深読み!イギリス総選挙 カネ持ち攻撃で強硬左派ジェレミー・コービンは復活した
25ポイント差が5ポイントまで縮まった
[ロンドン発]与党・保守党の地滑り的勝利と予想されてきたイギリスの総選挙が風雲急を告げてきました。最大野党・労働党の党首ジェレミー・コービンが富裕層攻撃に加え、緊縮財政の即時撤回と大胆な公共投資を柱とするマニフェスト(政権公約)を発表してから労働党の支持率は急上昇、最大25ポイント開いていた差はなんと一気に5ポイントまで縮まりました。
政界は本当に一寸先は闇です。
「マンチェスターで起きた自爆テロはどこで起きてもおかしくない」「わが国の外交政策はテロの脅威を減らすどころか、逆に増やしている」―― 死者22人、負傷者116人を出したマンチェスターの自爆テロについて、アフガニスタン、イラク戦争、リビアやシリアへの軍事介入に徹底して反対してきたコービンは演説で訴えました。
コービンの「反戦演説」は吉と出るのか、凶と出るのか。選挙結果は、欧州連合(EU)離脱交渉の行方を大きく左右するだけに目を離せなくなってきました。
マンチェスターの自爆テロで選挙活動は3日間自粛されましたが、26日から再開。反戦主義、非暴力主義者のコービンは演説でこう力を込めました。
「対テロ戦争は全く機能していないことを認める勇気を持たねばならない」「もし労働党が総選挙に勝利して政権につけば、国内外でテロ対策を変更する」
「わが国の情報機関や治安当局の関係者を含む多くの専門家はイギリス政府が関与する海外での戦争と国内でのテロの間には関連性があると指摘している」
「テロリズムの原因を深く理解することは、テロリズムを助長させるのではなく国民を守る効果的なテロ対策を進める上で欠かせない」
爆弾を落とすたびにテロリストが増える現実
旧ソ連のアフガン侵攻、アメリカの大統領ジョージ・W・ブッシュ(Jr.)とイギリスの首相トニー・ブレアが主導したアフガン、イラク戦争、「アラブの春」と呼ばれた中東民主化運動をきっかけとしたリビアやシリアの内戦に乗じて、国際テロ組織アルカイダや過激派組織IS(イスラム国)は勢力を広げてきました。
爆弾を落としてテロリストを1人殺すたびに、10倍のテロリストを生み出しているとも言われます。
これまでの対テロ戦争が国内におけるテロの脅威を拡大してきたのはコービンの指摘している通りです。
しかし、マンチェスターの自爆テロがあった直後に、しかも背景のISネットワークが解明されもしないうちに、対テロ戦争の失敗を指摘するのは賢明ではありません。ISにさらなるテロを実行する口実を与えるからです。
さらにテロ対策には一貫性が求められるため、総選挙の争点にするのは適当ではありません。
一方、イタリアのシシリー島で開かれている先進7カ国(G7)首脳会議に出席している首相テリーザ・メイ(保守党党首)はテロ対策のセッションで議長を務め、オンラインを通じて過激主義が広がる危険性を指摘する予定です。
総選挙中に外交を行うことは、内政を疎かにしている印象を有権者に与えるため支持率にはプラスに働きません。
テロ対策で仕方なかったとは言え、マンチェスターで開かれた犠牲者の追悼集会に労働党や自由民主党の党首が参列する中、メイ1人が顔を出さなかったのも大きなマイナスでした。
ブレグジット・ブームの富裕層を攻撃せよ!
リーダーシップに欠けるコービンに、メイは「EU離脱交渉の舵取りを任せられるのは私、それともコービン?」と総選挙の争点をブレグジット1点に絞って有権者に問いかけています。
これに対して、事実上の共産主義者コービンは、中産階級にターゲットを絞ってきたブレア以降の「ニューレーバー(新しい労働党)」路線を全面否定し、資本家vs労働者の階級闘争を思い起こさせる富裕層攻撃を展開しています。
毎年、イギリスの長者1000人を発表している高級日曜紙サンデー・タイムズによると、今年のトップ長者500人の個人や家族の資産を合わせると、2016年の長者1000人の合計資産より多くなったそうです。
コービンは「この1年間で、長者1000人は資産を14%(830億ポンド)増やし、合計では6580億ポンドに達した。NHS(国民医療サービス)予算の実に6倍だ」と批判の矛先を向けました。イギリスのEU離脱決定で、通貨ポンドが下落し、株式などの資産バブルが加速したのが原因です。
「公共セクターの労働者の給料が年に14%も上昇するだろうか。しかし保守党政権下で富裕層は減税され、金持ちはさらに金持ちになった。制度は金持ちに有利になるようにごまかされている」と、コービンは語気を強めています。
アメリカ大統領選の民主党指名候補選びで自称・民主社会主義者バーニー・サンダースが、フランス大統領選の第1回目投票で反骨の急進左派、左翼党共同党首ジャン=リュック・メランションが大旋風を巻き起こしたように、コービンもイギリスの総選挙で嵐を起こそうとしています。
昨年6月のEU国民投票で離脱派の「ボウト・リーブ」会長を務めた元労働党下院議員ジゼラ・スチュアートは筆者にこう語りました。「メディアの熱狂がどれだけコービンへの投票につながるか。コービンのサポーターが声援だけでなく、投票に行くことを期待しているわ」
(おわり)