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和製ソロスが予言する人民元の国際化 「中華経済圏」の出現は必然

木村正人在英国際ジャーナリスト
ドル対人民元(写真:ロイター/アフロ)

中国の人民元が11月中に開かれる国際通貨基金(IMF)の理事会で特別引出権(SDR)に採用される見通しだとロイター通信などが報じた。人民元の国際化はどんな形で進むのか。債券のヘッジファンドでは世界最大級の資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんは、基軸通貨ドル経済圏と併存する「人民元経済圏」の出現は必然だと予言する。

――中国の習近平国家主席が国賓として英国を訪れ、2国間の経済関係を強化しました

「リーマンショック後に景気が回復する過程において、中国との結びつきを密接にしていくというのがオズボーン(英国の財務相、キャメロン英首相の右腕)・ドクトリンの骨子だと思います。その手段として、人民元の国際化を金融の中心地であるロンドンが積極的にサポートしていくというのがその柱になっています」

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「一番大きな例としては為替取引のマーケットで中国、香港を除くオフショア市場としてロンドンの人民元取引量は最大です。人民元の取引自体もブローカーマーケットではこの8月に大きく活発化したこともあり、取引通貨としての地位を大きく向上させました」

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「国際決済通貨としても人民元は世界第4位の地位を築くなど、着実に国際通貨の地歩を固めつつあります。為替、債券のマーケットでは世界最大のロンドンが人民元を上手く取り込んでいるというのが実態であると思います」

「英国は2014年に人民元建ての英国債を発行するなど積極的に人民元の国際化に協力しています。習主席は初の公式訪問で一義的には中国企業の英国への進出を促進させること、原子力発電や高速鉄道の事業に参画することが最大のテーマになっています」

「一方で人民元の国際化という観点からは中国自身がロンドンでの国債発行を検討する可能性が高いとみています」

――中国人民銀行(中央銀行)は習主席訪英中の10月20日にロンドン市場で50億元の人民元建て手形(発行期間は1年)を発行しました。中国の国債がロンドンで発行されても、中国経済の減速が不可避になる中、順調に消化が進むのか疑問視する声もあります

「中国がロンドンで国債を発行すれば引受先は各国の中央銀行など容易に消化が可能でしょう。中国がオフショア市場で人民元を発行すれば、各国中銀が外貨準備の一環として人民元を取得しやすくなります。効果は非常に大きいと思っています」

「さらに中国が海外で起債したり、国債を発行したりすることが、IMFが求める『通貨の成熟性』に一歩進むとみています。SDRの通貨バスケットに採用されることにつながっていくことを中国は期待していると思います」

――SDR通貨バスケットの採用基準は「過去5年間で財とサービスの輸出額が最も高い」こと、さらにIMFが「自由利用可能通貨」と判断することが、2つの基準として挙げられています。人民元は第2基準の「自由利用可能通貨」になっているかがポイントになっています。11月に開かれるIMF理事会で人民元がSDRバスケットに加えられる可能性はどう見ておられますか

「ほぼ決まりだとみて良いでしょう。中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)には米国と日本は結局、参加せず、英国が旗振り役のような形になりました。今回の習主席の訪英に合わせて中国人民銀行がロンドン市場で人民元建て手形を発行したことも、AIIBの時と同じような効果を中国側が期待したのは間違いないと思います」

――人民元の国際化を後押しすることは英国にとってもプラスになりますか

「これは英中双方、ウィン・ウィンを狙っているのは間違いないと思います。英国は香港という金融センターを100年かけて育ててきたという歴史的関係もありますし、世界第1の金融センターであるロンドンと、アジア屈指の金融センターである香港が人民元のオフショア市場として手を結ぶことは双方に大きなメリットがあると思います」

――英国がAIIB参加を欧米諸国の中で真っ先に表明したことに対し、米政府高官は「英国はコンスタントに中国を利している」と苦言を呈したと報じられています

「英国が第二次大戦以降、続く米国との『特別な関係』を変えようということはまったく意図していないと思います。地政学的に中国が摩擦を起こしているのは米国ないし日本、近隣諸国などアジア地域です。地理的にも地政学的にも中国に対し、英国が脅威を感じるということは今のところ考えづらい位置関係にあると思います」

「香港の問題は長い間、英中関係に大きな影を落としてきました。英国が香港を統治している間は植民地だったわけですから、中国にとっては非常に大きな問題で、英中関係は非常に混迷を極めていました。それが香港を返還したことで解消され、英中関係は徐々に改善してきました。中国の対欧州外交の中で最も中心的な役割を担っているのが英国です」

――人民元の国際化はどんな形で進んでいるのでしょう

「中国は単に人民元の国際化を望んでいるのではありません。ドルと併存する第2の基軸通貨を作ろうとしているのだと思います。あえて西側のルールに則る必要はなく、市場で人民元が第2の通貨になれば自然とその地位が確保されるのではないかという期待が中国自身にはあります」

「ただし国際機関などで発言権を持つにはやはり、IMF、世界銀行、アジア開発銀行(ADB)といった西側がつくった体制の中で一定の発言権を持たなければなりません。人民元がSDR通貨バスケットに採用されることや国際決済通貨として認知されていることが非常に大きな意味を持ちます」

「中国が戦略として人民元の国際化を進めて来るのは間違いないと思います。ただし、中国がここでも望んでいるのは最終的には特別な2大国関係です。米国と並ぶ大国としての地位を経済で築いていく、政治で築いていく、軍事で築いていく」

