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後藤さん殺害、「心の距離を縮めたい」 ジャーナリズムを若者と考えてみた(2)

木村正人在英国際ジャーナリスト

インテリジェンスに近道はない

菅義偉官房長官は、イスラム過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件について「イラクでの人質解放の経験もあったので、部族の長や宗教指導者など、ありとあらゆる可能性にかけて対応した」と説明した。

日本政府は昨年12月にイスラム国からフリージャーナリスト、後藤健二さんの妻に送られたメールで拘束されたことを把握したが、そのメールを通じてイスラム国に接触しなかったことに対する釈明だ。

菅官房長官が説明したように、日本政府がシリア国内の部族の長や宗教指導者に強力なパイプを持っていたかどうか、筆者には確信が持てない。それほど強力なパイプがあったとすれば安倍晋三首相の中東歴訪にもう少し考慮が働いても良かったはずだとも思う。

在シリア日本大使館は治安情勢が悪化したため、2012年3月に一時閉館され、在ヨルダン日本大使館内に在シリア大使館臨時事務所が設けられている。そのため、今回の人質事件でもヨルダンの首都アンマンに現地対策本部が設置された。

海外メディアの中には、イスラム国空爆に参加しているヨルダンより、イスラム国に拘束されたトルコ総領事ら49人の救出に成功したトルコに現地対策本部を置いていれば展開は違ったと指摘する声もある。

実際にはすでに処刑されていたヨルダン軍パイロット、カサスベ中尉も交渉条件に加えられるなど、問題をさらに複雑にしてしまった。菅長官は「最も効果的なことを行うという観点から、私のもとで判断した」と述べたが、日本のインテリジェンス能力がそれほど高度だとは思わない。

基本は語学力、文化理解力

対日工作を担当していたロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の元スパイに「どのように情報網を築くんですか」と英語で質問したとき、「今度、食事でもしませんか、と言うんですよ。それだけ」と本当に流暢な日本語で答えを返してきた。

インテリジェンスの基本は語学力である。日本人の語学力は世界的にみて決して高くない。というより、かなり低いと言った方が適切かもしれない。アラビア語という特殊言語を巧みに操れるタレントが日本にそんなに多くいるのだろうか。

ロンドン在住の筆者は欧州のイスラムを取材するためボスニアからドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンなどを訪れた。「ムスリムの女性」と言っても世俗化している人もいれば、保守化している人もいる。本当にいろいろだ。

ヒジャブをかぶっているためバスケットの試合に出場できなくなったスイス在住の女性に話を聞くと、「初潮が始まったらムスリムの女性は髪を隠すのよ。私はかぶっている方が落ち着くから」と説明してくれた。

ヒジャブをかぶっているためバスケットの試合にでられなくなった女性(筆者撮影)
ヒジャブをかぶっているためバスケットの試合にでられなくなった女性(筆者撮影)

その女性はおそろしく美しかった。ヒジャブをかぶる理由がすぐに理解できた。ながるる黒髪をおろせば、男性から性の対象としてジロジロみられてしまう。ヒジャブは、私の容姿ではなく心を見つめてと言っているようだった。

ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんのような女性もいる。

ノーベル平和賞を受賞したマララさん(筆者撮影)
ノーベル平和賞を受賞したマララさん(筆者撮影)

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに本部を置くアラビア語国際ニュース衛星放送アル・アラビーヤの女性記者たちは進んでいて、格好良かった。

「自分は自由民主主義者のイスラム教徒だ」と宣言して、イスラム系移民の若者たちを毒する過激思想の解体に取り組む活動家もいる。

等身大のイスラムに目を向けよう

イスラム過激派のテロや原理主義、過激主義ばかりが取り上げられるが、私たちはどれだけ等身大のイスラムに目を向けてきたのか。会ってみて、話してみなければわからない。

そのために語学力、異文化に対する理解力は欠かせない。しかし、島国・日本はどうだろう。

今回の事件でも「自衛隊海外派遣」「情報収集能力の強化」「国際テロ激化 備え急務」などもっともらしい、勇ましい見出しが並ぶが、アラビア語教育や文化交流の重要性を説く声は聞こえてこない。

