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「EU離脱なら英国は一番後回し」オバマの口先介入にビックリ仰天の英国

木村正人在英国際ジャーナリスト
米大統領が訪英 エリザベス女王と懇談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「英国との貿易交渉は一番後回し」

欧州連合(EU)に残留するか、それとも離脱するかを問う英国の国民投票が6月23日に迫る中、訪英した米国の大統領オバマが「もし英国がEUから離脱したら、貿易交渉の順番は一番後回しになる」「米国との貿易協定を結び直すのに10年はかかるだろう」と脅しました。

第二次大戦以来、英国と「特別な関係」を保ってきた最大の同盟国・米国とは言え、他国の政治指導者が英国の未来を決める国民投票に口先介入するのは完全な「内政干渉」に当たり、前代未聞です。もし、オバマが日本の安倍晋三首相と有権者を前にして「日本はああした方がいい。こうした方がいい」と口出ししたら、余計なお世話ですよね。

国民投票を決めたものの、EU離脱はまったく望んでいない英国の首相キャメロンへのオバマの援護射撃ですが、残留派と離脱派が大接戦を演じている英国内では大きな波紋を広げています。

4月22日に行われたキャメロンとの共同記者会見でオバマは「英国は強力なEUをリードしていくことが最も望ましい。EUに加盟していることが英国の国力を増している。EUが英国の影響力を和らげているとは思わない。逆に拡大している」と強調しました。

「米国は英国が欧州に留まることを含めて影響力を増していくことを望んでいる」「(英国の国民投票に米国の大統領が介入すべきか否かを報道陣に問われて)はっきりしておこう。究極的にこれは英国の有権者自身が決める問題だ」

「私たちの特別な関係や友情の証として、正直に、私が何を考えているかと知ってもらおうと率直に語っている。英国の決断は米国にとっても深刻な国益に直結する。なぜなら英国の決断は私たちの繁栄にも同様に影響を与えるからだ」「もし英国がEUから離脱したら英国との貿易交渉は一番後回しになるだろう」

「貿易交渉をやり直すと5年、10年かかる」

24日には英BBC放送のインタビューにオバマはこう答えました。

「英国はEUより早く米国と交渉することはできないだろう。米国は最大の貿易相手である欧州市場と交渉する努力を止めることはない」「英国がEUを出て一から米国との貿易交渉をやり直すとなると、実際に成果を得るまでに5年、いや10年かかる可能性がある」

EU国民投票の世論調査では電話調査とオンライン調査で大きな開きが出ています。電話調査では未定が10%前後で、残留50%、離脱40%といった感じです。

出典:世論調査データをもとに筆者作成
出典:世論調査データをもとに筆者作成

これに対し、オンライン調査では未定20%前後、残留、離脱が45%でほぼ互角という感じです。財務相オズボーンが18日、EUを離脱すれば2030年までに英国の家計は毎年4300ポンド(69万2300円)のコストが必要になると発表してから残留派が徐々に離脱派を引き離し始めています。

出典:同
出典:同

電話調査で未定が減るのは、すでに残留か離脱かの答えを持っていることを前提に質問が行われ、回答者が残留か離脱かの二者択一で答える傾向が強いためです。専門家は電話調査とオンライン調査の間に答えがあるとみているようです。

今のところ残留派が若干リードしているとみて良いと筆者は分析しています。それだけにオバマの口先介入に離脱派はカンカンです。離脱派のボリス・ジョンソン・ロンドン市長は「オバマ大統領の大ファンだが、EUに残留することにはまったく同意できない」と批判しました。

英大衆紙サンへの寄稿でボリスは「大統領執務室からチャーチルの像を取り除いた決定にオバマ大統領が関与していたかどうかは誰にも分からない。ケニア人の血を引いている大統領の大英帝国嫌いの象徴かもしれないと言われている」と書いて物議を醸しました。

これに対し、オバマもさすがに看過できないと考えたのか、「大統領公邸2階にある自分のオフィスの外にはチャーチルの胸像が飾られている」と反論しました。正直言って筆者は、ボリスの次元の低い発言に離脱派の正体見たりの感を強くしました。

英米の「特別な関係」とは

第二次大戦を勝利に導いた英首相チャーチルが1944年に「英国と米国が『特別な関係』を築かない限り、新たな破壊的な戦争が勃発すると確信する」と演説したのが、英米の「特別な関係」の始まりです。

以来、「特別な関係」が英米外交、いや国際政治の基軸に据えられてきました。米大統領レーガンと英首相サッチャーは社交ダンスを踊るように見事な連携を見せ、冷戦を終結に導きました。

しかし「米国のプードル」と呼ばれた英首相ブレアは愚かな米大統領ブッシュに引きずられイラク戦争を強行し、中東・北アフリカに大混乱を引き起こしました。

英米の「特別な関係」は英国がしっかり米国の補佐役を果たせるときに機能します。スエズ動乱や、派兵要請を拒否したベトナム戦争で英国は米国と対立し、特にベトナム戦争では英米関係は15年間も冷え込みました。旧ソ連のアフガン侵攻をめぐるモスクワ五輪のボイコットをめぐっても日米はボイコットしたのに英国は参加しています。

永遠の同盟関係はない

ブレアの外交政策担当補佐官を務めたデービッド・マニング氏は英米の「特別な関係」について筆者にこう語ったことがあります。「文化が類似し、価値観を共有、第二次大戦、冷戦を経験した英米関係は特別だ。だが、その響きが英国を倦怠(けんたい)や自己陶酔に陥れる危険性があり、対米関係以外の国益を幅広く検討することを妨げている」

南シナ海や東シナ海で同盟国を中国に揺さぶられた米国は「このままでは米国の威信が失墜する」と危機感を強め、中国に対し軍事的優位を確保するのが優先課題になっています。しかし、キャメロンの懐刀オズボーンは、対米関係を重視する外務省の反対を押し切って、アジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を決めました。事前に相談がまったくなかったオバマ政権は「英国は中国にサービスしすぎ」と激怒したと報じられています。

「特別な関係」は永遠ではありません。継続していく努力が双方に必要なことは言うまでもありません。日本の安倍政権は他山の石とすべきでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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