後藤さんは日本と世界に何を伝えたか 「正しい日本の姿」とは

英BBC放送のYuko Kato記者のレポートを読んで、悲しくなった。これではフリージャーナリスト後藤健二さんも浮かばれない。なぜなら後藤さんは自らの命をかけて、日本から遠く離れたシリアで何が起きているのか、イスラム過激派組織「イスラム国」とは何者かを日本に伝えたからである。

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上はグーグル・トレンドで調べた「シリア」と「イスラム国」への関心度合である。筆者は英国でもう7年半も住んでいるので、シリア内戦、イスラム国のニュースには以前から非常に関心がある。シリアやイラクへ欧州から流入する外国人戦士の動向も気になる。

To be or not to be.

しかし、日本は2人の誘拐事件が起きるまであまりに無関心だった。後藤さんは昨年7月のブログでこう書く。タイトルは「To be or not to be.(生きていくべきか死ぬべきか、このままでいいのか、いけないのか)」と意味深長だ。

世界各地で、なぜ、こうも衝突が絶えないのだろう?

その一方で、全世界中に漂うグローバル化の疲れや失望-「私たちには正直わからない」「私たちだけは安全なはず・・・」「自分の家族が一番大事」といったある種開き直った意識。

“What can I do ?”

視聴者離れの激しいドキュメンタリーの存在意義とは何か?作り手はその点を深く考えようとしない。突き詰めていくと、自分の首を絞めるからだ。

モバイル時代にニュースに求められるモノは何か?短くても継続して伝え続けることが大きな山を動かすことになるのを忘れてしまったかのようだ。

メディアで伝えられる時には、もうすでにポリティカルなゲームにすり替えられてしまう昨今の事件事故。バリューを付けていくのは難しい。

出典:インディペンデント・プレス「To be or not to be.」

筆者は、後藤さんをシリアに向かわせたものは詰まる所、日本の無関心だったと思う。ソーシャルメディアとスマートフォンの普及でニュースの寿命はますます短くなり、軽薄短小なニュースが大量生産されてはアッと言う間に忘れ去られてしまう。

お金だけでなく、命のコストまでかかるシリアのような危険地帯での取材はどんどん遠ざけられる。無関心のスパイラルの中で、後藤さんは危険地帯で生きる人間の日常を伝えようとしたのだと思う。

朝日新聞の記者たちも伝える価値のあるニュースを伝えるためシリアに入った。政府や一部メディアからの批判はあるが、長い目で見れば前進である。今、日本はシリアやイスラム国のことをもっと知りたいと思っているからである。関心がニュースを生み出し、人の心を動かし、政府の行いに有権者の目を向けさせる。

それを為政者が邪魔に思うか、政策決定のための重要な糧と考えるかは、その国の有権者とポリティクスの質にかかっている。

シリアとイラクの難民、避難民1200万人以上、日本の受け入れは

戦争や内戦でシリアとイラクから計1200万人以上の難民や避難民が発生している。難民条約に加入している日本は2013年に3260人(前年比28%増)から難民申請があったにもかかわらず、認定したのはわずか6人。

昨年11月18日時点でシリアを逃れてきた人からの難民申請は56件あったにもかかわらず、1人も認定していない。日本政府の言い分は紛争からの避難は難民認定の条件に当てはまらず、36人については人道的見地から特別に居住許可を与えているというものだ。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のアントニオ・グテレス高等弁務官(元ポルトガル首相)は日本を訪れ、厳格過ぎる難民認定の見直しを求めている。難民としての地位が認められなければ家族を日本に呼び寄せるのは難しい。

日本の再考を促すため任期中に実に12回も日本を訪れたグテレス高等弁務官はどんな思いで、安倍首相が1月の中東訪問でイスラム国の周辺国に2億ドル(約236億円)の人道支援を行うと表明したことを聞いただろう。これが世界から見た「正しい日本の姿」(日本の広報外交戦略の方針)である。

米国はアフガニスタンとイラクという2つの戦争、対テロ戦争でとんでもない無秩序を世界中に拡散させてしまった。オバマ米大統領は中東の民主化運動「アラブの春」での対応を誤り、リビアとシリアに新たな無秩序を作り出し、今、シリアとイラクのイスラム国に2千回近い空爆を行っている。

無秩序や無主地(Terra nullius)を少しでも広げたいテロリストへの対抗手段は「破壊」ではなく、「建設」である。シリア難民を受け入れることは将来のシリア再建に向けた小さな一歩となり、イスラム国への極めて有効な対抗手段になる。日本とシリアを結ぶ人を受け入れることは日本の財産にもなる。

BBCが報じたとんでもないデヴィ夫人の独り言

BBCのKato記者はTVパーソナリティでインドネシアのスカルノ大統領第3夫人、デヴィ夫人のブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」を取り上げ、日本の「自己責任論」を論じている。

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1月29日

大それたことをした湯川さんと後藤記者

イスラム国は 日本の国民 感情を 利用し、

アメリカ同盟国 ヨルダンに ゆさぶりをかけているのです。

冷静に 考えたら この二人が 私情で どれだけ 国家と 国民に

迷惑をかけたか、 それを知るべきではないでしょうか?

出典:デヴィの独り言 独断と偏見

デヴィ夫人は「不謹慎ではありますが、後藤さんに話すことが出来たら、いっそ自決してほしいと 言いたい」とまで書き、これにフェイスブックの「いいね!」が1.6万回もついている。

一方、日本のイスラム社会は1月22日、イスラム国を非難し、後藤さんや湯川さんの解放を求める声明を発表、「いいね!」が8千回つき、4千回以上シェアされたとKato記者は伝える。

後藤さんらの殺害は早くも安全保障論議に結び付けられている。「メディアで伝えられる時には、もうすでにポリティカルなゲームにすり替えられてしまう」という後藤さんの懸念はやはり現実化した。筆者は、後藤さんの遺志はシリア難民を1人でも受け入れ、将来の再建につなげていくことだと考える。

ちゃんと直視しましたよ、後藤さん

筆者に届いた読者からのメッセージを紹介しよう。

彼はここ数日間、間違いなく日本一発信力をもったジャーナリストだった。

私たちは今、シリアで何が起きているのか知っている。

彼は、そこで起きている悲劇を私たちに知らせるために、正に命がけで取材活動をしてきた。

真実を伝えるために命をかけた彼の、最も屈辱的な結末は、日本版John Cantlieになることだったかもしれない。

命がけで真実を伝えるために行った先で、その命を繋ぐためにプロパガンダを発信させられ続ける。

ジャーナリストにとって、これほどの悲劇があるだろうか。

John Cantlieの人生を卑下するつもりは全くない。

ただ、目を背けるしかない。悲しすぎて直視ができない。

後藤さんにも、John Cantlieになる道はあったのかもしれない。

でも、後藤さんはその誘いに乗らなかったのかもしれない。

いずれにしろ、私たちは、最後まで後藤さんから目を背けずにすんだ。

ちゃんと直視しましたよ、後藤さん。

後藤さんに起きた絶望的な悲劇は、シリアで日常的に起きていること。

私たちは、そのことを最も強烈な形で知らされた。

それが全て。

そう解釈しないとやってられない。

安らかにお眠りください。

河内賢治郎

後藤さんは日本にシリアとイスラム国の実像を伝え、世界に日本人の生きざまをしっかり伝えたと思う。

(おわり)