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北朝鮮・プーチンVSトランプ 米本土とらえる射程8000キロ「火星14」の衝撃 完成まで最短で1年

木村正人在英国際ジャーナリスト
2015年軍事パレードのKN-14。「火星14」と似ている(KCNAより)

ツイートだけが心の支え

[ロンドン発]20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれるドイツのハンブルクに到着したアメリカの大統領ドナルド・トランプは7日、ロシアの大統領ウラジミール・プーチンと初の首脳会談に臨みます。アメリカ国内ではロシアとの関係をめぐる疑惑(ロシアゲート)の捜査が進んでおり、初の首脳会談はどう見てもプーチンペースで進みそうです。

得意のツイートでプーチンとの首脳会談について言及したトランプの関心を見ておきましょう。

(1)シリア内戦やウクライナと親ロシア派武装勢力の紛争の収拾

(2)テロを欧米に輸出する過激派組織IS(イスラム国)対策

(3)初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」発射実験に成功した北朝鮮の核・ミサイル開発の阻止

(4)米露関係を改善する

ことです。ロシアがサイバー攻撃で昨年のアメリカ大統領選に介入したことはトランプに有利に働いたため、知らぬ顔の半兵衛を決め込むでしょう。

一方、プーチンの関心は――。

(1)クリミア併合やウクライナ東部紛争介入に対する欧米の制裁の解除

(2)シリアのアサド政権の維持、中東での米露協力

(3)アメリカがルーマニアとポーランドに設置したミサイル防衛(MD)網の撤去

(4)北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるためアメリカと韓国の軍事演習凍結を要求

(5)国際政治のおけるロシアの存在感を誇示

することです。面子を重んじるプーチンがトランプに妥協することはあり得ないでしょう。譲歩するのはトランプになるため、初の首脳会談が決裂するにしても合意するにしても勝者はプーチンでしょう。

ここまで進んだ北朝鮮の核・ミサイル開発

北朝鮮が発射実験に成功したICBM「火星14」は2015年の軍事パレードでお披露目されたKN-14に非常に形が似ています。しかし、米ジョン・ホプキンス大学の米韓研究所が運営する北朝鮮分析サイト「38ノース」によると、KN-14 は第1ステージのエンジンが2つなのに対して、「火星14」は1つのメインエンジンの回りに軌道を調整する4つの小さな補助エンジンが付いていました。

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アメリカがICBMと呼んでいるのはロシアからアメリカに到達できる5500キロメートル以上飛翔できるミサイルで、尺度は冷戦時代のなごりです。

グーグルマップで作成、写真はKCNA
グーグルマップで作成、写真はKCNA

北朝鮮が発表した到達高度2802キロメートル、到達距離933キロメートル、飛翔時間39分をもとに計算すると、意図的に高く打ち上げる「ロフテッド軌道」ではない「スタンダード軌道」なら7000キロメートル(アラスカ州、グアムに到達)、地球の自転を利用できる東方向に打てば8000キロメートル(ハワイ州に到達)は飛んでいたそうです(戦略国際問題研究所の上級研究員トーマス・カラコ)。

北朝鮮のICBMがワシントンなどアメリカ東海岸に到達するためには少なくとも1万キロメートルは飛翔する必要があります。「38ノース」は「このミサイルが戦時下に信頼性を持って正確にアメリカ本土の要所を攻撃するためにはおそらく、あと1~2年はかかる」「しかし脅威の外交的、政治的な影響に我々が直面するのに数年はかからないだろう」と分析しています。

アメリカのミサイル防衛に使われている弾道ミサイル迎撃ミサイル( Ground Based Interceptor)は、慣性で大気圏外を飛行するミッドコース段階の迎撃システムです。その実験で18回中、直近の2回を含め10回迎撃に成功しています。

今年5月に行われた最新の実験では初めてICBM級のターゲットを破壊するのに成功しています。アメリカ国防総省は「少数の中距離、大陸間弾道ミサイルからアメリカ本土を防衛する能力を示した」として評価を引き上げています。

中露の戦略

北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるカギを握っているのはこれまでのエントリーで何度も指摘してきたように中国です。

日米韓は「核・ミサイル開発に突き進むか、平和と経済発展を取るのか」と経済制裁を強化して北朝鮮に二者択一を迫ってきました。これに対して北朝鮮の最高指導者、金正恩は「核・ミサイル開発も、経済発展も」の並進路線を完全に軌道に乗せています。

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上のグラフで2015年に北朝鮮の対中国貿易が落ち込んだのは経済制裁ではなく、中国経済が減速したのが原因です。しかし石炭を除いて対中国貿易は再び拡大しており、この調子で行けば北朝鮮は間もなく貿易黒字国になりそうな勢いです。

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北朝鮮は毎年貿易赤字を積み上げています。にもかかわらず、核・ミサイル開発をどんどん進めることができたのは中国が経済制裁で協力するふりをしながら実際には手加減してきたからです。北朝鮮貿易の対中国依存度は今や90%を超えています。

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国連安全保障理事会の常任理事国である中国とロシアは、北朝鮮の核・ミサイル開発を凍結したかったら、まずアメリカと韓国の軍事演習を止めよと要求しています。北朝鮮のICBM実験を奇貨として、アジアにおけるアメリカの軍事的なプレゼンスを弱めようとしているのは間違いありません。

北朝鮮の弾道ミサイルがアメリカ本土に到達する段になってあわて始めたアメリカですが、韓国や日本が北朝鮮の核ミサイルの射程に入る前に、どうしてもっと強硬な措置を取らなかったのかと悔やまれてなりません。

「戦略的忍耐だ」と言って8年間手をこまぬき続けたアメリカの前大統領バラク・オバマが残したツケはあまりにも大きいと言わざるを得ません。

トランプは北朝鮮を事実上の「核兵器保有国」として扱うようになるのでしょうか。それとも中国に圧力をかけて北朝鮮の核・ミサイル開発を凍結させることができるのでしょうか。しかし、貿易問題で同盟国の韓国や日本、ドイツを叩くことにご執心なトランプに何を期待できるのでしょう。

日本には非常に厳しい現実が突き付けられています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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