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ISのカリフ国家「イスラム国」年内崩壊へ 一目で分かる3年の興亡

木村正人在英国際ジャーナリスト
過激派組織「イスラム国」(IS)の指導者バクダディ(写真:ロイター/アフロ)

過激派組織「イスラム国」(IS)の指導者バクダディ(注1)が「カリフ国家」(注2)の樹立を宣言してから6月29日でまる3年。イギリスなど欧州やアジアにテロを輸出しているISですが、本拠地のイラクやシリアでの支配地域をピーク時の2015年1月から60%も失い、収入も80%減りました。

国際コンサルティング会社IHSマーキットの調べで分かりました。それによると、ISのイラクやシリアでの支配面積は下のグラフのようになります。

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現在は3万6200平方キロメートルで、ベルギーやアメリカのメリーランド州と同じ大きさです。今年に入ってからも40%の支配地域を失っており、欧州や中東から外国人兵士が大量に流入した一時の勢いはありません。

IHSマーキットの上級中東アナリストは「カリフ国家樹立を宣言してから3年、ISの急激な興亡から、彼らの統治が失敗したのは明らかです。年内にカリフ国家は崩壊し、最終的に孤立する形で残った都市も来年には奪還されるでしょう」と指摘しています。

シリアのクルド人民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」と複数のアラブ系反政府勢力などの同盟組織「シリア民主軍」をアメリカ軍が支援し、ISが「首都」と称するシリア北部ラッカ(Raqqa)郊外に進撃。シリア政府軍も北東部デリゾール(Deir al-Zour)に向かっています。

イラク政府軍やイランが支援する武装組織もイラク第2の都市モスル(Mosul)での作戦が終了したら、ハウィジャ(Hawija)、タッル・アファル(Tal Afar)、キム(Al-Qaim)を奪還する準備を整えています。

IHSマーキット提供
IHSマーキット提供

一体、ISはどれぐらいの支配地域を失ったのでしょう。黒色が現在の支配地域です。肌色が17年に失った地域、赤色が16年に、赤茶色が15年にそれぞれ失った地域です。黄緑色が今年、ISが奪った地域ですが、全く目立ちません。

支配地域の縮小に伴って、ISの資金源も急激に細っています。

IHSマーキット提供
IHSマーキット提供

15年第2四半期の8100万ドルから今年第2四半期には1600万ドルに減っています。実に80%の減少です。ISの主な資金源は支配地域での課税や没収ですが、3900万ドルから800万ドルに激減(79%減)。石油やガスの販売収入も3300万ドルから400万ドルに減っています(88%減)。

IHSマーキットの別の上級中東アナリストは「支配地域を失ったことが資金源にも大きく響いています。人口の多いモスルや石油が豊富に出るシリアのラッカやホムス(Homs)を失ったことが大きいでしょう」と分析しています。

「ISは資金不足を埋めるため課税や罰金を増やそうにも限界に達しているように見受けられます。依然として石油の生産など経済活動に関与しています」

「がしかし、ISはカリフ国に住む人々の経済取引を昨年発表した独自通貨で行うよう強制しています。戦時経済に移行し、通貨発行益で戦闘行為の資金を捻出しようとしています」

ISを打ち負かすためには、イラクやシリアで軍事的に追い込んでいくことも重要ですが、それだけではISへの支持者を減らすことはできません。

ISがプロモーション動画を制作する量も劇的に減ってきています。それでも、イギリスで続発したテロを見れば分かるように欧州やアジアに散らばるISシンパへの影響力は維持しています。

IHSマーキットによると、エジプトやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE )は若者の過激化を防いだり、イスラム教の聖職者に解釈の近代化を促したりしていますが、これが反動を生み、若者をテロに走らせる逆効果をもたらしています。

欧米諸国での過激化対策も同じような悪循環を広げています。ISが崩壊に近づけば近づくほど、欧州やアジアでのテロのリスクは高まる危険性があるので、十分な警戒が求められています。

(注1)アブ・バクル・アル・バグダディ・アル・フッセイニ・アル・クレイシ(Abu Bakr al-Baghdadi al-Husseini al-Quraishi)。

「バグダディ」はアラビア語で「バグダッドの人」を意味する。2003年の米軍のイラク侵攻後、イスラム教スンニ派武装組織の結成に関与し、06年に「イラク・イスラム国」(当時)に合流して最高指導者に就任した。

何度も死亡情報が流れているが、最終確認はされていない。

(注2)カリフとは預言者ムハンマドの後継者の意味で、イスラム国家最高権威者の称。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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