています。W杯を通じて、その日本文化が世界に伝わり、広がっていくことを願っています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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