週刊文春に抜かれ続ける「朝駆け・夜討ち」なら今すぐ止めてしまえ

大手メディアをごぼう抜きする週刊文春(筆者撮影)

国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどを通じ中東・北アフリカで子供支援に関わってきた田邑恵子さんと引き続き、伝えるということについて考えてみました。

――報道することの意義VS負のインパクトをどう回避するか?

田邑恵子

「東日本大震災発生後、それこそ数多くの被災された方々のインタビューが報道されました。その中で私の印象に強く残っているのは、石巻市の大川小学校の男児のインタビューです。津波に洗われながらも生き残った彼の元には数多くのメディアが訪れました。震災から5年後の今年3月のインタビューで彼が胸の内を明かしているのを見ました。『津波の話をTVでする度にフラッシュバックというか、津波の時のことを思い出して辛かった。でも助かった自分は、辛さを超えて津波の怖さを伝えなければいけないと思って、話すことにした』というものでした。彼は津波の体験を語ることでさらされた精神的な負担について自らの口から語っています。同時に、彼には明確な使命感がありました」

前回のエントリーで触れた『何のために伝えるのか?』という災害報道の原則を、実は取材した記者さんよりも、この男児の方が明確に意識しているのではないかと思えるくらいです。このケースのように大変なショックを受けた出来事について語ることは、精神的な痛み、時には身体的な不調を伴い、パンドラの箱を開けるように辛い思い出が次から次へと飛び出す結果を招きかねません。それでも『後世の人のためにと思って頑張ろうと思った』という自覚がある点、辛さとのやりくりがつけやすかったのかもしれません」

木村正人

「この問題は災害報道に限らず、昔から事件報道で生じている問題です。筆者が新聞記者になった1984年に共同通信社の浅野健一さんが『犯罪報道の犯罪』を発表されました。77年に出版された朝日新聞出身の上前淳一郎さんの『支店長はなぜ死んだか』と並んで、新聞記者なら必ずと言って良いほどこの2冊の本は読んでいるはずです。日本を離れてもう9年になるので、災害報道をめぐってどんな本が出版されているか把握していないのですが、今は新聞の経営がどうなるか、インターネット上の新興メディアにどう対応していくかという議論ばかりが聞こえてきます」

「被災体験や遺族を亡くした悲しみが取材によってどうよみがえってくるのか、メディアイベントのワークショップで議論され、知識としてジャーナリスト全員に共有されていると良いのですが…。日本新聞協会のサイトに『災害』と打って出てくる項目を見ると、災害時における報道要請に関する協定(モデル)や災害時における報道関係車両の取扱いについて(警察庁のガイドライン)が一番上に出てきます。恵子さんが指摘されているような問題意識はまだ全体に行き渡っていないのかもしれません」

「もう20年以上、日本の新聞業界はインターネットの普及に伴う収益悪化と旧日本軍慰安婦をめぐる日本国内の『ベルリンの壁』(朝日新聞VS産経新聞)に足を取られ、昔のように自ら問題提起をしていく力を失ってしまったのかもしれません。英国では大学、メディア関係者、団体、シンクタンクが中心になってメディアのワークショップを開き、外交官、国際NGO、メディアパーソンが盛んに意見交換を行っています。またPR会社が事件に巻き込まれた被害者遺族の依頼で間に立ってメディアスクラムや報道被害を回避する仕組みも定着しています」

田邑恵子

「以前、木村さんからもお伺いしましたが、日本の報道関係者は『ジェネラリスト』が多いですね。海外のメディアですと、中東問題を追いかけて20年とか、本社で出世するよりも、地域のスペシャリストとして書き続けている方にしょっちゅうお会いします。深い知識と分析に支えられ、彼らの書く記事は読み応えがあります。この辺りは国内ですと、どうなんでしょうか?皆さん、それぞれの専門をお持ちなのでしょうか?色々な専門家との連携のあり方はどうなんでしょうか?」

