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【W杯現地報告】「おっさん度」は問題ではない 前大会優勝国ドイツはなぜ、韓国に屈辱の敗北を喫したのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
ドイツ代表の指揮官、ヨアヒム・レーヴ監督(写真:ロイター/アフロ)

1938年以来の1次リーグ敗退

[モスクワ発]サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会のF組で連覇を狙うFIFAランキング世界1位のドイツが、2連敗で崖っぷちに追い込まれていた同57位の韓国に敗れ、1次リーグで敗退しました。しかも屈辱のグループ最下位。ドイツが1次リーグで敗退するのは史上2度目で1938年以来のこと。韓国も決勝トーナメントに進めませんでした。

2014年ブラジル大会準決勝で開催国ブラジルを7-1で粉砕し「フットボールは単純だ。22人がボールを奪い合い、最後はドイツが勝つ」(元イングランド代表主将ゲーリー・リネカー)という言葉を思い起こさせたドイツ。しかし大会前からドイツ代表の調子はいっこうに上がりませんでした。

W杯で前大会の優勝国が1次リーグで敗退するのは珍しいことではありません。過去5大会を振り返っても02年のフランス、10年のイタリア、14年のスペインが1次リーグで敗退したのに続いて4回目。前大会で成功した「勝利の方程式」に縛られ、代表チームの戦術変更と世代交代を思い切って進められないのが原因のようです。

「驕(おご)る平家は久しからず」というところでしょうか。日本代表も死に馬に蹴られないよう敗退が決まっているポーランド戦に臨まなければなりません。それにしてもボール支配率74%対26%という劣勢を跳ね返し、後半のアディショナルタイム、92分と96分に執念の連続ゴールを決めた韓国はさすがです。

ドイツ代表のおっさん度

韓国戦、ドイツ代表の先発メンバーの年齢は次の通りです。

GK

マヌエル・ノイアー32歳

DF

ヨシュア・キミヒ23歳

マッツ・フンメルス29歳

ニクラス・ジューレ22歳

ヨナス・ヘクター28歳

MF

トニ・クロース28歳

サミ・ケディラ31歳

マルコ・ロイス29歳

レオン・ゴレツカ23歳

メスト・エジル29歳

FW

ティモ・ヴェルナー22歳

平均年齢28.6歳の日本代表は「おっさんジャパン」と揶揄されながらもベテランの経験と若手選手の勢いを上手く活かしています。これに対して平均年齢27.1歳のドイツ代表の「おっさん度」はそれほどでもありません。

しかし勝利に対する渇望がなく、大会に入ってからも先発メンバーが目まぐるしく入れ替わりました。戦う前から「連覇」という自己陶酔に陥り、ファイティングスピリットと戦術の瑞々しさが全く感じられませんでした。

1970~90年代に最強を誇ったドイツ代表も2000年のUEFA欧州選手権でどん底に落ちます。ドイツは1次リーグでポルトガルに0-3、イングランドにも0-1で敗れるなど1分2敗に終わり、敗退しました。まさに今大会と同じです。

ドイツ代表の指揮官、ヨアヒム・レーヴ監督は「この現実を受け入れなければならない。歴史的な敗北だ。ドイツ国内で論争を巻き起こすことは分かっている」と語りました。

過去の栄光になったM世代

1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツは統一されたものの、ドイツ代表は純血主義にとらわれたままでした。旧西ドイツは60年代以降、トルコ、ギリシャなどから移民労働者を受け入れてきました。いずれは母国に帰国すると考えていた移民労働者はそのままドイツに残りました。

99年、移民対策として、厳格な血統主義を守ってきた国籍法を緩和して出生地主義を導入します。98年フランス大会までドイツ代表は純血チームでした。2002年日本・韓国大会から移民の背景を持つ「M(多文化主義)世代」が徐々に増え始めました。こうしたM世代の選手抜きでは強い代表チームを作ることができなくなったのが現実です。

エジルはM世代の新星でした。トルコ系移民の第3世代で、試合前にはドイツ国歌でなくイスラム教の聖典コーランを唱えています。国歌を歌わないことに対する独メディアの批判に「父親はドイツで育った。トルコは自分にとって特別な国であり続けるが、ドイツ代表としてプレーすることを一度も疑ったことはない」と説明してきました。

しかし元コートジボワール代表主将ディディエ・ドログバはドイツの歴史的な敗退について英BBC放送にこうコメントしました。

「本当のところ驚きでもなんでもない。初戦のメキシコ戦に敗れ、スウェーデン戦でも、もがき苦しんだ末にようやく勝利した。ドイツ代表は決勝トーナメント進出に値しなかった」

「更衣室の雰囲気は良くなかったと思う。英イングランド・プレミアリーグでプレーするエジル(アーセナル)とイルカイ・ギュンドアン(マンチェスター・シティ)がトルコの大統領に会ってからドイツ代表は一枚岩ではなくなった」

分断するドイツ

エジルとギュンドアンは今年5月、トルコの大統領選を前にロンドンを訪れたレジェップ・タイップ・エルドアン大統領と会い、クラブのユニフォームを手渡して写真撮影に応じました。ギュンドアンは「私の大統領に敬意を込めて」とユニフォームにサインしていたため、ドイツ国内の批判にさらされ、謝罪に追い込まれました。

トルコはメディアやソーシャルメディアへの抑圧や人権侵害で欧州連合(EU)と主要国ドイツの厳しい批判にさらされています。トルコ系ドイツ人ジャーナリストを含め、トルコ国内では多くのジャーナリストが逮捕され、16年のクーデター未遂事件以降、大規模な公職追放が強行されました。

ドイツの価値観とは相容れないエルドアン大統領の選挙キャンペーンを支援するかたちになったドイツ代表のエジルとギュンドアンは厳しく非難されました。

100万人を超える難民がドイツになだれ込んだ15年の難民危機以降、ドイツ社会は移民や難民をめぐって完全に分断されています。反移民・難民の新興政党「ドイツのための選択肢」が大躍進する一方で、エジルとギュンドアンへの風当たりも厳しくなっているようです。

ドイツの敗北はW杯の「前大会優勝国の1次リーグ敗退」というジンクスだけでは済ませられないような気がしてなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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