Yahoo!ニュース

マンチェスター自爆テロ 即席爆発装置のバッテリーは強力な日本製だった

木村正人在英国際ジャーナリスト
団結を訴えるマンチェスター市民(23日、筆者撮影)

ISリビア・ネットワークの影

[マンチェスター、ロンドン発]米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の電子版に5月24日、8歳の少女を含む22人が死亡、64人が負傷した自爆テロで使われた即席爆発装置(IED)の残留物のスクープ写真が掲載されました。

マンチェスター警察による現場の鑑識活動で撮影された証拠写真8点で、インテリジェンスを共有するUKUSA合意に基づいてイギリスがアメリカに提供した機密情報が間髪おかずNYT紙にリークされたことにイギリス政府もマンチェスター警察も激怒しています。

今回は、犠牲者の数に始まり、自爆テロであること、自爆テロ犯の名前がアメリカ・メディアによって先行して報じられました。自爆テロ犯がマンチェスター生まれのリビア難民2世、サルマン・アベディ(22)だとアメリカ・メディアのCBSやNBCがスクープし、詳細を報道するに及んで、イギリスの内相アンバー・ラッドは「このようなことが2度と起こらないようにしてほしい」とカウンターパートの米情報機関に厳重に抗議しました。

IEDの「製造工場」が分からず、アベディの背後で過激派組織IS(イスラム国)のリビア・ネットワークが動いている疑いがあったからです。イギリスではアベディの兄(23)を含む男8人、女1人が逮捕されました。リビアにいる父親や弟(20)もISとの関係が疑われ、拘束されています。

リークしたのはホワイトハウスか

イギリス側の厳重な抗議にもかかわらず、今度はIEDの残留物の写真がNYT紙によってスクープされました。

警察からイギリスの情報機関を経て、アメリカの情報機関、ホワイトハウスのルートで共有されたインテリジェンスが一方的にリークされた動かぬ証拠です。テロ対策を進める上で、最も大切なのはカウンターパートを信頼してインテリジェンスを共有することです。

自爆テロ犯4人を含む56人が犠牲になった2005年のロンドン同時爆破テロでは、イギリスの情報機関と警察が情報を隠し合ってテロ犯の動きをつかみ損ねる致命的な失敗を犯しています。共有の前提となるのが「保秘」です。

警察活動やテロ対策は市民の信頼と情報提供の上に成り立っており、警察に協力した話がすべてアメリカ・メディアに筒抜けになっている状況では、もう誰も警察に協力しなくなるでしょう。これはあってはならないことです。

イギリスの首相テリーザ・メイが25日にブリュッセルで開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議でアメリカの大統領ドナルド・トランプに「リークは長く続いている」と抗議しました。トランプは「司法省に調査を命ずる。漏洩が見つかれば起訴する」と応じました。

筆者はしかし、トランプ政権がメディアとの敵対的な関係を修復するため、マンチェスターの自爆テロの情報をアメリカ・メディアにリークしている可能性があるとみています。

吹き飛んだ自爆テロ犯の胴体

NYT紙の報道では、アベディは黒色のベストか、総合アウトドアブランドの青色バックパックの中に軽量金属ケースのIEDを隠し持ち、左手の小さなスイッチで起爆したとみられています。飛び散ったナットやネジは金属製のドアを貫通し、ブロック壁にも深い傷を残していました。爆心のアベディから犠牲者は円を描くように倒れていました。

アベディの胴体はアリーナの入り口の方に吹き飛んでおり、筆者に「コンサート会場の出口に向かって階段を上っている時、突然、オレンジ色のフラッシュがドアの窓ガラスを通して光ったんです。人が吹っ飛んでいくのが見えました」と話したベターヌ・キーリー(21)の証言と状況が一致します。

「人が吹っ飛んでいくのが見えた」と証言したベターヌ・キーリー(右、筆者撮影)
「人が吹っ飛んでいくのが見えた」と証言したベターヌ・キーリー(右、筆者撮影)

これはIEDの入ったバックパックが爆発し、胴体が前に吹き飛んだからとみられています。不発を避けて絶対に爆発するように、強力な日本のユアサ製12ボルトのバッテリー(約20ドル)が使われていました。

アベディはリビアに帰国し、マンチェスターに戻ったばかりでした。こうしたことからアベディは、破壊力のあるIEDを作ることができるISリビア・ネットワークの支援を受けていた可能性が強いとイギリスの治安当局はみています。

IEDは21世紀の大砲

ロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)の戦略コメント(2012年8月)によると、製造費が安く、使い方が単純で効果抜群のIEDはイラク、アフガニスタンでの戦争で一気に広がり、シリア内戦でも広く使われています。イラクやアフガンで死亡したアメリカ軍やイギリス軍などの外国人兵士の70%近くがIEDの犠牲になっています。

アメリカ軍やイギリス軍がIED対策に費やした資金は数百億ドルにのぼりますが、1個当たりの製造コストが30ドルに満たないIEDがもたらす人的被害、心理的効果は絶大です。いつどこで爆発するか分からないため、部隊に恐怖心を植え付け、士気を低下させるIEDは「21世紀の大砲」とも呼ばれています。

IISSの地上戦上級研究員ベン・バーリーは筆者の質問に「IRA(アイルランド共和軍)の時代は効果的な爆弾製造法が広がるのに25年かかったが、イラク戦争ではわずか1年の間に拡散した。インターネットを通じて製造方法や実際に使った経験が素早く共有された」と指摘します。元秘密情報部(MI6)副長官のナイジェル・インクスターも「こうした写真からアイデアを得て、実行に移す恐れがある」とNYT紙へのリークに対して警鐘を鳴らしました。

イギリスの調査機関コンフリクト・アーマメント・リサーチが欧州連合(EU)の支援を受けて行った調査では、イラクやシリアでISが使用しているIEDの部品は20カ国50社製の市販品で、取り締まりが難しいものばかりでした。ちなみに信号中継装置は日本のNECトーキン製でした。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事