Yahoo!ニュース

ユーロ圏に債務国と債権国の「活断層」 英誌エコノミスト元編集長にインタビュー

木村正人在英国際ジャーナリスト

活断層

北欧・フィンランドの議会選(一院制、200議席)で、自分で自宅を建てたりガス自動車を作ったりする元IT企業経営者で億万長者のシピラ党首率いる中道・中央党が14議席増の49議席で第1党となり、4年ぶりに政権交代する見通しだ。

第2党は、反欧州連合(EU)、反ユーロを掲げる真正フィン人党の38議席。ストゥッブ現首相の与党・国民連合は37議席。ギリシャのユーロ離脱を唱える真正フィン人党が政権に参加する可能性があり、ユーロ圏の対立は一段と深まりそうだ。

ユーロ危機の震源地ギリシャでは、緊縮策の撤回を唱える左派ポピュリスト政党の急進左派連合(SYRIZA)が政権につき、ドイツを中心とした欧州「北部」連合と関係が悪化、10年物国債の金利は13%近くまで上昇してきた。

若者の失業率が50%を超えるスペインでも左派ポピュリスト政党ポデモスの支持率が20%を超え、年内に予定される総選挙の「台風の目」になるのは必至。緊縮策で賃下げ、失業に苦しむ債務国と、ユーロ支援にはもうウンザリの債権国の溝はますます膨らんでいる。

欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)のハンス・カンドナニ調査部長は、こうした対立を「断層線」と呼ぶが、直下型地震を引き起こす活断層が欧州全体に広がっているという表現がピッタリくる。

ギリシャ離脱の可能性は40%

二度と戦争は起こさないという思いから始まった欧州統合プロジェクトには遠心力しか働いていない。これを求心力に変えられるのか。欧州問題を追跡する英誌エコノミスト元編集長ビル・エモット氏にインタビューした。

ビル・エモット氏
ビル・エモット氏

エモット氏がエグゼクティブ・プロデューサーとして製作した2作目のドキュメンタリー映画『ザ・グレイト・ヨーロピアン・ディズアスター・ムービー(筆者仮訳:欧州に押し寄せる大災難)』は、総選挙を控える英国で大きな論議を呼んでいる。

停滞するイタリアの問題点をえぐり出した1作目のドキュメンタリー映画『ガールフレンド・イン・ア・コウマ(筆者仮訳:意識不明の彼女)』と同じく、エモット氏はイタリア出身の女性アナリサ・ピラス監督とコンビを組んだ。

2作目ではEU崩壊を避けるため、議論を呼びかけている。EUとユーロに処方箋はあるのか。

――今のお仕事は映画監督ですか? なぜ映画を作るんですか

エモット氏「違うよ(笑)。監督はアナリサだ。映画は特別なインパクトを持っている。感情を呼び起こす。本や記事よりも人々の心を動かし、行動させる力がある」

「1作目で取り上げたイタリアは20年に及ぶ長い危機にある。私たちは若いイタリア人に働きかけたかった。EUを覆う問題はアイデンティティーと理解をめぐる危機だ」

「人々はEUが何かを理解していない。もしEUがなかったら自分たちの人生がどんな形で存在するのか。映画はEU問題を人々に伝え、行動させる強力な手段だ」

――EUやユーロを否定しているのではなく、改革を求めるという立場ですか

「EUは多くの間違いを犯したが、救わないといけない。EUを廃止することではなく、改善してやり、進む道を変えてやることが正しい解決策だ」

――ギリシャを訪れると、あまりに多くの人がユーロという通貨を通じた経済から疎外されているのでショックを受けます

「これは世界金融危機がもたらした結果だ。ギリシャ政府は間違った形でオカネを使い過ぎた。それに経済と市場が反応し、政府が歳出削減を極端に進めすぎた。リーマン・ショックと世界金融危機、そこにギリシャ政府の間違った対応が合わさった」

――イタリアが抱える問題は何ですか

「世界金融危機でもイタリアの政府債務のレベルはそれほど上がらなかった。イタリアの政府債務は1980~90年代に膨らんだが、そのあとは債務レベルをコントロールしてきた。しかし経済を自由化できず、投資や起業への障害が大きく、1998年以降、ほとんど成長していない」

