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狂犬マティスが「悪魔の化身」と呼ぶ男ジョン・ボルトンとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
米、ボルトン新大統領補佐官 マティス国防長官と会談(写真:Shutterstock/アフロ)

マティス語録「皆殺しの計画を持て」

[ロンドン発]ジェームズ・マティス米国防長官が29日、国防総省を訪れた次の国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・ボルトン氏に対して「あなたのことは悪魔の化身だと聞いている。あなたのことをお待ちしていた」と、笑うに笑えぬ冗談で出迎えたそうです。

マティス氏とボルトン氏が会うのはこれが初めてです。2日前に報道陣に「条件も心配も全くない。私たちはパートナシップを結び、協力して前に進むことになる」と話していました。ボルトン氏を「悪魔の化身」になぞらえるとは、強烈な毒舌で「マティシズムズ」の異名がついたマティス氏らしい先制パンチでした。

マティス語録には次のようなフレーズがあります(米誌『ジ・アトランティック』より)。

「私は平和のためにやって来た。大砲は持ってこなかった。目に涙をたたえながら、あなたにお願いします。私を犯したら、あなたを殺すことになる」

「丁寧に、そしてプロらしく振るまえ。しかしあなたが会ったすべての人を殺す計画を持て」

「私が35年の軍役で学んだことは、即興、即興、即興が大事だということだ」

湾岸戦争やアフガニスタン戦争に出征した海兵隊出身のマティス氏は「狂犬マティス」「戦う修道士」とも呼ばれていました。

マティスvsボルトン

しかし、国防長官になってからは外交優先を何度も繰り返し強調しています。これに対してボルトン氏はハードライナー(強硬派)で介入主義者。中東を大混乱に陥れたイラク戦争を正当化し、現在ではイランや北朝鮮への先制攻撃を主張しています。

マティス氏はボルトン氏との面会前に「世界観に違いがある。これは当たり前のことだ。グループシンキングを望まない限りは。そう願いたい」と報道陣に話していました。

マティス氏とレックス・ティラーソン国務長官、ハーバート・マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官のトライアングルは何かと騒がしいトランプ政権に外交・安全保障上の安定感を与えてきました。

化学兵器を使用したシリアのアサド政権に限定的な空爆を即座に加えたほか、日米同盟を強化、「使える核兵器」の配備を含めた拡大抑止の強化、兵器級の神経剤ノビチョクを使ったイギリスの元ロシア二重スパイ暗殺未遂事件では60人もの露外交官を追放し、ロシアや中国に対して断固たる姿勢を見せてきました。

「大統領の言っていることは無視しろ」

アメリカの有力シンクタンク、ブルッキングス研究所のブルース・ジョーンズ副所長が2月にロンドンにある有力シンクタンク、国際問題研究所(チャタムハウス)で講演した時、トランプ政権1年目の内情をこう分析してみせました。

ブルッキングス研究所のブルース・ジョーンズ副所長(筆者撮影)
ブルッキングス研究所のブルース・ジョーンズ副所長(筆者撮影)

「マイケル・ペンス副大統領、マクマスター氏、マティス氏、ティラーソン氏をはじめ、国家安全保障会議(NSC)の上級部長、すべての国務・国防次官補たちはドナルド・トランプ大統領の世界観を完全に拒否している。なぜ、大統領がそのようなメンバーを選んだのかは不可解だが、大統領はそうした」

ジョーンズ副所長がトランプ政権の外交・安全保障の要と評価したのが、最近、更迭されたマクマスター氏と、副補佐官に昇格するナディア・シャドロー氏です。

「ロナルド・レーガン大統領は何も知らない野暮な男だったが、アメリカは上手くくぐり抜けた。トランプ政権内でも『これは大統領を守るためにやっていることだ。大統領の言っていることは無視しろ』という現象が起きている」とジョーンズ副所長は話していました。

