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テロが日常化したロンドン 地下鉄爆発で18歳逮捕 屈しない市民 IS掃討もジハード運動は拡大する

木村正人在英国際ジャーナリスト
爆弾テロがあったロンドンの地下鉄(筆者撮影)

火の玉が車内を飛んだ

[ロンドン発]イギリス・ロンドン南西部の地下鉄ディストリクト線パーソンズ・グリーン駅の近くで15日午前8時20分(現地時間)、車両の中に置かれていた不審物が突然、爆発。29人が負傷しました。

この事件に関連して、英ケント警察は16日午前、ドーバー海峡の港湾区域で18歳の男を逮捕して取り調べています。

通勤・通学ラッシュで満員の地下鉄車両では、女の子がいつものように英語の綴りを練習していたそうです。リグズさんは「パーソンズ・グリーン駅で爆発が起きた。火の玉が車両内を飛んだ。僕らは開いたドアから飛び降りた」とツイートしています。

筆者が取材した近所の主婦ブリット・ケイさん(32)は「朝、家の前の通りが騒がしいと思って外を見ると、大勢の人が逃げてきました。警察官に私たちも避難するように言われたので、生後11カ月の坊やを連れて出ました。まだ非常線の中には入れません」と話しました。

テロ現場の周辺には遠巻きに非常線が張られた(筆者撮影)
テロ現場の周辺には遠巻きに非常線が張られた(筆者撮影)

犯人や不審物の捜索が続いていました。英BBC放送から目撃者の証言をまとめてみましょう。

「走れ、走れという叫び声がしました。頭を負傷した男の子を見かけました。みんな一斉に逃げ出し、将棋倒しになりました。私の下には妊娠した女性もいました。やけどを負った女性が顔や腕を水で洗い流していました」(27歳の女性)

これが爆発装置だ

「10メートル先で爆発音が聞こえました。車両内に炎が広がりました。車両から我先に逃げ出そうと押し合いへし合いになり、倒れました。爆発物はマヨネーズのバケツのように見えました。家で作ったもののように見えました」(ソフトウェア開発者の男性)

リグズさんらがツイッターに投稿した画像や動画を見ると、金色の袋に覆われた白色バケツに少し炎が残っていることが分かります。即席爆発装置(IED)であるのは間違いありませんが、爆発装置を製造するレシピが間違っていたのか、完全には爆発しなかったようです。

起爆剤は発火したものの、殺傷能力の高い「TATP(過酸化アセトン)」とみられる爆薬は爆発しなかったようです。もし、爆薬が爆発していたら、大きな被害が出ていました。ロンドン警視庁や情報機関は防犯カメラの分析から犯人を特定し、行方を追っていました。

過激派組織IS(イスラム国)が犯行声明を出しました。ISは最近の動画メッセージで鉄道などの公共交通機関を襲うよう呼び掛けていたそうです。

Run、Hide、Tell

テロに巻き込まれたら(1)Run(逃げる)(2)Hide(身を隠す)(3)Tell(安全を確保してから警察に連絡する)が鉄則です。女性は走りにくいヒールを避け、運動靴をはいた方が逃げやすいという専門家もいます。

今回のように閉じられた車両に乗っていた場合、できるだけ爆心から遠くに離れて床に伏せ、カバンなどで身を守ることが大事だそうです。空港と違って乗客を大量輸送する鉄道やバスではセキュリティーチェックを実施することは非常に困難です。

独善のトランプ・ツイート

アメリカの大統領ドナルド・トランプは今回のテロを受け、連続ツイートしました。

「負け犬テロリストの攻撃がロンドンでまた発生した。ロンドン警視庁が監視している頭のおかしい病んだ奴らだ。先手を打った対策が必要だ」

「負け犬テロリストにもっと徹底的に対応しなければならない。彼らの主要なリクルートツールのインターネットを遮断し、使い方を改善しなければならない」

「アメリカへの旅行禁止をさらに徹底的に、拡大し、もっとターゲットを絞るべきだ。しかし愚かにも、そうした対応は政治的・社会的に公正・公平・中立ではないとされるだろう」

「我々トランプ政権はこの9カ月間に、ISIS(ISと同じ)に対してオバマ政権が8年間にやったより、もっと前進した。先手を打って、陰険にやらなければならない」

トランプに不快感表す英首相

さすがに、イギリスの首相テリーザ・メイも「捜査に対する憶測は誰の助けにもならない」と不快感を露わにしました。

5月に22人が犠牲になったマンチェスター・コンサート会場自爆テロでも、容疑者情報が次から次へとアメリカの情報機関からリークされ、メイはトランプに対し、被害者や地元の感情を害するだけでなく、捜査の妨げになると強く抗議したことがあります。