「すなわち人民元でそういう経済圏を作っていくというのが中国自身の目的です。米国に対抗するものとして、アジア圏での中国の台頭ないし海と陸のシルクロード(一帯一路)構想につながるような中国を中心とするインフラでつながれた一大経済圏をつくっていく。それが非常に大きな長期的展望にあるのは間違いないと思います」

――ドル経済圏と併存する形で人民元の経済圏が拡大していくことは世界経済にとってプラスでしょうか

「必然だと思います。もうすでに中国は世界第2の経済大国です。2025年から30年には世界最大の経済大国になりうる体力を持ち始めています。そうなると米ドル、中国の人民元、欧州単一通貨ユーロという巨大な3極通貨圏が出てくると思っています。中国が経済力を増していくと、人民元の持つ潜在的脅威というのはますます大きくなります」

――日本の立ち位置が難しくなってきます

「日本の既得権益、貿易大国としての地位をキープしながら、世界第3のポジションを守っていくというのが日本の大きな課題だと思います。すでに経済規模で中国と伍していくのは非常に難しい関係にあります。環太平洋経済連携協定(TPP)などを使って米国が持っているネットワークにいかに効果的に経済力を浸透させていくのかが次の日本の大きな課題となります」

「TPPは大きな1歩です。関税の撤廃というのが1番の大きな柱です。しかし、あまりのスピードの遅さ、関税が撤廃されるのに相当な時間を要します。TPPが提携されたと言っても、自由貿易協定(FTA)のような2国間の劇的な関税率の低下に比べるとTPPの関税撤廃のスピードは非常に遅い」

「その効果についてはいまだ大きなものとは言えないと私は思います。TPPを加速していくことができれば、それは新たな経済圏をつくるかもしれません。しかし今のような日進月歩の時代に、あのスピードでは中国に対抗するような経済圏ができていくとは私は思いません。もっとスピードアップして進化しないかぎり大きなベネフィットはないと思います」

――中国のハードランディングシナリオについてはどうお考えですか

「可能性は十分にあると思います。投機的不動産を活用した経済のレバレッジはすでに転換点を迎えたと言って間違いないと思います。ただし中国全体として1人当たりの国内総生産(GDP)が減っていくような過程にあるわけではありません」

「経済のスピードが今のような7%成長を達成できなかったとしても、1%台の前半になったとしても経済規模としては世界最大の富を生み出していく国家であることは間違いありません。中国が高成長を失ったとしてもアジア最大の、いや世界最大の成長セクターの一つであるという事実は変わりません」

――ロンドンが人民元の国際化を後押しするというのはどういうことでしょう

「最終的に中国は実需としての経済、たとえば原子力や高速鉄道の拡販を狙っています。これが自分たちの経済の実力につながることをよく知っています。一方で効果的に中国は人民元をコントロールしています。人民元を完全に自由化したいわけではありません。ある一定の地位を認めさせたい、為替自体はコントロール下に置きたいという大きな1つの矛盾を抱えています」

「自分たちの通貨は国際化させたいが、その通貨自体は自分たちの支配下におきたい。これは過去、他の国にはないチャレンジだと思います。で、それを実現させられるかどうか、中国は大きなチャレンジをしています。英国はファイナンシャルセクターの優位性を使って、中国にアピールしています」

「中国は、国際化を実現させても、完全自由化を目指しているわけではありません。この矛盾をどう解いていくかは、中国の大きな課題に引き続きなっています。米国が、人民元を国際化するなら完全自由化をと迫るのに対し、英国は完全自由化を迫らず、国際化だけを協力しています。ファイナンシャル面では大きなビジネスパートナーになり得ているということです。ここが一番大きいのではないでしょうか」

「米国は自由化、自由化という。でも中国は、完全自由化はしたくない。英国は、完全自由化は言わずに国際化だけを協力する。そういうマーケットは唯一、英国だけではないでしょうか」

――英国には裏切られたような感じがします

「英国ははっきりしていて、地政学上のリスクがあれば協力はしません。英国にとって中国は脅威ではありません。直接の脅威ではありません。中国がドイツを占領するというような事態になった場合、英国は国を挙げて中国と対決するでしょう」

「英国にとって中国は地政学上まったく脅威ではなくて、極東のビジネスパートナーに過ぎないと思います。日本は日本というビジネスパートナー、中国は中国というビジネスパートナーで、中国は成長している、日本は成熟している。それぞれを取り込みたいと思っています」

「日本人からするとちょっとオズボーン財務相は中国に肩入れし過ぎと言っても過言ではないと思います。しかし英国にとってはどちらもアジアの国、メリットがあれば中国とも日本とも付き合うのだと思います」

「英国は日本よりずっと繊細さを持ち合わせていると思います。一番典型的な例は、英国は欧州にいながらユーロに入らない国で、日本に同じような選択ができるかというとできないと思います。英国はちゃんと考えてユーロに入るべきか、入らずにおくべきか、激論を繰り広げて、一つの経済圏にしませんでした」

「まわりにこれだけ大きなユーロ経済圏ができているのに、入らないという判断を下した英国はすごく繊細な国です。ユーロとポンドを見ればわかると思います。そうした意味で日本人の方が鈍感なのだと思います」

(おわり)

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浅井将雄(あさい・まさお)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働く。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、ヘッジファンド預り資産でもロンドントップ5。旗艦ファンドのキャプラグローバルリラティヴバリューファンドでは運用開始以来、リーマンショック期も含め、全年度にてプラスを計上、平均年度収益も10%を超える。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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