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美人ドクターの呪いか、それともカネの切れ目? モウリーニョ解任

木村正人在英国際ジャーナリスト
解任されたモウリーニョ。今季は予想外の不振が続いていた(写真:ロイター/アフロ)

サッカーのイングランド・プレミアリーグ、チェルシーが、昨季リーグ戦とリーグ杯優勝の2冠を達成した常勝監督のジョゼ・モウリーニョ(52)を解任した。8月の開幕時、チェルシーは優勝候補の本命だった。しかし、ある事件をきっかけにリーグ16位と低迷する。

母国ポルトガル、イングランド、イタリア、スペインで昨季までの12年間に8回のリーグ優勝を達成。国内カップを11回制し、UEFA(欧州サッカー連盟)チャンピオンズリーグで2回、ヨーロッパリーグで1回優勝した常勝監督の歯車はどこで狂ったのか。

美人ドクターとの衝突

8月のプレミアリーグ開幕戦。スウォンジー・シティと2-2で引き分けたモウリーニョは試合後、メディカルスタッフへの怒りを露わにした。終盤、MFアザールがファウルを受け、メディカルスタッフが治療のためピッチに入る。

アザールがピッチを離れたため、1人が退場処分を受けていたチェルシーは9人になった。モウリーニョは「用具係もドクターも試合を理解しなければいけない。プレーヤーが1人少ないことを知らなければいけない。アザールは少し休みたかったのだ」と批判した。

エヴァさんのファンが作ったインスタグラムのアカウント
エヴァさんのファンが作ったインスタグラムのアカウント

美人と評判になっていたチームドクターのエヴァ・カルネイロ(42)は遠征やベンチから外され、翌9月にチェルシーを退団した。サポーターはエヴァを支持。イングランドサッカー協会(FA)もモウリーニョに謝罪を求めた。アザールが倒れ込んだ際、エヴァらメディカルスタッフは主審から治療の要請を受けていたからだ。

11月に結婚したエヴァは、不当に解雇に追い込まれたとしてチェルシーとモウリーニョを訴えている。独善に陥ったモウリーニョは「味方」まで「敵」に回してしまった。

ロシアマネーが尽きた

「エヴァの呪い」と面白がって報じるメディアもあるが、開幕前からモウリーニョのフラストレーションが噴き出していた。夏の移籍で十分な補強ができなかったからだ。

この夏、プレミアの移籍金総額は昨季より4%アップし、史上最高の8億7千万ポンド(約1590億円)を突破した。冬の移籍金額を加えると10億ポンド(約1830億円)を突破しそうな勢いだ。リーマン・ショックの後遺症が続いたものの、英国経済の回復とともに移籍金総額もハネ上がっている。

出典:BBC、IMFデータから筆者作成
出典:BBC、IMFデータから筆者作成

欧州の他リーグに比べてもプレミアリーグの大盤振る舞いは突出している。イタリアのセリアAに比べても2倍以上使っている。

出典:BBCなどのデータから筆者作成
出典:BBCなどのデータから筆者作成

注目選手はマンチェスター・ユナイテッドに3600万ポンドで移籍したアントニー・マーシャル選手。今季最高金額の5500万ポンドでマンチェスター・シティに移籍したケヴィン・デ・ブライネ。チェルシーは話題にものぼらなかった。

出典:英紙デーリー・メールのデータから筆者作成
出典:英紙デーリー・メールのデータから筆者作成

それもそのはずチェルシーが使ったのはマンCの1億5420万ポンドの半分にも満たない7330万ポンド。完璧主義者のモウリーニョは我慢ならなかったに違いない。

チェルシーのオーナー、ロマン・アブラモビッチの財力に陰りが見えてきた。米誌フォーブスによると、2005年の長者番付ではアブラモビッチは11億5千万ポンド稼いで、資産を77億ポンドに増やしていた。

しかし15年の英日曜紙サンデー・タイムズの長者番付では資産は1年間で12億3千万ポンド(約2250億円)ダウンの72億9千万ポンドに減らしている。シリア内戦やウクライナ危機でロシアに対する制裁が強化され、ロシア出身のアブラモビッチもその影響から免れることはできないようだ。

強烈なエゴの結末

モウリーニョを成功に導いたのは、「私は特別だ」と公言してはばからない強烈なエゴだ。これまでもクラブのオーナーや選手と必ず衝突している。

ポルトガルのベンフィカでは新たな契約を求めて、わずか9試合でオーナーと衝突。チャンピオンズリーグで優勝したポルトでは優勝祝賀会に参加せず、クラブを去った。ポルトは自分の器としては小さ過ぎると考えていたからだ。

チェルシーでも選手の移籍予算をめぐって2007年にアブラモビッチと衝突、クラブを去っている。インテル・ミラノではイタリア史上初の三冠を達成した後、「私はイタリアサッカーが好きじゃないし、イタリアサッカーも私を好んでいない」と言い放った。

レアル・マドリードでもリーグ優勝を果たすが、更衣室でクリスティアーノ・ロナウドなどスーパー・スターと衝突。チェルシーでも起用方法をめぐって今季、ジエゴ・コスタとの確執が表面化していた。選手もオーナーも自分の思うようになると思い始めたモウリーニョのエゴはどんな器にも収まらないほど大きくなってしまった。

今回の解雇は歯車が狂ったというより、モウリーニョがそうなるように仕向けただけの話だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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