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「世界の警察官」復活 孤立主義者トランプが豹変した理由とは?

木村正人在英国際ジャーナリスト
米、シリア国軍基地にミサイル攻撃 トランプ氏が会見(写真:ロイター/アフロ)

トマホーク59発が撃ち込まれた

アメリカの大統領トランプは4月6日夜(日本時間7日午前)、米中首脳会談のため滞在しているフロリダ州パームビーチで「化学兵器攻撃を行ったシリアの空軍基地への攻撃を指示した」との声明を読み上げました。

米国防総省の発表では、日本時間7日午前9時40分、アメリカのミサイル駆逐艦ポーターとロスの2隻から巡航ミサイル(トマホーク)59発がシリア西部ホムスのシャイラト空軍基地に撃ち込まれました。攻撃機や格納庫、航空燃料の貯蔵タンク、防空システムやレーダーなどが破壊されました。

空爆されたシャイラト空軍基地(グーグルマイマップより)
空爆されたシャイラト空軍基地(グーグルマイマップより)

シャイラト空軍基地は化学兵器の貯蔵に使われており、米情報機関は、少なくとも80人が死んだ化学兵器による4月4日の攻撃は同空軍基地から飛び立った攻撃機が行ったと分析しています。アメリカ軍はシャイラト空軍基地を拠点にするロシア軍、シリア軍兵士に犠牲者が出るリスクを最小限にするよう事前に警告したと説明しています。

グーグルマイマップで作成
グーグルマイマップで作成

シリア軍は「空爆によって6人が死亡し、シャイラト空軍基地に大きな被害が出た」と発表。ロシアのペスコフ大統領報道官は7日、「国際法違反である主権国家への攻撃だ。攻撃のための口実をでっち上げた」と猛反発しています。

オバマのUターン

アメリカの前大統領オバマ時代の2013年8月にもシリアの首都ダマスカス近郊12カ所でサリンなどを混合した化学兵器が使用され、1429人以上の犠牲者が出たことがあります。うち426人が子供でした。オバマはシリアの大統領アサドに対し、化学兵器使用をレッドライン(越えてはならない一線)と明言していました。誰もがアメリカは攻撃に踏み切ると見ていました。

しかしアメリカの盟友であるイギリスの下院が7時間の審議の末、シリアへの軍事介入を否決。オバマも土壇場で前代未聞のUターンをし、「米国は世界の警察官ではない」と宣言。ロシアの大統領プーチンが提案したシリアの化学兵器を国際管理する計画に飛びつき、シリアに化学兵器を廃棄させる枠組みで合意しました。

オバマの弱腰を見て取ったプーチンはウクライナのクリミア併合を強行、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力を支援して紛争を泥沼化させた上、アサド政権を支えるためシリアに軍事介入しました。中東における軍事作戦は旧ソ連時代を通じて初めてのことでした。

アサド政権の化学兵器使用に対してオバマが手をこまねいてしまったことが世界の平和と安全を大きく損なった面は否めません。

トランプ支持の声広がる

安倍晋三首相は7日、「世界の平和と安全に対するトランプ米大統領の強いコミットメントを高く評価している」と述べ、イギリス政府もアメリカの攻撃を全面的に支援しました。

トランプが読み上げた声明を見ると、「アメリカが正義の側にいる限り、平和と調和が勝利することを願う」と、大統領選の期間中さんざん強調した孤立主義はどこかに消えてしまったようです。トランプは5日の記者会見で「アサド政権はレッドラインをいくつも越えた。子供への攻撃は大きな衝撃だった。シリアとアサド大統領への私の考え方は大きく変わった」と述べています。

IISSアメリカのフィッツパトリック本部長と筆者
IISSアメリカのフィッツパトリック本部長と筆者

今回のアメリカによるシリア攻撃について、前日の北朝鮮問題に引き続き、シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)アメリカのマーク・フィッツパトリック本部長に尋ねてみました。フィッツパトリック本部長はロンドン滞在中です。

――トランプはもともと孤立主義的な外交政策を唱えていました。一方、トランプ政権の中には伝統的な共和党の外交政策を主張する勢力もいます。政権内でどんな動きがあったのでしょう

フィッツパトリック本部長「今回のシリア空爆からうかがえるのは、(レッドラインを超えた場合には断固たる措置をとる)伝統的な共和党の外交政策が継続されるということです。トランプ政権内には共和党伝統の強健な外交政策と孤立主義的な傾向の対立による緊張がありましたが、強健な外交政策に向かい始めました」

「ホワイトハウスの個人的な変化も空爆に踏み切った理由の一つでしょう。アサドの化学兵器使用による壊滅的なインパクトを目の当たりにしたトランプ自身が心を変えました。トランプは記者会見で『シリアとアサド大統領への私の考え方は大きく変わった』と言っています」

「私は、今回の空爆は、アメリカは『世界の警察官』であることから退却しない、『世界の警察官』であり続けることを示していると思います」

――トランプ政権内で伝統的な共和党の外交政策を主張しているキーパーソンは誰ですか

「アメリカ軍の司令官だった人たちです。(ロシアスキャンダルで辞任したマイケル・フリンの後を引き受けた)国家安全保障問題担当大統領補佐官のハーバート・マクマスター(陸軍中将)や国防長官ジェームズ・マティス(海兵隊大将)です。この2人が中心になってシリア空爆を主張し、政権を説得したのでしょう」

――これでアメリカの外交政策は予測や理解がしやすくなったと言えるのでしょうか

「その通りです。民主党の前国務長官ヒラリー・クリントンが大統領になっても全く同じことをしていたでしょう。1度限りの攻撃で、化学兵器を破壊する作戦をとっていたはずです。この政策は支持できます。私も支持します。なぜならアサドは化学兵器の使用をやめることができないからです」

――13年にシリア軍事介入を断念したオバマの判断は間違っていたのでしょうか

「オバマ前大統領が間違っていたと言っているわけではありません。オバマの政策によってシリアの化学兵器の多くが取り除かれました。しかし今、新しい大統領がホワイトハウスに入り、シリアでまた化学兵器が使用されるという新しい事態が起きました。トランプ大統領の対応は適切だったのです」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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