「たまたま日本帰国中に機会があり、ワシントン・ポストなどの英語系メディアにスタッフライターあるいはフリーランスとして活動されている4人の女性ジャーナリストが日本での活動経験について語るイベントに参加しました。特に興味深かったのは日本の特異性としての記者クラブの存在について『極めて日本的で、どのマスコミも同じ情報を入手できるようになっている仕組み。基本的に日本の新聞社にスクープを取るという意識は薄いように感じる』と話されているのが印象的でした。また、政府関係者のインタビューにしても『本音』を聞き出すことが難しい、あるいは『本音』は『あれはまずかったので』事後にカットしてくれと頼まれることが多いとの談話でした」

「日本の新聞記者の方のお話で時として感じるのは、風通しの悪さですかね?やりたいと思う企画が『デスクで通らない』というコメントを何度も伺いました。人道支援団体などは、そういったヒエラルキーがとても薄いことが多いので『なぜ、このプロジェクト(あるいは記事/企画)が必要か』の決定が合意的に形成されることが多いと思います。いわば、意思決定できる層が下まで降りて来ていて、個々のスタッフの裁量の幅が比較的広い。そこが政府系や国連との違いで、NGOの仕事の魅力のひとつでもあります」

木村正人

「よく海外メディアとの比較で日本の記者クラブの閉鎖性が指摘されますが、これはロンドンにもワシントンにも表には見えにくい日本の記者クラブのような仕組みはあります。権力によるメディア選別はどこの国にもあって、日本だけがすごく閉鎖的というわけではありません。日本の特派員がロンドンやワシントンで地元メディアと同レベルでは取材できないように、欧米メディアが日本では日本メディアと同じように取材できないことに文句を言っているだけです」

「記者クラブも筆者が新人の時代は『虎の穴』のようなところで、油断も隙もない抜き合いのバトルグラウンドでした。抜かれた次の異動で地方に飛ばされて、ハイ、サヨウナラというのが日常でした。しかしいつの間にか権力による情報操作、メディアコントロールの場になってしまったと批判されるようになりました。しかし、これはワシントンでもロンドンでも同じことですよ。日本では賢い若者が新聞社に就職するようになり、行儀の良い上品な記者が増えてしまったような印象も受けます。塀の上を歩きながら調査報道に取り組むガッツある新聞記者は今は週刊文春で働いているような気がします」

「インタビューについてですが、日本の政治にはまだスピンドクター(報道対策の専門家)が育っておらず、大手の電通任せというのが実情でしょう。英国政治のようにスピンドクターやストラテジストが振り付けをしていると、インタビューが終わってから、これは言い過ぎましたと削除を求める必要もありません。政治家のサウンドバイト(見出しになるような言葉)を右から左に流す欧米メディアも褒められたものではないと思いますが」

「日本にも専門性の非常に高い記者はたくさんいます。ただ順繰り人事で次第に紙面に露出する機会が少なくなり、いつの間にか大学の教授に転出というケースが多いですね。恵子さんの場合、国際機関や国際NGOで働かれていたので転職する機会が多かったのではないでしょうか。海外では一つのテーマを追いかけながら転職をして多角的な視点を身に着けるエコシステム(生態系)が出来上がっています」

「英国ではジャーナリストの給料は非常に安いので、企業や国際機関のPRパーソン、金融機関のリポートライターに転職するケースが少なくありません。デジタルメディアのイベントでも白髪の人が目立ちます。それでも記者になってみたいというパーパス(目的)優先の若者もいます。何とかファイナンス(資金繰り)をしながら、とにかく走れるところまで走ってみようという感じですね」

――調査目的だけの聞き取り調査は「御法度」

田邑恵子

「犯罪被害を受けた人への取材のガイドラインなどはどうなっているのでしょうか?刑事裁判などでは、被害者はビデオ証言の提出が認められ、繰り返し、繰り返し証言をしなくてはならない苦痛を回避できるように進展がありました。人道支援の現場では、性暴力の被害にあった方々のお話を伺う時、『被害にあった方々に提供できるサービス、情報がない場合、調査目的だけで聞き取りをすることは控えるべきである』という原則を心掛けています。下記の2つの事例を比較してみましょう。調査する人間が、辛い経験について根掘り葉掘り質問をします。辛い記憶が蘇ることもあるでしょうし、それらが身体的な反応(震え、吐き気など)となって現れるかもしれません。仮に2人の異なる調査者の対応を比較してみましょう」

