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「私、赤ちゃん産めないよね」という少女の不安にこたえた福島の希望

木村正人在英国際ジャーナリスト

本山勝寛さんのブログ「福島の出生率が東日本一に」を読んで、筆者も調べてみた。

2014年人口動態統計月報年計(概数)によると、全国の出生数は100万3532人で過去最少、合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子供の推定人数)は1.42 で対前年より0.01ポイント低下した。

死亡数は127万3020 人で戦後最多、自然増減数もマイナス26万9488 人で過去最大の減少幅となった。そんな中で、福島県の合計特殊出生率は02年の1.57を13年ぶりに上回る1.58。前年と比べた伸び率は0.05ポイントと全国で最も高い伸びとなった。

下の地図は13年から14年にかけての合計特殊出生率の変化を調べ、埼玉大学・谷謙二研究室が提供しているフリーの地理情報分析支援システム「MANDARA」を使って地図上に落としたものだ。

2014年合計特殊出生率の増減(筆者作成)
2014年合計特殊出生率の増減(筆者作成)

合計特殊出生率が回復しているのは(1)福島県0.05(2)佐賀県0.04(3)和歌山、栃木、徳島、群馬各県0.03――など。

福島県では東日本大震災と福島第一原発事故の影響で合計特殊出生率は10年の1.52から11年に1.48、12年には1.41まで減少した。しかし13年に全国で最大の0.12ポイントも回復していた。

筆者作成
筆者作成

福島県では14年の出生数は1万4517人で前年より29人減少。千人当たりの出生率は7.5と前年と同じだった。

震災と原発事故で県外への避難住民が増え、福島県の人口は10年の202万9064人から15年5月時点で192万8086人まで減少。しかし世帯数は11年10月時点の71万6428世帯を底に73万3165世帯まで回復している。

福島県の被災をめぐっては「私、赤ちゃん産めないよね」という女の子の作文がセンセーショナルに取り上げられた。しかし合計特殊出生率の回復はそれほど大きくは報じられない。そこで合計特殊出生率が回復した理由を調べてみた。

福島県は県民健康調査の一環として「妊産婦に関する調査」を実施している。12年度調査7139件、13年度調査7214件、14年度調査5122件の回答があり、「次回の妊娠・出産をお考えですか?」という質問に次のように答えている。

同

次回の妊娠・出産を考える人が13年度から14年度にかけ3.8ポイントも回復している。「はい」と答えた人が希望するサービスは次のようなものだ。

同

「放射線と健康リスクに関する情報」という回答は12年度の60.3%から14年度には37.8%まで減っていた。センセーショナルな情報やデマに惑わされず、県民健康調査を通じて放射線と健康リスクについて正しい理解が妊産婦に深まったためとみられる。

それに反比例するように保育所・延長保育・病児保育などの充実を求める声が増えている。

次回の妊娠・出産を希望しないと回答した人に理由を尋ねると(1)「希望していない」が60.1%(2)「年齢や健康上の理由」29.2%(3)「今いる子供に手がかかる」27.5%(4)「収入が不安定なため」15.7%――の順だった。(14年度調査)

「放射線の影響が心配」は12年度の14.8%から13年度5.6%、14年度3.8%と順調に減ってきている。

福島県では震災後、甲状腺検査を実施、18歳以下の医療費を無料にしたほか、子育て支援策を重点的に打ち出している。

18 歳以下の福島県民約30 万人を対象にした甲状腺検査で112人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」と判定された。地域がん登録で把握されている甲状腺がんの統計から推定される有病数に比べて数十倍多い数値になった。

甲状腺がんが発見された年齢(福島県民健康調査より抜粋)
甲状腺がんが発見された年齢(福島県民健康調査より抜粋)

しかし、甲状腺の被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少なく、事故当時 5 歳以下の発見はない(上のグラフ参照)ことから、「放射線の影響とは考えにくい」と県民健康調査の検討委員会は分析している。

数十倍も甲状腺がんが多いことについては、過剰診断(生命予後を脅かしたり症状をもたらしたりしないようながんの診断)の可能性が高いという意見が検討委員会の報告書に記されている。

被災地では放射線と健康リスクについて今後も継続した調査が必要だ。しかし福島県で赤ちゃんを産もうという母親が全国に比べて増えていることを知って、少しだけ心が軽くなった。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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