トランプ離脱ドクトリン TPP、パリ協定、イラン核合意に続きG7崩壊 自己中外交で米中逆転は加速する
G6+1に分解
[ロンドン発] 一体、誰がドナルド・トランプ米大統領の首に鈴をつけられるのでしょう――。カナダのシャルルボワで6月8日、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)が開幕しました。
焦点は米国が発動した鉄鋼・アルミニウムへの輸入制限措置です。米国以外の6カ国がすべてトランプ大統領の主導する「貿易戦争」の相手国です。
開催国カナダのジャスティン・トルドー首相やフランスのエマニュエル・マクロン大統領をはじめ他の6カ国首脳が猛反発し、G7は完全に「G6+1」に分解してしまいました。
時事通信によると、トランプ大統領とは親しい日本の安倍晋三首相もさすがに「環太平洋連携協定(TPP)や、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)を通じてウィンウィンの関係を築き、世界の消費を取り込んで経済成長につなげている」とトランプ大統領に釘を刺しました。
孤立したトランプ大統領は2日目の地球温暖化対策、クリーン・エネルギーの会議には出席せず、共同声明を出す前に12日に米朝首脳会談が開かれるシンガポールに向かうそうです。1976年にカナダを加えて7カ国になったG7ですが、大きな転機を迎えています。
ウクライナのクリミア併合、シリア内戦、元二重スパイの暗殺未遂事件で西側諸国と対立が深まるロシアを「G7に戻すべきだ」と述べたトランプ大統領の発言はもはや支離滅裂と言えるでしょう。
存在意義なくなったG7
G7の国内総生産(GDP)を、新興7カ国(E7)の中国、インド、ブラジル、ロシア、インドネシア、メキシコ、トルコと比べてみましょう。下はドイツの市場データ・調査会社Statistaのデータをもとに作ったグラフです。
それによるとG7とE7のGDPは2015年時点ですでに逆転しており、50年時点の予測ではE7のGDP(138.2兆 ドル)はG7(18.8兆ドル)の7倍以上になるそうです。
経済規模で見たG7のインパクトは消失しています。G7は地球温暖化対策や自由貿易、環境保護、海洋法のルールや枠組みづくりで世界をリードしていく必要があります。
そのためにはG7が一致団結し、20カ国・地域(G20)や国連で先進国の価値観に基づくルールや枠組みを主張していくことが大前提です。ところが保護主義、孤立主義のトランプ大統領はこうしたこれまでの先進国の戦略を完全に否定しています。
国際条約、国際機関が大嫌い
「悪魔の化身」と呼ばれるジョン・ボルトン氏を新しい国家安全保障担当大統領補佐官に指名したことからも分かるように、トランプ大統領は「国際条約」「国際法」「国際機関」「国際協調」に縛られるのが大嫌いなのです。
ジョージ・W ・ブッシュ米政権下で国家安全保障会議(NSC)や国務省の法律顧問を務めた弁護士ジョン・ベリンジャー氏は英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で講演した際、「ボルトン氏は有能な法律家だが、国際法や国際機関の意義を否定している」と指摘しました。
トランプ氏は大統領就任後、TPP、新たな地球温暖化対策の国際的な枠組みを定めたパリ協定、イラン核合意、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)から次々と離脱しています。
ベリンジャー氏は「今や米国の最大の輸出品は離脱ドクトリンになった」と自虐的に参加者を笑わせました。次は国連人権理事会から離脱する可能性が大きく、トランプ政権は何から離脱するか、シラミ潰しに条約の見直しを進めているそうです。
ベリンジャー氏は16年に国家安全保障に関わった共和党の元政府関係者50人が署名した「トランプ氏は大統領になる人となり、価値観、経験を欠いている」という文書の草稿を作ったことでも知られています。
イラク戦争を強行し「単独行動主義」と国際的に批判されたブッシュ大統領ですが、ベリンジャー氏によると、8年間で米史上最多の163の条約を結んでいます。バラク・オバマ米大統領は議会の抵抗にあって20の条約しか結べませんでした。トランプ政権になってから上院に送付された条約案はゼロだそうです。
空席だらけの国務省
国務長官や国家安全保障担当大統領補佐官をはじめ、クビになったり辞任したりしたトランプ政権の高官は30人以上にのぼっています。さらに国務省の次官や国務次官補といった主要ポストの多くは依然として「空席」のままだそうです。
ベリンジャー氏は「本来なら希望者が殺到するNSCのポストもなり手がなかなかいない。上官の命令には従う軍出身が主要ポストを占めているのはそのためで、クリエイティブな政策議論ができなくなっている」と指摘しました。
大統領就任1年の時点で245もの重要ポストの候補者がまだ決まっていませんでした。なんと、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝交渉で米国の重要なサポーターとなる韓国への大使ポストも空席のままなのです。
トランプ大統領にとって米朝首脳会談は単なる「政治ショー」に過ぎないのでしょうか。
筆者は5月25日に欧州連合(EU)で施行された一般データ保護規則(GDPR)に対するトランプ政権の対応について質問しましたが、ベリンジャー氏は「政府内にテクノロジー企業の意見を集約しようという動きはなく、EUと米政府レベルの議論にならないだろう」との見方を示しました。
トランプ政権に何か建設的なことを期待するのは無理なようです。
「米国製品を買え」
そもそも関税をかければ、米国の貿易赤字は解消されるのでしょうか。17年の米国の貿易赤字(財)をG7の国ごとに見ておきましょう。英国に対してだけは32億ドルの貿易黒字を計上しています。
(1)日本689億ドル
(2)ドイツ637億ドル
(3)イタリア315億ドル
(4)カナダ171億ドル
(5)フランス153億ドル
ちなみに対中国の貿易赤字は3756億ドルです。輸入制限措置を発動しても報復が待ち受けるだけで、貿易を縮小させ、世界経済の成長を減速させるだけです。保護主義はドイツでナチスの台頭を招き、第二次大戦の大きな原因となりました。
関税を脅しに使って、米国製品を買わせる(バイ・アメリカン)のがトランプ大統領の戦略です。
しかしベリンジャー氏の言うように、明らかに人材不足のトランプ政権はクリエイティブな政策立案能力を欠いています。TPPは中国に対して知的所有権の侵害を止めさせる有効なプラットフォームなのに、トランプ氏は大統領就任後、いの一番に離脱してしまいました。
「米国第一!」を唱えるトランプ大統領の離脱ドクトリンで米国の同盟国は地球温暖化対策やイラン核合意、自由貿易について中国と協議する必要に迫られるようになり、経済だけでなく外交上の影響力でも米中逆転を早めることになるでしょう。
おそらく、日本の外務省も在米日本大使館も機能不全に陥っている米国のカウンターパートとまともな根回しはできていないと想像します。トランプ大統領が考えていることはトランプ大統領本人から聞くしかありません。
モリカケ問題で内閣支持率を落としている安倍首相ですが、対米関係の有効なパイプがトランプ大統領1本に絞られている現状や米朝首脳会談を控えていることを考えると、もうしばらく頑張ってもらう必要があるようです。
(おわり)