生活賃金に近づく英国の最低賃金 時給1200円に引き上げ【2015年英総選挙(4)】
5月の総選挙を控え、英国のキャメロン政権は今年10月から法定最低賃金を引き上げると発表した。働かない人を甘やかすのではなく、働く人に報いることで景気の好循環を生み出す姿勢をさらに鮮明に打ち出したかたちだ。
新しい法定最低賃金は次の通りだ。
21歳以上 時給6.7ポンド(現行6.5ポンド、3%アップ)
18~20歳 同5.3ポンド(同5.13ポンド、3.3%アップ)
18歳未満 同3.87ポンド(同3.79ポンド、2.1%アップ)
見習い(実習生) 同3.3ポンド(同2.73ポンド、20.9%アップ)
「タダ働き同然」という批判が強かった実習生の最低賃金を時給で0.57ポンド引き上げたのが大きなポイントだ。独立の低賃金改善委員会は0.07ポンド(2.6%)の引き上げを提案していた。
キャメロン首相の懐刀であるオズボーン財務相の打つ手はいつもメリハリがきいている。
日本円にして時給6.7ポンドは約1200円。最近、少し円が強くなっているとはいえ、東京の最低賃金888円と比べても随分高い。経済協力開発機構(OECD)の2013年データをもとに各国の最低賃金を比べてみた。
日本の最低賃金は世界的に見て、それほど高くないと言うか、かなり低い。
英国は08年の世界金融危機で即座に公的資金を注入して銀行資本を増強するとともに財政出動で景気後退に歯止めをかけ、英中銀のイングランド銀行が量的緩和を発動、キャメロン政権は誕生するとすぐに財政再建に取り組んだ。
さらに法定最低賃金を引き上げて、内需拡大につなげていく。英国の失業率は11年末の8.4%から5.7%に低下。国内総生産(GDP)の成長率は14年第4四半期で年率2.7%まで上昇している。英国の財政・経済政策は表向き、歯車ががっちり噛み合っているように見える。
キャメロン首相は「ハードワークは報われるべきだ。政府は一生懸命働く納税者のサイドに立っている」とアピールする。
これに対して、最大野党・労働党は政権を奪還すれば法定最低賃金を時給8ポンドに引き上げることを公約に掲げ、「保守党のオズボーン財務相は1年前に法定最低賃金を7ポンドに引き上げると表明したが、実際は6.7ポンド止まり」と攻勢を強める。
労働党の最低賃金8ポンドは、英国の生活賃金7.85ポンドを意識した数字だ。上のグラフにあるロンドンの生活賃金は大ロンドン庁が、英国の生活賃金はラフブラ大社会政策調査センターが算出し、キャンペーン団体「生活賃金財団」が設定したものだ。
生活賃金の導入運動は2001年、賃金が低すぎて1日に2回働くダブルワークを強いられた東ロンドンの両親が「家族と過ごす時間を」と訴えて始まった。
雇用主の8割以上は生活賃金を導入すれば労働の質は向上すると考えており、実際に労働者の長期欠勤は25%程度低下するという。
生活賃金に強制力はないが、生活賃金財団によると、1200社以上が自主的に生活賃金を導入している。しかし、その一方で労働党の言う通り8ポンドの法定最低賃金を導入すれば失業率が上昇するという弊害が出るという批判もある。
英国立経済社会研究所によると、実質賃金は08年から13年の間に8%も低下、若者の実質賃金は14%も下落した。時給2.73ポンドの最低賃金で働かされている実習生が数十万にのぼっていることなどが背景にある。
09年以降、英国では実習生が49万1300人から85万1500人へと72%も増えた。英民間企業・技術革新・技能省によると、このうち35万人は若者だ。
世界金融危機後、雇用主や企業が苦境を乗り切るため正規雇用を減らして、代わりに実習生を使用してきた。必要なときだけ、待機中の労働者を呼び出して使用できる「ゼロ・アワー契約」という抜け道もある。
英国でも正規雇用は削られ、実習生や「ゼロ・アワー契約」の労働者がどんどん増えた。実質賃金の低下は雇用主や企業にとって一時的には良くても、中・長期的には消費を低迷させ、日本型長期デフレの要因になりかねない。
日本も正規雇用と非正規雇用の差別をなくすとともに、最低賃金も2%のインフレ目標に合わせて最低でも毎年2%以上引き上げていく覚悟がなければデフレ脱却は定着しない。
実習生の最低賃金を一気に20.9%も引き上げたオズボーン財務相を見習って、安倍晋三首相もドーンとは行かないまでも最低賃金を3%ぐらい引き上げてはいかがなものか。
(おわり)