【パリ無差別テロ】シリア難民は「イスラム国」はシリア人とは何の関係もないと感じている(動画あり)

レピュブリック広場で犠牲者を追悼するパリ市民(15日夕、筆者撮影)

[パリ発]死者129人、負傷者352人を出したパリ同時多発テロの多くはレピュブリック(共和国)広場の近くで起きた。日曜日の15日、パリ市民はレピュブリック広場に集まり、犠牲者に追悼を捧げ、賛美歌を静かに歌った。

過激派組織「イスラム国(IS)」に対する怒りより悲しみがパリを包んだ。その一方で、テロ実行犯の1人がシリア旅券を持ち、ギリシャ経由で欧州に入っていたことが分かり、国境警備や難民資格申請者の審査の強化を求める声が上がっている。

シリアを中心に難民が欧州に押し寄せたこの時期を狙って、パリ市民への無差別テロが行われたのは、欧州の不安心理をあおり、極右勢力とイスラム系移民の対立を悪化させる狙いがある。長年、難民支援活動に取り組んだ経験を持つ田邑恵子さんに今回のテロと難民問題について聞いた。

――今年9月にトルコでシリア難民を取材され、この欄へのエントリーに寄稿していただきました。その理由は何ですか

「9月にトルコでシリア難民の方々のお話を聞いたときに、何人ものシリア人と私の懸念を共有することができました。『世界中の人々はシリア人を皆テロリストだと思っている』『ヨーロッパの人たちは、イスラム教徒は怖いと思っている』という思いです」

「そして、その中の1人から言われたのです。恵子、あなたはシリア人のために、このプロジェクト(筆者との協力もその一環)を成功させなくてはならない。シリア人が何を考えているのか、シリア人の子供たちのために広めて欲しい、と」

「下に掲げたリストは、今回の取材中、私が出会ったシリア難民の一部です。トルコに逃れてくる前までは、みな、普通に生活をしていたのです」

大学生

公務員

内科医(研修医)

元アラビア語教師(8年アルジェリアに勤務)

クウェートからの帰国子女(英語教師)

サウジアラビアへの出稼ぎ労働者(建設業)

元鉱山技師(ウィーン大学で修士号取得後、ドイツ・オーストリアに12年勤務)

タクシー運転手

主婦

「そして、彼らの誰もが、どうやって子供の教育を継続させよう、どうやって子供を食べさせようと悩む1人の父親であり、母親であり、これからいろんなものになれる可能性を秘めた子供たちだったのです」

――日本ではまだまだ難民は問題を抱える人たちだというイメージが強いように思います。今回の無差別テロでそうしたイメージがさらに膨らんでしまうことを心配しています

「テレビで見る、シリアを逃れ、地中海を渡り、ヨーロッパに到着する大勢の難民たち。彼らを映像で見ていると、彼らは『問題を持ち込む人たちだ』とついつい考えてしまわないでしょうか?」

「今回、お話をうかがった家族の子供に熱があり、路上に積み上げた荷物の上に寝ていました。具合が悪いと知った時、『薬を買うお金を差し上げたい』と申し出ると、初めは断られました。『自分たちは物乞いではない』というプライドがあるからです」

「そんな時、拙いアラビア語で私は『喜捨』という言葉を使いました。『私に、喜捨をさせてもらえないか』と伝えたのです。ただ現金を差し出すだけでは、見事に全員に断られてしまいます。それは、彼らの自尊心が、 食べたい、安全に眠りたいという生理的要求をしのぐからだと思います」

――それで、どうされたのですか

「私は知っている限りのアラビア語を使って、伝えました。私はあの子供さんを助けたいのです。残念ながら、私たちが今こうして座っているこのモスク(イスラム教の礼拝所)でも、食料の配布や支援が行われている訳ではありません。多分、このモスクにはこれだけの人を助ける余裕がないのでしょう」

「私にも全員を救う余裕はありません。ただ、薬を買うくらいはできます。今、困っている方に使っていただきたい。あなたに余裕ができた時、今度はあなたが他の困っている人を助ければ良いからと伝えたのです。そして、ようやく、なにがしかのお金を受け取ってもらうことができたのです」

――イスラム教にも喜捨という言葉があるのですか

「ザカート(喜捨)というイスラム教の慣習は、イスラム教徒が行わなくてはならない義務の一つであり、持てる者は持てざる者のために、金銭あるいは物品を提供する義務を負います。持てる者は持てざる者と富の分配をする義務があるという相互扶助の概念により実行されています」

「そして、これにはイスラム教の金銭感覚が見事に反映されています。今、個人の手元にあるお金は個人の所有物ではなく、神によりもたらされ、社会に還流している一部に過ぎないという考え方です」

「お金に余裕のある人は、いわば、金銭を神に返納し、神が困っている人たちに配るという、世の中のお金が公平に分配されるように考えだされた金銭還流の仕組みです。喜捨はお金持ちだけがする行為ではありません。生活状況が決して裕福ではない家庭も、より困難な家庭のために、なにがしかの喜捨を行います」

「この喜捨を受けるべき人の定義というのがコーラン(イスラム教の聖典)の中にはあり、未亡人、孤児、病人など、特に社会的に不利益を被る人々が優先されています」

「そして、この小さな喜捨による支援が、不利益な状況下にある人々がさらなる格差社会に落ちて行くのを防ぐセーフティーネットとして働くのです。喜捨の考え方は、それゆえ、援助の受け手であっても、彼らの自尊心を傷つけにくい概念ではないかと思います」

「それはただでお金を受け取るというのとは違います。世の中に還流するお金を、今日は自分が受け取ったけれども、自分に余裕ができた時は、今度は自分がそのお金を還元するのだ、しなくてはならないのだというシステムになっているのです」

「そのため、それは彼らの自尊心を損ねないし、むしろ、いつか貢献する側になる日がくるからと、彼らの自尊心をきちんと刺激します。イスラム教は本来、弱者に優しい宗教なのです」

――シリアの状況は今、どうなっていますか

「シリア紛争が始まって約4年9カ月。人々はこれまで相互扶助の助け合い、共助によって、何とか生き延びることができていました。しかし、今は、自らを救う、自助、お互いを助け合う、共助で解決できるレベルを超えてしまっています」

「子供たちがISに連れ去られたりすることを恐れてシリアを逃れた家族も数多かったのです。ISの多くは、外国籍のイスラム過激派で、リビヤ人、スーダン人、サウジアラビア人、英国人、フランス人など外国人が多いのです。シリア人から見ると、ISは異質な組織であり、シリア人とは何の関係もないと多数のシリア人は感じています」

「そして、メディアでのISの取り上げられ方によって、それがシリア人と誤解されることを何よりも彼らは恐れています。フランス語のニュースでは、テロ現場に献花の映像が流されています」

「その一方で、この事件を起こしたのは、過激派の一分子に過ぎず、この悲惨な出来事がシリア難民、イスラム教徒への誤解を拡大させないようにしなくてはならないというというメッセージも流され続けていることも忘れてはいけないと思います」

(おわり)

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。人口3千人という片田舎の出身だが、国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。美味しい中東料理が大好きで、食に関するアラビア語のボキャブラリーは豊富。