筆者が主宰するつぶやいたろうジャーナリズム塾5期生の光井友理さんは大阪大学外国語学部でアラビア語を専攻する。今春からジャーナリストとしての第一歩を踏み出す。

22歳の彼女はフランス風刺週刊紙銃撃事件や邦人人質事件で何を感じたのだろう。

「顔の見える報道」を目指して

【光井友理】アラブの春が起こり、世界の注目がアラブ・中東地域に一気に集まった。私がアラビア語専攻の学生として学び始めたのはちょうどその時期だった。

その後シリア内戦が起こり、「イスラム国」の台頭、最近ではシャルリーエブド襲撃事件、邦人及びヨルダン人パイロット人質殺害事件と、常に目が離せない地域であると実感しながら学んできた。

人と話すのが好き

人と話すのが好き、言語が好きというのが高じてか、大学で難しい言語を学びたいと始めたアラビア語。4年間学ぶ中で、自分にとってアラブ・中東地域の言語を学ぶということはその地域の人々の顔が見えてくるということだと感じるようになった。

ニュースがどこか遠い国の出来事ではなくなり、○○さんの母国、友人の○○の家族がいる国のことになった。

最近シャルリーエブド襲撃事件、邦人及びヨルダン人パイロット人質殺害事件と、アラブ・中東地域、あるいはイスラームに関連付けられてしまう衝撃的な事件が立て続けに起きた。

「イスラームは怖い」というイメージ

本当に悲しい気持ちになり、なんといっていいか分からない。そんな中で特に私が危惧しているのは、「アラブ・中東地域、イスラームは怖い」というイメージが広がっていくことである。

私は卒業研究で、日本人大学生100人を対象にアラブ・中東地域に対する意識調査を行った。アラブ・中東地域に対して抱くイメージについて尋ねると、半数以上の人がテロや紛争、治安が悪いなど、ネガティブな単語を含む回答をした。

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一方で、同地域出身の友人の有無、渡航経験の有無を聞くと、「いる」「ある」とそれぞれ答えた人は10%にとどまった。

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また、日本と同地域の関係、シリア内戦やパレスチナ問題などについての知識に関する問いには、20%の人が「知らない」「分からない」と答えた。

さらにアラブ人に対して行ったインタビューでは、90%近くの人が「日本人はアラブ・中東地域について知らないと思う」と話した。

この調査と4年間の学生生活での経験を通して、アラブ・中東地域のイメージは、「なんとなく危なくて、遠くてよく分からないところ」というようなものではないかと感じた。

「本当の姿を知ってほしい」

それが今回の事件で、「よく分からない」地域という認識のまま、「やはりアラブ・中東地域、イスラームは怖い」というイメージが広がってしまわないか本当に気がかりだ。

アラブ人の友人に話を聞いてみても、やはりそれが心配だと話していた。友人のエジプト人留学生は、「日本人が殺されてしまいとても悲しい。イスラームは残虐な宗教ではないのに。本当の姿を知ってほしい」と語った。

またクウェート人の留学生は、「ムスリムが日本でも少し生活しづらくなるかもしれない」と話した。

多くの日本人にとって、アラブ・中東地域、そしてイスラームはまだまだよく分からないものであると、日本人、アラブ人双方の声を聞いて思う。

心の距離を縮めたい

そのような、よく分からないままで、今回の事件をきっかけに、中東への恐怖心、反イスラームの空気が日本に広がってしまうことは避けなければいけない。

アラブ・中東地域と日本の心の距離を縮めたい。そんな思いでジャーナリストを志し、この春から夢に向かって一歩を踏み出す。まずは私自身がアラブ・中東地域、イスラームの姿を、すべて一括りにしてしまわず、細やかに見つめていく。

アラビア語の勉強を通して見えてきたアラブ・中東地域、そこに住む人々の声に耳を傾け、寄り添う。そして、同地域についてよく分からない、怖いところだと感じる人々の心にも同じように寄り添い、声を聴く。

「顔の見える報道」ができるジャーナリストになるという思いを胸に、一歩ずつ、丁寧に歩んでいきたい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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