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プーチン大解剖「ロシア経済のV字回復はあり得ない」長期後退で求心力低下の可能性も

木村正人在英国際ジャーナリスト
2008年8月、極東のアムールトラ調査に同行したプーチン首相(当時)(写真:ロイター/アフロ)

「前方展開能力を誇示」

ウクライナのクリミア編入、東部への軍事介入に続いて、シリア反政府勢力への空爆と巡航ミサイル攻撃で欧米を揺さぶるロシアのプーチン大統領。狙いはいったい何なのか。背景を探った。

2008年に著書『新冷戦』でプーチン大統領の野望を描き出した英誌エコノミストのエドワード・ルーカス上級編集者に、プーチン大統領がシリアに軍事介入した狙いについて訊いてみた。

エドワード・ルーカス氏(筆者撮影)
エドワード・ルーカス氏(筆者撮影)

ルーカス氏は「旧ソ連圏の境界を越えて前方展開し、攻撃する能力があることを示したかったのです」と断言。「シリア情勢はさらに混乱しますね」と確認すると、「プーチン大統領は常に混乱を求めています」と答えた。

プーチン氏が大統領に就任した2000年以降、ロシアの名目国内総生産(GDP)と国民1人当たりのGDPは米ドル換算で急成長を遂げた。10月に更新された国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」データベースをもとにグラフを作成してみた。ロシア経済は08年の世界金融危機では見事なV字回復を達成している。

出典:IMF「世界経済見通し」をもとに筆者作成
出典:IMF「世界経済見通し」をもとに筆者作成

ウクライナ危機に対する欧米の経済制裁と原油価格の下落が引き金となったルーブル切り下げで、ロシアの名目GDPは13年の2兆790億ドルから14年には1兆8606億ドルに落ち込んだ。15年は1兆2358億ドル、16年は1兆1789億ドルまで縮小する見通しだ。

原油価格は半値以下に

しかし、その後、IMFが予測しているようにロシア経済は順調に回復軌道に乗るのだろうか。偏に、原油・天然ガスなどの資源価格がどこまで戻るのかにかかっている。

原油価格を見てみよう。米国市場の指標価格WTIと欧州市場の指標価格ブレントは同じような動きをしている。世界金融危機で世界経済が落ち込み、原油価格は1バレル133ドル台から一気に40ドル前後まで暴落した。

出典:米エネルギー省(EIA)データをもとに筆者作成
出典:米エネルギー省(EIA)データをもとに筆者作成

2014年前半には再び100ドル台まで戻したが、原油市場が供給過剰となり、一気に50ドルを割ってしまった。サウジアラビアなどの産油国が減産を見送ったためだが、米国のシェールガス開発を潰すのが狙いというのが専らの見方だ。

資源の呪い

プーチン大統領の経済政策プーチノミクスは、高騰した原油・天然ガスの輸出に支えられてきた。輸出高は1999年の750億ドルから2011~14年には年平均5150億ドルと約7倍に膨れ上がった。外貨がロシア国内に流入し、ルーブルは切り上げられた。

通貨高で輸入品の価格が下落し、国内では消費ブームが起きた。国民1人当たりのGDPは1999年の1330ドルから2013年には10倍以上の1万4600ドルにハネ上がった。しかし、輸入依存が強まり、国内の設備投資は鈍化、生産能力が低下するという「資源の呪い」にとらわれた。

「プーチン大統領は経済への国家統制を強めたため、民間投資を締め出す結果となり、企業は外資頼みになってしまいました」。欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)のキリル・ロゴフ客員研究員はこう解説する。ロゴフ氏はロシア経済の専門家だ。

出典:Yahoo!Finance
出典:Yahoo!Finance

14年後半のルーブル切り下げで財政を立て直し、外貨準備を保つことはできたものの、国内消費は急激に冷え込んだ。通貨安で今年第1四半期の工業生産額や資源輸出は回復したものの、輸出代替効果(生産を国内に切り替える動き)は小さかった。

米国経済が力強く回復し、世界金融危機のときのような資源需要の急激な落ち込みはない。ロゴフ氏は「ロシア経済は崩壊しなかったが、V字回復はしない。国民は長期的な衰退に直面し、プーチン大統領の政策を信頼しなくなる可能性がある」と予測する。

だからこそ頼みの綱は外資と海外の技術なのだが、ウクライナ危機で米国と欧州連合(EU)がロシアの主要銀行に対し米国やEU域内における資金調達を制限、主要エネルギー企業への技術提供の禁止、政府高官・軍関係者・企業トップの資産凍結・渡航禁止を実施している。

シリア軍事介入はめくらまし?

移行経済ストックホルム研究所のトルビョルン・ベッカー所長はこう語る。「プーチン大統領がシリアに軍事介入した理由はいろいろ考えられます。まずアサド大統領を支援することです」

トルビョルン・ベッカー所長(筆者撮影)
トルビョルン・ベッカー所長(筆者撮影)

「次に、プーチン大統領は経済制裁を解いてもらうためウクライナで譲歩する可能性があります。ロシア国内で弱いリーダーとみられるのを回避するため、シリア軍事介入で国民の目をそちらに向ける狙いがあったとも考えられます」

「軍事拡大で国内のナショナリストの支持を得ることはできても、結局、他の国内需要がなくなり、経済回復の足かせになるでしょう」

前出のECFRのロゴフ氏も、「原油価格がそこそこ戻ってくれば、欧米のイデオロギーに反対する権威主義的な体制による停滞がしばらく続く可能性があります」という。

日本に秋波送るロシア

最近、ある会合で一緒になった在英ロシア大使館の外交官から「このビルのエレベーターは日本製だよ。1980年に製造されたものだが、故障しない。こうした素晴らしい技術が是非、ロシアにも必要です」と話しかけられた。

ウラジオストクなどロシアの極東地域を取材しないかとまで誘われた。日本の安倍政権や外務省も、欧米の経済制裁に苦しんでいるロシアから秋波が送られているはずだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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