スタッフがしっかりしているから、大統領に問題があってもアメリカというシステムは機能するようにできているとジョーンズ副所長は楽観的でした。

対日政策のキーパーソン

筆者は「トランプ政権の対日政策のキーパーソンは誰か」「北朝鮮に対する先制攻撃の可能性は?」とジョーンズ副所長に質問しました。

ジョーンズ副所長「対日政策ではマクマスター氏が大きな役割を担っている。マティス氏もそうだ。ティラーソン氏もあなたが報道から感じている以上に大きな役割を果たしている。国務省の部長たちもね。マイケル・ポンペオCIA(中央情報局)長官も非常に大切だ」

「驚くかもしれないが、ニッキー・ヘイリー国連大使の役割も重要だ。国連には多くの問題が上がってくる。彼女はトランプ大統領と政策が180度違っていることを心配していないように見える。彼女は自分の信じている道を進んでおり、非常に大きな意義をもたらしている。とても不思議だが、トランプ大統領は彼女を傷つけていない」

「とにかく、これまでのところ上手く行っている。トランプ政権のグループやそのスタッフによるところが非常に大きい」

北朝鮮への先制攻撃「政権内にまとまった一つの見方はない」

「北朝鮮の質問には注意して答えるよ。どの政権も平壌がアメリカに向けて核爆弾を搭載する能力を持った大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射したという早期の証拠を実際の越えてはならない一線(レッドライン)にするだろうと私は考える」

「問題は我々が北朝鮮に対し行動を起こすのに十分なほど早く状況を知る自信に欠けていることだ。北朝鮮が我々を理解しているという信頼、我々が北朝鮮を理解しているという信頼も不足している。北朝鮮がレッドラインを越える瞬間に我々がいつ直面するのかを把握する自分たちの情報機関の能力に対する信頼も十分ではない」

トランプ政権には超タカ派か、そこそこタカ派か、ちょっとだけタカ派でない人がいるだけで、ハト派は一人としていない、正真正銘のタカ派政権です。

「伝統的な手段で北朝鮮が抑止できる程度に対する懐疑、そして軍事的な選択肢のリスクを含めすべてが熟慮されるべきだ。行動を起こさないリスクもまた本質的な重みをもっている。そうしたことが議論されている。政権内にまとまった一つの見方はない」

「私がこれまで挙げたメンバーが政策の選択肢について真剣に討論を重ねている。ここで強調しておきたい一つのポイントは、頭のおかしいロケットマンというナンセンスなツイートが政策を動かすということはないということだ。とりわけ悪い選択には真剣でまじめな熟考が加えられている」

我慢できなくなってきたトランプ大統領

しかしトランプ大統領は自分が蔑(ないがし)ろにされていることに次第に我慢できなくなり、ティラーソン氏に続いてマクマスター氏にも「お前はクビだ!」と叫んでしまいました。

トランプ大統領に仕えるコツは「おっしゃることはごもっともでございます」と媚びへつらうことです。2人とも、それができる器用なタイプではなかったようです。

CIA長官を務めたタカ派のポンペオ新国務長官、ボルトン新国家安全保障担当大統領補佐官とマティス氏の新「外交・安全保障トライアングル」がどう機能するのかは予測不能です。「狂犬マティス」から「悪魔の化身」と呼ばれたボルトン氏の登場で、政権内の力学はどう変わるのでしょう。

ブルッキングス研究所のマイケル・E・オハンロン氏は米政治専門紙ザ・ヒルへの寄稿でこう指摘しています。

「ボルトン氏はおそらくトランプ大統領と強い関係を築くことを模索することになる。フォックス・ニュースで議論に勝つことを心配する以上に、多くの事柄で手の内を隠すだろう」

「ボルトン氏とは意見が一致しないが、公平を期すと彼は向こう見ずでも、騎士でもない」「私の疑問はボルトン氏が何を考え、どのようにトランプ大統領への影響力を模索するかではなく、むしろボルトン氏のアドバイスがトランプ政権の政策協議全般にどう織り込まれていくかだ」

「悪魔の化身」が政権の重要ポストについても、アメリカのシステムが健全に機能することを祈らずにはいられません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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