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「格差を解消し成長を取り戻せ」OECDも指摘 総選挙で徹底討論を

木村正人在英国際ジャーナリスト

今日の論点

(1)日本の格差は20年間で6%の成長率を削いだ

(2)低学歴世帯ほど格差拡大で学力が悪化する

(3)格差対策こそ最大の成長戦略

世帯所得の中央値は18年で113万円減少

筆者は11月6日付のエントリーで「格差の解消なくして成長なし 米中間選挙オバマ敗北から学ぶこと」と指摘したが、経済協力開発機構(OECD)も9日、「所得格差が拡大すると経済成長は低下する」と警鐘を鳴らしている。

家計の所得が低くなるほど子供への教育投資が削られるため、足元の教育格差、将来の所得格差が負のスパイラルを描きながら広がっていく。貧富の格差がさらに広がり、中所得層の低所得層へのシフトが大幅に進む。

内需主導型の先進国経済では中所得層の崩壊は経済の低迷を招く。

日本では内閣府の「国民生活に関する世論調査」で「中流」と答えた人が1970年(昭和45年)以降は約9割となり、「一億総中流」と呼ばれた。

しかし、冷戦終結、グローバル経済の広がり、90年代の金融バブル崩壊で日本経済は一気に低迷し、「一億総中流」は瓦解する。

それでも1995年(平成7年)国民生活基礎調査で1世帯(平均2.91人)当たりの平均所得金額は664万2千円。545万円(中央値)を境に半分に分けることができた。中所得層はまだまだ健在だった。

平成7年の国民生活基礎調査より
平成7年の国民生活基礎調査より

それが2013年(平成25年)調査ではこうなる。1世帯(平均2.51人)当たりの平均所得金額は537万2千円。中央値は432万円にまで下がり、中所得層の低所得層へのシフトが顕著になっている。

平成25年の国民生活基礎調査より
平成25年の国民生活基礎調査より

山は随分、左に動いている。所得が200万円未満の世帯が全体の19.4%にのぼっている。

09年(平成21年)全国消費実態調査で、住宅・宅地を含めた家計資産は左端の500万円未満が18.4%と圧倒的に多い。「世界第3の経済大国」「家計の金融資産1600兆円」というものの、日本は富裕層を除いて、それほど豊かな国ではなくなっている。

家計の資産 平成21年の全国消費実態調査より
家計の資産 平成21年の全国消費実態調査より

日本の格差は20年間で成長率6%押し下げる

金融バブル崩壊後の景気後退を切り抜ける緊急避難措置として非正規雇用は許されても、日本が景気回復後も非正規雇用と正規雇用を固定化させ、格差を拡大させたのは間違いだった。

確かに女性や高齢者の雇用機会を増やすという効果がある反面、企業が人件費削減のため非正規雇用を悪用すると中所得層を低所得層に押しやる弊害が大きくなる。

OECDの発表「格差と成長」によると、OECD諸国の大半で富裕層と貧困層の格差は過去30年で最大になった。1980年代には上位10%の富裕層と下位10%の貧困層の所得格差は7倍だったが、9.5倍にまで開いた。

ジニ係数の推移 OECD発表資料より
ジニ係数の推移 OECD発表資料より

格差を計るジニ係数(ゼロは完全な所得の平等を示す)も1985年の0.29から2011/12年には0.32にまで拡大。日本の場合は0.304から0.35近くまで悪化している。

OECDによると、ジニ係数が0.03上昇すると経済成長率は25年間にわたり毎年0.35%ずつ押し下げられ、25年間の累積では国内総生産(GDP)の減少率は8.5%となるという。

推計では日本の場合、格差の拡大(1985~2005年)が成長率(1990~2010年)を約6%押し下げたとみられている。

失われる教育機会の平等

格差の恐ろしいところは悪影響が下位40%の所得層に及ぶことだ。しかも、教育機会の喪失を通じて、人的資源を蓄積できなくなる。

レーガンやサッチャーの時代、新自由主義経済は「結果の平等」より「機会の平等」を重視し、市場の競争原理や民間活力が経済をよみがえらせると言われた。

新自由主義に基づくグローバル経済は先進国と新興・途上国の格差を埋めたものの、国内格差を拡大させ、教育を受ける「機会の平等」を奪い始めた。

高所得の世帯は幼児教育から教育に投資できる。日本でも子供を進学塾、有名私立校に通わせ、一流大学に進学させるにはオカネがかかる。

OECDのグラフをみると、高学歴の両親(High PEB、一番上の折れ線グラフ)を持つ子供の場合、格差(Inequality)が開いても、つまりジニ係数(Gini)が大きくなっても学力はそれほど落ちない。

格差が学力に与える影響 OECD発表資料より
格差が学力に与える影響 OECD発表資料より

しかし、低学歴の両親(Low PEB、一番下の折れ線グラフ)を持つ子供の場合、格差が開けば開くほど学力はどんどん下がっていく。格差対策を怠ると、教育格差の負債がどんどん社会コストとして蓄積されていくことになる。

これまで自由競争こそが経済の成長力を生み出すという意見が支配的だった。しかし、OECDの調査はこうした新自由主義的な考え方に異を唱え、「格差は成長を妨げる」「格差対策こそ成長戦略だ」と政策の方向転換を促している。

貧困対策だけでは十分でなく、下位40%の所得層に目配せして教育に公的資金を投入し、質の高い教育や訓練、医療サービスへのアクセス拡大が必要だとOECDは強調している。日本も総選挙の機会を利用して格差問題を徹底的に議論すべきだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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