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完璧すぎたキャサリン妃の「日帰り出産」是か否か 世界中で大論争 出産は人や国によって異なる

木村正人在英国際ジャーナリスト
病院の上から撮影するカメラマンを気遣って手を振る2人(木村正人撮影)

「世界のママたちが産後のリアル」をツイート

[ロンドン発]英王位継承順位2位のウィリアム王子(35)の妻キャサリン妃(36)が4月23日、第3子(同5位)ルイ・アーサー・チャールズ王子を出産してわずか7時間で完璧なメイクアップとハイヒール姿で登場したことが世界中で大論争を巻き起こしています。

「3人の子供と優しい旦那に囲まれ、世の中の理不尽にイライラしながら生きている」という「みもー」さんが24日こんなツイートをしたところ3万6320回リツイートされ、5万7787回「いいね」されました。

ハフポスト日本版も「産後7時間で、メイクも髪もバッチリで、笑顔を見せたキャサリン妃。一方、世界のママたちが、産後のリアルを披露して盛り上がっています」とツイートしました。

ロイヤルベビー誕生をロンドンのセント・メアリー病院リンド病棟前で取材したのはこれで3回目になる筆者は前回同様、今回も「日帰り出産」と思っていました。ロイヤルプロトコルとは前例を踏襲することなので、改めて大論争を呼び起こすとは思ってもみませんでした。男性なので鈍感だったのかもしれません。

「出産は完璧なおとぎ話ではない」

英連邦に加盟するオーストラリアのコメディアン、メシェル・ローリーさん(41)は「これは感動的な話ではない! 何が感動なの? 誰かが部屋に入ってきて『用意はできた。さあ起きて髪をとかして化粧して、外に出ていきましょう』と言われたら、『冗談はよして、ここから出ていきなさい。私は赤ちゃんを生んだばかりなのよ』と言い返すべきだわ」と発言しました。

米紙ワシントン・ポストのエイミー・ジョイス記者は「ケイトは出産後、完璧に見えた。しかしこれは普通じゃない」という記事を執筆しました。

「私にとってロイヤルファミリーが安らいだ表情で、一緒に興奮を自宅に持ち帰る光景は、キャサリン妃が普通の人々とは違う現実に住んでいることを思い起こさせる。それ以外の何物でもなかった」「私たちは一生懸命、努力している。外からどのように見えても、出産は信じられない困難を伴うし、完璧なおとぎ話ではない」

月刊誌ヴァニティフェアのスペイン語版は「ケイト・ミドルトン(キャサリン妃)が産後7時間で退院したのは普通? 英イングランド地方やスウェーデンでは日帰り出産は珍しくない」という記事を掲載しました。

出産事情はそれぞれ個人や住んでいる国によって違うのが当たり前と思うのですが、キャサリン妃の出産は常に世界中で大論争を巻き起こします。第一子のジョージ王子を出産した時は本当に大変な騒ぎになりました。

「産後のママにプレッシャーをかけないで」

「産後のママにプレッシャーをかけないで ロイヤルベビー誕生(8)」(2013年7月26日)

産後のぽっこりしたお腹が目立つデザインのマタニティー・ドレスが話題になった時は、セレブ雑誌『OK!』が「キャサリン妃の産後ダイエット・プラン」という特集を組んだことに対して、産後2カ月のTV・ラジオ司会者ケイティー・ヒルさんが「まだ出産を終えたばかりなのに、どういうつもり」と怒りのツイートを発しました。

しかし、キャサリン妃の産後ダイエットは完璧で世界中から驚きの声が上がりました。

「キャサリン妃のボディー、出産1カ月で元通りに」(2013年8月28日)

第二子シャーロット王女の時は日本では考えられない「日帰り出産」だったため、再び大論争になりました。

「キャサリン妃の日帰り出産 海外では当たり前」(2015年5月3日)

「キャサリン妃『日帰り出産』日本からのご意見にお答えします」(2015年5月5日)

「キャサリン妃日帰り出産『そこまで心配しなくて大丈夫』英国で出産『家族の絆』強まる」(2015年5月6日)

退院時間は計算されている?

出産後、リンド病棟を退院するカップル(木村正人撮影)
出産後、リンド病棟を退院するカップル(木村正人撮影)

リンド病棟前で張り込んでいると、キャサリン妃とウィリアム王子と同じようなカップルが赤ん坊を入れたベビーキャリーを提げて病棟の玄関から出てくるのを何度も目撃しました。退院してくる産婦が疲れ果てた様子で出てくるかと言えば、みんな幸せそうで結構オシャレでした。

みんなキャサリン妃とウィリアム王子のように退院していた(木村正人撮影)
みんなキャサリン妃とウィリアム王子のように退院していた(木村正人撮影)

キャサリン妃の入院時間帯を見ると3回ともメディアの張り込みが一番薄くなる午前6時前後に病院に入っているので、陣痛促進剤を使った計画分娩の可能性が強いと思います。しかし、麻酔で痛みを抑えて出産する無痛分娩だったかどうかは筆者には分かり兼ねます。日本では「自分のお腹を痛めて産んでこそ母親」という古い考え方が強く、無痛分娩が広がっていないようです。