「最初の調査者は聞き取りの最後に『大変参考になるお話をありがとうございました。頂いた情報はとても役に立つと思います。ありがとうございました』とお礼を言い、辛い気持ちを思い出してしまった被害者の方を置き去りにして立ち去りました」

「もう一人は『頂いた情報は、来年出版予定のハンドブックに反映させ、それを使った研修も実施して、同じような被害が発生することのないように役立てる予定です。お話をしていただいたことで、辛い思いがよみがえったことを申し訳なく思います。もっと話をして心を落ち着かせたいということであれば、私どものカウンセリングスタッフが再度訪問させていただけます。また、この地域では、○○という団体が同じような経験をされた方を中心にした活動を毎週末、提供しています。ご希望があれば、私たちから先方に連絡して、一度訪問してもらうように手配できますが、ご希望を教えてもらえますか?』と選択肢の提示をすることができます」

「この2つの事例では、どちらの調査者がより被害を受けた方の気持ちに寄り添った対応を取れているでしょうか?そして、これは組織として、無駄に被害を繰り返させないための『アカウンタビリティ(責任)』の問題でもあります。この辺り、報道機関としての『コンプリアンス(行動規範)』の中に含まれるべきではないでしょうか?例えば、安全対策にしても人道支援団体が特定の危険地に入る場合は、防火や地雷啓発、人質になった場合の対処方法などの数日間に渡る研修が義務づけられ、そして初めて現地に入ることができます。災害現場に入る記者の方への安全対策の取り組みはないように見受けられるのですが」

木村正人

「犯罪報道では朝日新聞の報道ガイドラインは相当、完成度が高いと思います。でも評価が定まったものはニュース性がなくなり、頭を打ちながら走り続けるしかありません。ジャーナリズムは学ぶものではありません。やってみるものです。少しの失敗も許さなくなった日本の硬直性がどの分野でも社会の進歩を阻んでいます」

「専門分野を持った記者の中には意識の高い人もいるかもしれませんが、全体を見渡すとそこまでレベルが高まっているとは思えません。むりへんに、げんこつの現場教育がまだまかり通っているのでしょうか。民間支援団体から専門知識と経験を持った人材が新聞社にスピンアウトしてくれば良いのですが、どうも新聞記者を辞めて医者になったり、弁護士になったり、人道支援団体に転職する例を耳にします」

「筆者が主宰するつぶやいたろうラボ(旧つぶやいたろうジャーナリズム塾)でも、あなたのような人(医者、当時は米ハーバード大学で研究しながらラボに参加)が新聞社の編集局にいてくれたら新聞報道の質もかなり高くなると話したことが何度もあります。現在の新聞社というプラットフォームの中でもテレビ会議サービスを使って民間支援団体や大学の研究室と編集局をつないだり、人材を交流させたりすれば、これまでと違った観点から報道ができるのではないでしょうか」

「私の場合は、最初に恵子さんが送ってきてくださったシリア難民の原稿を読んで、英語とフランス語を操り、そしてアラビア語も少しは分かり、豊富な現場経験に基づいてここまで取材できる人は大手新聞社の中にもなかなかいないぞと思い、基本的な注意事項だけを確認して、Yahoo!Japanニュース個人のエントリーを通じて情報発信に協力しました。筆者1人のマイクロメディアなので十分なお礼はとてもできていませんが…」

――「伝える」だけを超えるために~災害報道のあるべき姿とは?