――一方、ドイツは供給サイドにフォーカスしすぎのような気がします。開発・生産工程、サプライチェーンのすべてをインターネットで結ぶ「インダストリー4.0」で、工場の自動化、効率化をさらに進めようとしています

「日本みたいだね。ドイツは需要サイドで大きな間違いを犯した。彼らは誤った診断に基づき、欧州債務危機に対応してしまった。政府債務を減らせば問題を解決できると考えた」

「日本はドイツより賢明に対応している。民間部門の需要が崩壊したとき、公的部門の需要が必要なことを理解している。財政赤字や政府債務を膨らませることが重要になる」

「ドイツはユーロ安で輸出にドライブがかかるというアドバンテージを活かしている。しかし政府債務を意識しすぎた。その理由は2つある。問題の所在を見誤ったこと。2番目は政治的な問題だ。ドイツの有権者は他の国を援助することを望んでいない」

「ドイツがしなければならないのは欧州規模の大型公共投資を主導することだ。私たちはドイツのメルケル首相の名を取って『メルケル・プラン』と呼んでいるが、単一市場を通じて欧州全体に公共投資を行うことで経済を活性化させることが重要だ」

――ユンケル欧州委員長は2015~17年の3年間で少なくとも3150億ユーロの官民投資を実施しますが、どう違うのですか

「第一、規模が小さすぎる。ユンケル・プランは小さな公共投資で民間投資を呼びこもうという計画だ。今、ドイツの10年物国債の金利はほとんどゼロだ。歴史上、最も低い金利で政府がオカネを借り入れることができる。欧州全体で大規模な公共投資を実行することができる。それが私たちの提唱するメルケル・プランだ」

「エネルギー、通信、道路、鉄道といったインフラ整備を進めて現在の雇用を生み出し、将来の高い生産性を達成できるようにすべきだ。問題はしかし、心の国境を超えるのが実際には非常に難しいことだ」

「債権国の政治指導者が有権者を説得するには危機が必要だ。これは純粋な個人的観測に過ぎないが、ギリシャがユーロを離脱した方がユーロ圏の結束が強まり、メルケル・プランの実行が容易になるだろう」

――なぜですか

「ドイツの政治にとってギリシャは特別な問題だからだ。なぜならギリシャ政府は政府債務についてウソをついていた。ユーロ圏の他の国はウソはつかない。しかし実際問題としてEUはギリシャ離脱という不必要なリスクは取らないだろう」

――ギリシャがユーロ圏を離脱する可能性はどれぐらいだと思いますか

「約30%。40%かもしれない」

――じゃあ、英国がEUを離脱する可能性は

「10%未満。あり得ないレベルだ。しかし、私にとって10%でも衝撃的に高い数字だ。おそらく5月の総選挙で次の首相は最大野党・労働党のエド・ミリバンドになるだろう。自由民主党と地域政党・スコットランド民族党と協力して政権を作れば、EU残留か離脱かを問う国民投票は実施されない」

「保守党のキャメロン首相が政権を維持して、約束通り2017年末までに国民投票を実施しても、有権者はEU残留を選択すると考えている。メルケル・プランが実行されればEU経済は回復し、英国の有権者はEUに対してもっと前向きなイメージや希望を抱くようになる。EU残留に投票する可能性が高くなる」

――日本では安倍晋三首相の経済政策アベノミクスで株価が上昇していますが

「円安と日銀による量的緩和で株価は上がって当たり前だ」

――アベノミクスをどう採点されますか

「私たちはずっと3本目の矢である成長戦略を待ち続けている。労働力が不足し、賃金が上昇、景況感が良くなり、消費者の需要が増えるという好循環は今のところ日本では起きていない」

――日本の問題は何だと思いますか

「労働力への需要が弱いことだ。非正規雇用が増えたことが結果的に生産性を下げてしまった。英国でも状況は同じだ。私たちは労働力への高い需要と生産性の伸びによる賃金上昇を起こす必要がある」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事