筆者作成
筆者作成

キャサリン妃のような経産婦の場合、日帰り出産はイギリスでは珍しくありません。第二子の時は出産から9時間半で退院しているので、今回2時間半短くなってわずか7時間で退院したとしても何の不思議もなく、むしろ自然だったように感じました。

ベビーキャリーを提げてリンド病棟を退院するウィリアム王子とキャサリン妃(木村正人撮影)
ベビーキャリーを提げてリンド病棟を退院するウィリアム王子とキャサリン妃(木村正人撮影)

できるだけ普通のカップルのように出産したい

ウィリアム王子は病棟の玄関を出入りする際「もうすぐ出てくるよ」などと気さくに声をかけ、病棟前で張り込んでいる世界中のカメラマンを気遣っていました。カメラの露出を考えるとカンカン照りの日中より今は午後6時ごろが撮影に最適です。辺りが暗くなってしまうと残念ながら撮影できません。

指を3本立てて「心配の種が3つに増えた」と報道陣を笑わせるウィリアム王子(木村正人撮影)
指を3本立てて「心配の種が3つに増えた」と報道陣を笑わせるウィリアム王子(木村正人撮影)

初産だったジョージ王子の時はともかく、第二子、第三子はできるだけセント・メアリー病院や患者、住民に迷惑をかけたくないという配慮も働いて日帰り出産になったのでしょう。本当にすごい数の報道陣でした。そして何より故ダイアナ皇太子妃の時代とは違って、キャサリン妃もウィリアム王子もできるだけイギリスの普通のカップルのように出産して退院したいと考えたと筆者は想像します。

万人が無償で医療を受けられるようにという願いを込めて第二次大戦後に発足したイギリスの国民医療サービス(NHS)は原則、税金で運営されています。それを維持しようと思ったら、医療費の無駄遣いはできません。国民一人ひとりが少しずつ我慢しなければならないのが現実です。

財政に余裕があれば日本のように産後4~5日入院してから退院ということが可能なのかもしれませんが、イギリスでは母子ともに異常がなければ退院して自宅で休養するのが自然なのです。

画像

上のグラフを見てもイギリスの出産後の病院滞在日数が少ないことがお分かりになると思います。

「赤ちゃんが最も安全に生まれる国」日本

国連児童基金(ユニセフ)が今年2月にまとめた生後28日未満の新生児1000人当たりの死亡率は高所得国50カ国の中でも日本が一番低く0.9人(1位)で「赤ちゃんが最も安全に生まれる国」でした。一方、イギリスは2.6人(27位)、アメリカは3.7人(36位)です。日帰り出産が良いのか悪いのかは論議の残るところですが、イギリスではNHSを存続させるため医療経済が重視されているのです。

日本では、男性の育児休業取得率は3.16%と女性の81.8%に比べて極端に低く、病院から退院しても家族のサポートが全く期待できないのが現状です。イギリスでは早期退院した産婦や患者は家族がケアするのが当たり前で、現在の妻が乳がん手術と抗がん治療を受けた筆者は仕事を自宅勤務に切り換え、食事の世話や看病に追われて本当に大変な思いをしました。

前出の米紙ワシントン・ポストのエイミー・ジョイス記者は、キャサリン妃の日帰り出産を特別扱いのように論評していますが、筆者からすれば自然分娩で3万2093ドル(約348万円)もかかるアメリカの出産事情の方が「普通じゃない」と思います。英紙ガーディアンの報道では、帝王切開なら5万1125ドル(約554万円)もするそうです。

ロイヤルファミリーは演劇の一座

世界中のママさんが指摘しているように、キャサリン妃が「アヒルの水かき(見えないところでの努力)」をしていたのは間違いありません。お世継ぎを絶やしてはいけないロイヤルファミリーにとって出産は一大イベントで、世界中のメディアが注視しています。完璧にメイクアップして登場しないと、メディアがシワや白髪、疲労の色を写すのに躍起になるかもしれません。

出産も公務のうち(木村正人撮影)
出産も公務のうち(木村正人撮影)

完璧なメイクアップで登場したのはそれがキャサリン妃とウィリアム王子のロイヤルファミリーとしての公務だからです。2歳のシャーロット王女でさえ、報道陣や沿道を埋めた住民に対し、振り返ってロイヤルウェーブ(手を振る仕草)をして見せました。人気商売のロイヤルファミリーは演劇の一座のようなものです。

キャサリン妃とウィリアム王子はその役割をきっちりと演じ切りました。イギリス・ブランドのジェニー・パッカムを世界にPRするのも大切なお仕事です。ルイ王子の誕生が皆さんの出産・育児のプレッシャーではなく、後押しになることをキャサリン妃もウィリアム王子も心から願っているようにカメラのファインダーからは見えました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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