田邑恵子

「大手メディアにはできない取り組みや今回のようなパートナーシップのようなことができるのが、Yahoo!Japanのような新規参入メディアの魅力であり、実は強みでもありますよね。災害報道、人材交流あるいは、知識交流ということであれば、まだまだ取り組めることが数多くあると思います」

「こちらの記事で詳しく紹介されていますが、セーブ・ザ・チルドレンは報道機関の方々を対象に『子どものための心理的応急処置』の講座を実施しました。本来であれば2日間の研修のダイジェストバージョンですが、大きなショックを受けた子供たちと接する時にタブーであることについて知識を深めてもらうこと、また、専門的な支援を必要と考えられる子供たちを、どう支援ネットワークと『つなぐ』というアプローチについて紹介しています」

「いたずらに『パンドラの箱』を開けてしまわないために、報道機関の方は何を知っている必要があるでしょうか。(1)入手した情報が、どう使われるか、どう役に立つかを取材対象者に伝えることができる(2)負のインパクトについて知識がある(3)特定の介入、組織について情報を持っているあるいは紹介できる機関を知っている(4)取材をする記者のメンタルヘルスも考慮される(DMAT=災害派遣医療チーム=は通常、3-4日間派遣にて交代する体制を取っている)」

「特に3点目の連携を進めるためには、報道機関と人道支援団体との間のコミュニケーションを密にし、どういったサービスが存在するのか、あるいは人道支援団体が登録しているネットワークのリストの活用などを通じて、どんな団体がどんな活動を提供しているのか、あるいは、少なくとも団体を探すにはどこと連絡を取ればいいのかなどを知っておくことが求められるのではないでしょうか。今後、人道支援団体と報道機関、また被災された当事者の方の間で、『何を何のためにどう伝えることが求められるのか』という話し合いが進められることを願ってやみません」

木村正人

「英国で欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票が行われます。ここ数年、急速に強まってきた現象ですが、キャメロン首相をいくら取材してもこの国がどこに行くのかさっぱり分からない状況が現れています。大手世論調査会社のテクノロジストやアナリスト、ブックメーカー(賭け屋)のオッズを決めている人の方がモノの道理をよく知っているのです」

「今や権力にいくら擦り寄っても読者に必要な情報は取れません。逆にモノが見えなくなるだけです。日本でも間もなくそんな時代が来るでしょう。今は天才テクノロジストと10人の若者がいたら、とんでもなく発信力のあるメディアを作れる時代です。これからはジャーナリストではなく、伝えるマインドを持ったテクノロジストやデータサイエンティストが情報発信の核を担っていくことになるかもしれません」

「筆者が新聞社の編集幹部なら警察や検察、官庁、政治家の朝駆け夜討ちは即刻やめさせ、情報発信を阻害している古い仕組みを一掃します。大手メディアが雁首揃えて週刊文春1誌にこれだけ抜かれ放題なのは、記者の朝駆け夜討ちが形骸化してしまっているからです」

「筆者は大阪社会部の事件記者時代、総額で2億円近くタクシーを使いました。警察、検察、国税、財務局、証券取引委員会、弁護士といったソースだけでなく、闇金、証券会社、談合屋、暴力団、同和関係者からリアルタイムの情報がどんどん入ってきました。20世紀はそれが意味を持ったのです。今、形骸化した朝駆け夜討ちを止めれば、新聞社全体で相当な経費が浮くはずです」

「新聞はできた時間や経費を投入して、恵子さんが提案されているように民間支援団体や研究機関、大学など新しい情報ソースを発掘し、社会のお役にもっと立たなければいけません。筆者が産経のロンドン支局長時代に手伝ってくれたトム・ウィルソンさんは今、ロイター通信の東京支局で日本の人権問題について記事を書きまくっています」

「日本の官にソースを持っていない方が本質的な記事をかけるという見本だと思います。そうすれば志と資質を持った若者がドッと新聞社の門を叩いてくれるはずです。今の若者は高い給料よりやりがいを求めていると思います。この記事を読んで、そうだなと思われた編集幹部の方は一度、恵子さんに連絡を取ってみて下さい。損はしないと思います」

(おわり)

その「ニュース」に一体どれほどの価値がありますか?「伝えるだけ」を超えるために

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。現在はフリーランスとして活動している。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。ブログ「シリアの食卓から」syriantable@gmail.com