事件の全容が分からないため、メイはテロの警戒レベルを5段階の上から2番目の「シビア」から1番上の「クリティカル」に引き上げました。

治安確保のため、兵士と1000人の武装警官が街頭に出て警戒に当たっています。メイは「テロの脅威は深刻なものだが、力をあわせテロを打ち負かそう」と述べました。

イギリスの対テロ戦略

2001年の米中枢同時テロを受け、イギリス政府は対テロ戦略(CONTEST)を策定しています。CONTESTは次の4点からなります。

(1)追及(Pursue) 捜索や捜査でテロを事前に防止する

(2)防止(Prevent) イスラム過激派によるオンライン上のプロパガンダを削除したり、過激化の兆候が疑われる対象者に脱過激化プログラムを実施したりしてテロリストになるのを防ぐ

(3)防御(Protection) 国境管理や公共交通網の安全性、人が集まる場所の警備・警戒を強化する

(4)備え(Prepare) テロのインパクトを最小化し、可能な限り早く回復

イギリスでは05年のロンドン同時多発テロで、情報機関と警察が相互不信に陥り、情報を共有できずに実行犯を取り逃した苦い経験があります。その反省から、情報機関と警察は一体化してテロ予備軍への捜査網を強化しました。

全国的な協力関係を構築して毎週開かれる合同会議で情報交換。情報機関が監視対象者の携帯電話の盗聴やインターネット上の情報収集を行い、立件資料として警察に提供しています。

さらに昨年から地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国民医療サービス)の医師、看護師は過激化の兆候を見つけたら、すぐ当局に通報することが義務付けられました。しかし、それでもテロは防げません。

今年に入ってイギリスではテロが続発しています。

3月、ウェストミンスター橋を暴走、4人をはね殺した車を運転していた男がイギリス議会の敷地に入り込み、警察官を刺殺。居合わせた国防相のボディガードが男を射殺。

4月、議会前から首相官邸につながる通りで、刃物を隠し持っていた男を拘束。

5月、マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、22人が死亡。

6月、ロンドン橋を暴走して通行人をはね飛ばしたバンの3人組がナイフで観光客を刺し計8人を殺害。3人組は射殺されました。

8月、バッキンガム宮殿前の駐車禁止区域で車を運転していた男が大刀を所持。警察官2人が男を逮捕。

テロ対策が逆に不安心理を増幅

英キングス・カレッジ・ロンドンに拠点を置く過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)の ジョン・ホーランド=マクコーワン研究員らは次のように指摘しています。

「欧州で頻発した車の暴走テロで、繁華街や観光名所近くでの速度制限、車止め、通行制限といった対策がとられたが、人々の不安心理を増幅させる副作用がある。これではテロリストの思う壺」

「テロリストは武器の入手を容易にするため、犯罪者をリクルートするケースが増えている。刑務所で犯罪者がテロリストに影響を受けるため、隔離が必要だが、そうした措置は刑務所内の反発を引き起こす恐れがある」

「ISは14年以降、イラクで78%以上の支配地域を、シリアで58%の支配地域を失った。しかし、IS掃討作戦はテロ対策の決め手にはならない。というのも、ジハード(聖戦)は世界中に広がる社会的、政治的、宗教的な運動だからだ」

トランプのツイートは自分の支持者である怒れる白人単純労働者・失業者向けの人気取りの手段であって、何のためにもなりません。

イギリス外交がテロの誘因

筆者は今回のテロ現場周辺に暮らす人がどう見ているか聞いてみました。

警戒の警察官と話す市民(筆者撮影)
警戒の警察官と話す市民(筆者撮影)

「状況が良く分からないので、はっきりしたことは言えません。爆発物はバケツのようなもので、大きな爆発は起きませんでした。警察官も多く、過剰に反応し過ぎで、事件を大きくしているように思います」(ソフトウェア開発会社勤務ユセフ・ヤセさん、26歳)

「テロはロンドンでの生活の一部です。ここは暮らすのに良い場所ではないですね。警察官は早く駆け付け、爆発物を捜索するなどベストを尽くしています。悲しいことですが、こうした出来事はロンドンだけでなく、欧州、いや世界中で日常になっています。しかし私たちはテロに怖気づくようなことはしません。常識を持って、いつも通りの生活を送ることです。どれだけ長くかかるか分かりませんが、当局が最終的にテロを壊滅させることを望んでいます」(年金生活者サイモン・デアさん、77歳)

先の総選挙でマンチェスター自爆テロを受け、最大野党・労働党の党首ジェレミー・コービンが「イギリスが加担している戦争がテロを引き起こす一因だ」と発言したことに対して、53%が支持を表明しました。そうでないという意見はその半分にも満たない24%でした。

テロが生活の一部になることで、いくら平穏を装っても、繁華街は車止めであふれ、武装警察官だけでなく、兵士までが街頭に出て警戒に当たるようになってくると、市民の潜在的な不安心理は次第に膨らんでいきます。

石油・天然ガスという巨大利権のため欧米は中東・北アフリカへの介入を繰り返してきました。がしかし、今後、再生可能エネルギーへの代替が進み、経済における石油・天然ガスの重要性が低下すると、欧米は中東・北アフリカから撤退していく可能性があります。

それが果たしてコービンの主張するようにテロの縮小につながるのか。サウジアラビアのイエメン介入に見られるように、筆者には、欧米という重しを失った中東・北アフリカがさらに混迷を深めるリスクが高まるようにも思えるのですが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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